夜伽草子・29


 夜、ルルーシュが部屋に戻るとC.C.はすでに休んでいた。
 顔色はやはり悪く、青白い。しかし安らかな寝顔に安堵する。
 枕元に腰掛け、白い頬を撫でるとわずかに冷たかった。

「・・・・・・ルルーシュ?」
「悪い、起こした」

 ゆるゆると開いた瞼の下から琥珀色が覗く。
 眠たそうな貌をしているものだからまたすぐ寝入るかと思いきや、寝乱れた前髪を梳いてやると次第にパッチリと眼を開けてルルーシュに顔を向けた。

「そのままでいい」

 上体を起こそうとするC.C.を制す。頭を撫でてやると寝起き特有の夢見ごこちの笑顔を見せた。緩んだ口元が嬉しそうだ。そこに触れるだけのくちづけを落とす。

「ラクシャータから注意された。無理をさせすぎだと」

 疲労の溜め過ぎ。公務が終わってC.C.の容体を訊きに向かった先で開口一番にこう云われた。
 身内の処刑という精神的なダメージを受けた直後からの度重なる公務。以前から帝国の副宰相として精力的に活動してきたルルーシュとは違い、C.C.は数ヶ月前まで深窓の姫君だったのである。いくら健康な者でも弱るのは当然だろう。
 加えて、夜な夜な行われる秘めごとが睡眠時間を削り、体力を回復させる暇がなかったのだと。


『ダメよォ。どんだけ気持ちよくてもオンナノコを気遣ってあげないとォ』


 濁すことなく投げられた諫言に、そのときルルーシュはぐうの音も出なかった。
 無理をさせた自覚はあるのだ。
 ルルーシュも疲れる。しかしそれ以上に身体はすっきりとして翌日の仕事効率が上がる。C.C.が応えればもっと与えたくなる。結果、自制など利くはずもなく若さに任せて突っ走ってしまうのだ。
 つまりは、ラクシャータが指摘した通りなわけで。
 C.C.を気遣えていないのなら、独り善がりと詰られても反論はできない。
 瞼にも軽くくちづけを落とし、今日はもう休めと促す。安心したように眠りについたC.C.の顔を眺めながら、しかしルルーシュの思考は別のところにあった。



 そこはかとなくオリエンタルな模様と色使いのタペストリーや絨毯で覆い尽くされた部屋は、さながら塒のようだった。部屋の主の手元にあるモザイクランプだけでは十分な光源を確保できず、そ の薄暗さが塒という印象を強めているのかもしれない。
 ラクシャータ・チャウラーに与えられたエリア19政庁での私室は、そこだけが別世界だった。政務を終わらせ訪れたその部屋でカルチャーショックに見舞われたルルーシュが、しばし呆気に取られたほどである。
 一方、長椅子に寝そべり煙管を吹かすラクシャータは自然体そのものだった。部屋の空気と一体化している。彼女の煙管から出た紫煙が部屋に充満しているのだから、当然と云えば当然だが。
 常時リラックスしているようで、しかし職務に関して真面目な女は、本来なら門外漢であるC.C.の体調面の質問にも律儀に答えてくれた。
 公務を減らし、合間に休憩を挟ませ、政庁の外へ出るようなスケジュールはすべてキャンセルすること。過不足なく栄養をとらせること。充分な睡眠を確保させること。夜のお楽しみはしばらく控 えること。      見る見るうちに増えていく注意事項に、ルルーシュの気が滅入ってしまいそうだった。
 しかし・・・。


『ねェ、大将。この先、あの子をどうするつもりィ?』


 去り際、背に投げかけられた問い掛けにルルーシュの足は止まった。ラクシャータの部屋を去り、こうしてC.C.の寝顔を眺めている今だって何度も反復してしまう。
      C.C.をどうしたいか。
      大切にしたいに決まっている。
 そこまでは光の速度で答えが出るのに、具体的なプランを出そうとすると行き詰ってしまう。策士として世界に名を馳せる黒の皇子が、だ。


『お目通り叶わず残念です。どうぞC.C.様へお伝えください。必要とあらばいつでもお力添え致します、と』


 そんなセリフを残していったのは、ユーロピアの女将校だった。
 謁見の締括りが終わり、公式記録には残らない時間での発言。それは個人的な好意であることを示すと同時に、ブリタニアへの配慮でもあったのだろう。そんなことも解らずに色めき立つ従者 や兵士たちの視線の中にあって尚強さを失わない瞳には、女性らしい慈愛も見受けられた。
 C.C.が市民へ、そして孤児たちへ向けた眼差しと同じだ。
 似てもいない女性を捉まえてC.C.を思い出すとは、末期もいいところだろう。
 その場は総督の権限で治め、使者とその護衛を送り出した。彼らはあと2日滞在し、国へ帰る。ブリタニア皇帝の意向のもとルルーシュが舵を取るエリア19で、彼らは何を得るのだろうか。
 ルルーシュの方は刺激を受けた。最後の最後に置き土産まで貰った。明日、C.C.が目覚めたらレイラからの言伝をそのまま伝える。が、ユーロピアを頼らせるつもりは更々ない。


「お前は・・・・・・俺の、    


 声にならなかった言の葉の先。
 しかしC.C.の頬をたどるルルーシュの手に迷いはなかった。






皇子と夜伽パラレル・その29


2015/ 7/23 up
2018/ 4/16 一部改変、表公開