それでも彼は、手をのばす


 空を見上げる女の、その白くなめらかな頬を伝う涙を見止めた瞬間、ルルーシュは心臓を鷲掴みにされたような痛みを覚えた。
 ・・・いや、女の口からすべり落ちた呟きを耳にしてしまったからだろうか。

         マリアンヌ、と。

 袂を分かった友への、それでも哀悼が滲む声色は、ルルーシュに大きな揺さぶりを掛けた。


 C.C.という女は、自らが選択した道を安易に後悔するような女ではない。それは生活を共にしていれば容易に分かることであるし、C.C.自身に尋ねてみても当然だと応えが返ることは確実である。
 しかし、C.C.が心やさしい女であることもルルーシュは知っているから。
 後悔とまではいかなくても、決定的な決別が知己の完全なる消滅に一役買ったという事実に、少なからずショックを受けていると推測できるのだ。
 ルルーシュにとってマリアンヌとは、いまだ感情を整理できない、徹底的に存在を否定したいとすら思ってしまう母親だが、C.C.にとっては友人である。『母親』という理想を抱いていたルルー シュとは違ってマリアンヌの本性を充分理解していたはずだし、友好関係は親子関係と違って取捨選択が可能だから、ふたりの間に交流があったということは、マリアンヌに何らかの魅力的な要 素があったということだろう。まして、嘘を吐き合い、銃を向け合い、憎しみ合ったルルーシュとスザクでさえ最終的に協力関係を結び直せたくらいであるから、夢とその実現について語り合った C.C.とマリアンヌであれば和解が可能だったかもしれない        そのあたりの諸事情も考慮すると、C.C.の涙も納得できる。

「・・ッ、・・・・・・」

 ギアスに関わる以前のC.C.が『ともだち』という存在に憧れていたことを、ふと思い出す。
 契約者の数は決して少なくないだろうが、C.C.に友人と呼べる存在が過去にどれだけいたのだろうか。
 そもそも円滑に人付き合いができて友人も多く作れるようであれば “死にたい”などという願望をそう易々と抱いたりするはずがないのであって、そう考えるとマリアンヌという存在はC.C.にとっ て特別だったに違いないのだ。
            消失感は、どれほどのものか。
 ルルーシュには、知るよしもない。

(・・・俺、は・・)

 C.C.の涙を拭ってやりたい気持ちはある。
 だがそれは、避けたい話題に自ら首を突っ込んでいくようなものだ。
 告げられていなかった裏事情はバグダード潜伏中にC.C.本人の口から訊き出しており、それ以降ふたりの間でシャルルの話もマリアンヌの話も出ていない。だからこそ余計に気まずい、というのもある。

(それでも・・・)

 しかし思い返してみれば、C.C.はずいぶんとルルーシュの感情を受け止めてくれたものだった。
 主に、負の感情を。
 ルルーシュがC.C.相手に隠そうともしなかったからだが、一切の遠慮を取り払って感情を発散できるよう、C.C.がそれとなく促していたようにも思う。

 その女が・・・どこまでも平静を保つ女が、涙を流している。
 ならばルルーシュのとるべき行動とは、見て見ぬフリをすることではないはずなのだ。


 ルルーシュは一歩を踏み出す。
 やさしく返る、芝と土の感触。
 エグゼリカ庭園。
 本当はこんなところに連れて来たかったわけではなくて、当初の計画では今ごろアッシュフォードでの生活に戻っているはずだった。
 ナナリーを取り戻してアッシュフォード学園へ帰るという約束も、そこでピザ部を立ち上げるという約束も、笑わせてやるという約束も・・・・・何ひとつとして叶えてやれない。
           まして、『死ぬこと』などという願いは、絶対に。
 だから、すべてを見届けるまで共にいると云ってくれた女の涙を拭うことくらいは、せめて。

(俺が、逝くまでは・・)

 その権利を手にしていたいと、ルルーシュは思うのだ。






『それでも彼は、手をのばす』

笑顔でいてほしいから


2010/ 7/ 6 修正して再up