夜伽草子・28 神聖ブリタニア帝国とユーロピア共和国連合の因縁は深い。 両国間の歴史はこれ即ち戦争の歴史である。 革命によって大陸を追われ、新大陸に逃げ延びた女王エリザベス3世。テューダー朝最後の血筋である彼女亡き後、その亡命を助けたリカルド・ヴァン・ブリタニアが興した国が神聖ブリタニア 帝国である。その成立からしてユーロピアへ抱く感情が好いものであるはずがなく、ブリタニアは失われた国土の回復に国を挙げて執念を燃やしてきた。 一方、無血革命を成し遂げたユーロピアは旧体制を維持、いや、むしろ絶対君主制が強化されたブリタニアに反発し、自国防衛の名目で軍事力拡大を推してきた。 当初は両国の戦力に開きはなかった。あるいは大洋を横断する労力が要る分だけブリタニアの国力はユーロピアを上回っていたかもしれないが、兵器兵力に大差はなかった。 戦局が大きく動いたのはここ20年ほどのことだ。 有人二足歩行の人型自在戦闘装甲機、通称ナイトメアフレームの台頭が最大の要因である。 生身の人間では決して叶わない堅固な装甲と火力。そして従来の戦車では到底望めない、二足歩行の人型兵器ゆえの機動性。脱出機構を設けたことにより兵士の生存率も格段に上がった。 もちろん初めからすべてが巧くいっていたわけではない。兵器として形になったのは第四世代のグラスゴーからで、技術革新と汎用性を高めたことにより、今では指揮官とナイトメアフレームで 戦争の勝敗が決まるとさえ云われている。 世界各国でナイトメアフレームの開発が進められる中、群を抜いて成功しているのはやはりブリタニアだ。 単純に考えて、ソフト面である技術者とオリジナル機を乗りこなすデヴァイサーは絶対的な人口数が多いほど増える。世界の3分の1を占めるブリタニア。それが国を挙げて開発に取り組んでいるのだから、トップを独走しないわけがない。 対ユーロピアを含め、ブリタニアの戦線はなおも前進を続けている。完全に他国を制圧し、エリアは19まで拡大した。 ルルーシュ自身もまた、侵略戦争の指揮官に身を置くひとりだ。 エリア19侵攻前はユーロピア戦線を指揮していた。黒の皇子と白き死神の活躍によりユーロピア戦線は大幅に前進し、ユーロピア側から停戦の申し入れがあるまでに至ったのである。ルルー シュたちはそこで戦線を退いてエリア19侵攻にまわったが、国家間の遣り取りは進み、今回歴史上初めてとなる平和条約が結ばれようとしていた。力で押せばまだ勝ち進められることは確実で あったけれど、いくらかの領土割譲と関税緩和くらいでは首を縦に振らないと思われた皇帝シャルルは、しかし講和を結ぶ意向を示した。もちろん和約の要綱にブリタニアに有利な項目が追加されるのは尤もとして、だ。 平和条約の打診は5ヶ月前にユーロピア側から。調印は第三国、それまではブリタニア本国にユーロピアの人間が出向くのが筋なのだろうが、ユーロピアとしてはあくまで敗戦ではないという 点を強調したいのだろう、これまで使者は一様にユーロブリタニアへ来ていた。 それが今回、エリア19への初訪問。思惑としてはエリアの現状把握があると見える。使者が3日ほど前からエリア19入りしているにも関わらず、すぐに面会させずに3日も待たせているあたり、底意地の悪さはブリタニア側も引けを取らないが。 それでも、弱輩とはいえ立場を弁えている使者は、不満や不信など微塵も感じさせない貌でルルーシュと対面していた。 レイラ・マルカル中佐。所属は東部方面軍。 ということは、先の戦闘で煮え湯を呑まされた将校のひとりだろう。 ユーロピア戦線は広域にわたるが、中でも東部は激戦区である。 軍が本部を置くパリを中心とした西域はさすがに守りが固く、ブリタニアは西海岸沿いに版図を持たない。となれば本国側から西域を攻める場合は必然的に宿営や各兵器の整備などをすべて 海上もしくは空中で行わなければならなくなる。しかし、エリア11侵攻のように短期間で終結するのならともかく、陸から長期間離れての作戦は兵士が疲弊するだけであり、日々の戦闘の勝敗を 左右しかねない。損しか出ない戦争を国が率先して行うはずがなく、おまけに歴史的な問題としてエディンバラの屈辱を晴らしたいというユーロブリタニアの宿願もあって、ユーロピア侵攻は主に東部からとなるのだ。 エリア19は位置的にパリ本部よりも東方司令部に近い、というのもこの女性将校が派遣された理由のひとつだろうが、ユーロピアのお偉方は敗軍の将の傷によほど塩を塗りたいらしい。生憎、 その程度の嫌がらせで心が折れるような性格ではなさそうだが。 明朗な声や流暢な話し方から察するに、レイラ・マルカル中佐なる人物はユーロピアでは類まれな優秀な将校だ。 だからこそ打たれる杭。 ブリタニアに、 母親が平民出身ゆえに、ルルーシュは血統よりも実力を重んじる。専任騎士のスザク然り、ラクシャータを始めとする特別派遣嚮導技術部のマーリン然り、だ。間違っても博愛精神からではない が、何にせよ血で差別しないという点において、レイラ・マルカルは非常に興味深い存在だった。 彼女の後ろに控えている護衛の少年は、おそらくニッポン人だ。 中華連邦の人間とは顔立ちが若干違う。何より、凪いだ湖面のようでありながら研ぎ澄まされた抜身の刃のような雰囲気が騎士仕様のスザクに似ているのだ。 普段は人好きのする笑みを浮かべながら空気を読まない言動を繰り返すスザクだが、主たるルルーシュが公の場に立つときは表情を引き締め、全身で異常を察知する優秀な騎士に変貌する。 