「エド、ご飯」 扉が開くのと同時に幼馴染が放った言葉を受けて、エドワードは臨戦態勢に入った。 エドワードの機械鎧手術が終わったのは1ヶ月前。 今までとは勝手が異なる鋼の腕も脚もまだ意思通りに動いてくれなくて、エドワードはベッドでの療養生活を余儀なくされていた。しかしそれでも体力は徐々に回復しており、 熱と痛みに魘されることもなくなったのは喜ばしいことだろう。 だが・・・・・ 「残さないで食べてね」 消化がよくて、栄養もあるという理由で毎日一食は出るミルク粥にエドワードは頭を悩ませていた。 プディングのように甘く味付けしてあればエドワードも食べられるのだが、病人の食事におやつ味が出るはずもなく。コンソメ味ではなくコンソメの風味しかしない病人仕様の ミルク粥は、牛乳嫌いのエドワードにとって拷問に等しかった。 ウィンリィやばっちゃんはそれを分かってミルク粥を作っているのだろうか? 「・・・・・・いただきます」 ちなみに、エドワードの中では「ぜってーイジメだ」と確定している。 しかしエドワードはトレー上のスプーンを掴んだ。それはミルク粥がエドワードのために作られたものであることに感謝を示したいからという訳ではなく、いつまでも手をつけないでいるとウィンリィが口の中に無理矢理ミルク粥を流し込んでくるからだ。 男のロマンの代表みたいな「はい、あーん」なんて可愛いものを想像してはいけない。 鬼のような形相で「好き嫌いはダメだって言ってるでしょー!?」と叫びながら、熱々の粥を冷ましもせずに突っ込んでくるのだ。反抗しようにも動きが制限されているエドワード は到底敵わなくて、結局口の中全体を火傷してしまった。 そんな無意味な攻防を繰り返すこと、5回。 弱者エドワードはようやく自分でミルク粥に手をつけることにしたのだった。 (ぁああぁあ、牛乳の味がする・・・) 口の中にミルク粥を収めたエドワードの額に脂汗が滲んだ。 温められた牛乳は冷たいままよりも独特の風味が増す。たとえ米と人参とパセリが入っていて、うっっっすいコンソメ風味がついていたとしても、牛乳10、具1の割合で作られた ミルク粥で牛乳の味を感じない方がおかしいわけで。そして特にエドワードが牛乳嫌いだからこそ、その独特の風味を意識してしまうのだ。 まったく、世の中はうまくいかないことばかり。 風味を極力感じないように息を止めてミルク粥を胃に流し込んだエドワードは、口直しとばかりに水をがぶ飲みした。お盆の端に置いてあった水だけが今唯一の救いだ。 「ごちそーさん」 「おそまつさま」 ぷはぁ、と風呂上りの親父がビールを飲んだときのような息を吐きながらエドワードが言うと、ウィンリィはさっさと彼の膝からトレーを回収する。いつになく急いたその行動に エドワードが不思議そうな顔をしたそのとき、トレーの代わりに中くらいの皿が1枚乗せられた。 皿の上には、種なし葡萄。 「口直しがほしいんでしょ?」 だからデザート、とウィンリィはどこか拗ねたような口調で続けた。 眼を瞠ったのはエドワードだ。 「これ片付けてきちゃうね」 ぽかんとウィンリィの顔を見つめるエドワードを余所に、彼女は慌しく部屋を出て行く。ぱたんと扉が閉まったところで、ようやくエドワードはこちらの世界に還ってきた。 皿の上の種なし葡萄は房のまま行儀良く皿の上に乗ってる。小粒な果実の皮は濃い紫で、指で少し圧迫すれば瑞々しい果肉が顔を出す。爽やかな甘さが後を引いて、何度も 手を運ぶ苦労を惜しいと思わない美味しさだった。 葡萄を一粒一粒攻略しながら、エドワードはウィンリィの残していった優しさを噛締める。 皮が剥けやすいこの種の葡萄であれば、エドワードは誰の手も借りずにひとりで食べることができる。しかも粒が小さいので食べにくくもないし、種なし葡萄なので種を出す手間 がないのだ。この葡萄は完全に今のエドワード向きのデザートだった。 「・・・・・・・・」 野菜や羊乳はともかく、葡萄をおすそ分けしてくれる知り合いはロックベル家にいない。 そのことを、エドワードはよーく知っているわけで・・・・・ 「あー・・・」 手を運ぶ回数分だけ、葡萄は減る。 胃に消えた分だけ、優しさがエドワードの中に溜まる。 次も葡萄出ないかな・・・との独り言は、ふわりと部屋の空気に溶けていった。 |