乱菊は狭い小屋の隅でうずくまっていた。 壁の方を向いて。 体調が悪いわけでもなく、腹が空いているわけでもない。いや、どちらかと言えば 空腹なのだが、その感覚も限界を超えてしまったので、今はなにも感じていなかった。 悪いのは体調ではなく、むしろ機嫌の方だ。 背後で「許してぇな、乱菊〜」と煩い少年の顔を見たくないがゆえに、乱菊は小屋の隅で壁を睨み続けていた。 事の起こりは昨日の朝。 大きい魚釣ってくるから楽しみにしてはってや、とギンが出掛けて行ったのが始まりだ。 ギンが大きな魚を釣ってくるのであれば、自分も頑張ってご飯の支度をしようと乱菊は奮闘した。その甲斐あってか、外皮と渋皮を丁寧に剥いた栗を6個も入れた栗ごはん(米 ではなくて雑穀だけれど)と、茸と甘藷の味噌汁は笑みがこぼれるくらい美味しくできて、乱菊はギンが帰ってくるのを今か今かと待ちわびていた。 しかし、待てども待てどもギンは帰ってこない。 夕方になっても、陽が暮れても、夜中になっても帰ってこない。 結局ギンが帰ってきたのは夜明けの少し後で、小屋に独りさみしく残された乱菊の怒りは今までにないくらい爆発していた。 確かにギンはいつ帰るか言ってなかったけれど。でも、普通「魚釣ってくる」と言って出掛けたら、絶対に夕餉に間に合うよう帰ってくるものではないのだろうか? 乱菊は丹精 込めて用意した貴重なご飯に一口も手をつけず、一睡もしないでギンを待っていたのだ。 「な〜乱菊ぅ〜」 「 「僕が悪かったて、許してぇな」 「嫌」 「乱菊〜」 殊更情けない声を上げているが、ギンが悪かったなどと本当に思っているわけがない、と乱菊は確信している。今までに前例がなかったわけではないからだ。 ただ、気がついたら消えていた今までのパターンとは違って、今回は帰ってくると思っていたのにギンは帰ってこなかった。『帰ってこない』のは同じだけど、でも全然違う。渋柿と干柿くらいの差があるのだ。 絶対に許さない、と乱菊は思った。 大体、魚釣りに出掛けたのに戦利品が木通ひとつだけとはどういうことだろう? それに関しては怒りを通り越して呆れている・・・本気で。 「乱菊〜」 鬱陶しいことに、ギンはいつまで経っても乱菊の背から離れない。その所為で乱菊はかれこれ2時間くらい同じ体勢を続けているのだけれど、ここでギンを許すくらいなら明日までこの格好でもいいとさえ思うのだ。 木通ひとりで食べていいからと言われても、乱菊はずっとギンに背を向けたままだった。 |