その、東洋のモノノフが宿す静かな焔めいたものを護衛の少年から感じていた。 ニッポンがブリタニアの植民地となった時点でユーロピアに居たニッポン人たちは敵性外国人と見なされ、隔離や差別を受けていると聞く。市民権を求めてユーロピア軍の外国人部隊に身を投じる若者がいる、とも。 もちろんブリタニアにもナンバーズ出身者で構成される部隊は存在する。しかしテロリストへの横流しや反逆を危険視する声もあって銃火器は供与されず、また、騎士侯になる資格がないため ナイトメアフレームへの搭乗権も当然ない。この点はブリタニアとユーロピアで大きく異なり、ユーロピアでは外国人部隊にもナイトメアフレームの使用が認められている。というのも、市民兵に代わってより過酷な戦場に送られる彼らは一機でも多くの敵を倒してから死ぬことを期待されているからだ。 彼もその一人なのだろう。護衛に抜擢されるくらいなのだから、実力もそれなりに違いない。敵性外国人として人権をなかば奪われているからこそ、上官の少女以上に口惜しく思う。 「 嘘ではない。 ブリタニアにはユーロピアを生かしておくメリットがある。 今回の講和に際し、ブリタニアはユーロピアから領土の一部割譲を受ける。加えて、多額の戦争見舞金も。要は賠償金なのだが、敗戦ではなく休戦の延長上にある講和だという態をとってやる 見返りに引き出した金である。それからユーロピア東部の軍縮と、一部軍港の閉鎖。 ここまで並べれば子どもでも解るだろう。 ブリタニアはいずれまた戦争を仕掛けるつもりだ。そしてある程度の勝利を収めたところで講和に持ち込み、賠償を迫る。国を失えない相手はそれに応じるだろう。ユーロピアほど大きな国であ れば、ただ領土を奪って質の低いナンバーズを増やすよりも利益を得られることを、ブリタニアは正しく見抜いている。 そしてユーロピアの馬鹿なところは、ブリタニアの思惑を理解していながら、削がれていく国力を見て見ぬふりをし、パリを含む西域さえ落ちなければ安泰だと信じて疑わないところだ。このまま ではブリタニアに付け込まれて金蔵と化していくだけだというのに。 尤も、ルルーシュにはユーロピアの危機を救済してやろうという気はない。巻き込まれる市民たちも権利ばかり主張し、果たす義務は最低限の者が多いと聞く。本気で国を守るつもりがないのなら、強者に食われても文句はないだろう。 ただ、その中で真面目に生きる市民や敵性外国人たちが哀れだと思わなくもない。エリア19で市井を見て回ってからは特にそう感じる。 ルルーシュは一度瞼を伏せ、そして徐に口を開いた。 「・・・・それから、これは私個人からだが」 総督としてではなく、ルルーシュ個人として。そう前置きした上で、ルルーシュが使者に伝えることは。 「エリア19出身の敵性外国人たちの解放を、心から感謝する」 今回の講和により、ユーロピアに取り残された元王国の国民たちはエリア19に引き渡されることが決まった。すでにユーロピアの市民権を得ている者やブリタニアよりもユーロピアの方がマシと いう者を除き、大半の者たちが戻る手続きを始めているという。エリア19に戻ってもナンバーズ、よくて名誉ブリタニア人の生活しか送れないが、それでも生まれた地に帰りたいという想いが彼ら を動かしているのかもしれない。 この話をC.C.に伝えたとき、C.C.は嬉しいような、少し哀しげな表情を浮かべた。どこへ行っても真の自由を得ることができない国民を想えば仕方のない貌なのだろう。この件に関して慰めを云える立場にないルルーシュはこの元王女にただ寄り添うことしかできなかった。 ナンバーズと敵性外国人。 どちらがしあわせか、ルルーシュには判らない。しかし生まれた地へ帰りたいとどれだけ望んでも叶わない者たちが大勢いることは確かだ。 例えば、ニッポン人のように。 ユーロピアは敵性外国人を決してゼロにはしない。市民権の有無を明確に見せつけることによって行政府への不満を逸らしているのだから。云わば対人用の生贄だが、歴史的に見てそれは めずらしいことではない。実害を受ける側からすれば堪らないことだとしても。 ブリタニアとしてもナンバーズの帰還に熱心ではない。労働力は欲しいが、危険因子は増え過ぎると管理に困る。だから引き渡されるのがエリア19のナンバーズのみと提示されたとき、ブリタニ アはユーロピアの足元を見なかった。むしろナンバーズなどいらないから賠償金を増やせと要求したいところを、C.C.の意向で比較的ブリタニアに従順であり民度民徳が高いエリア19だから手を 打ってやった、というのが実情だろう。他の敵性外国人たちが亡国の地へ戻れる余地は限りなくゼロに近い。 「君は、ニッポン人だな」 だからこそ、ルルーシュは護衛の彼に問いたかった。 ユーロピアに身を置くナンバーズと対話できる機会など滅多にない。 ブリタニアの、それも“黒の皇子”から謝辞を述べられ驚いた様子であったレイラは、さらに彼女の部下をイレヴンではなくニッポン人と称したルルーシュを零れるくらい大きな瞳で見つめた。敵 意はない。真意を探る視線の中に、むしろ好意的な眼差しが混ざる。 「君は、ニッポンに帰りたいとは思わないのか?」 ハッと瞳を瞠ったのは少女の方だった。問われた本人よりも動揺が見られる。 発言権がない少年は当然ながら一言も発しない。代わりに目配せを受けた上官がルルーシュに発言の許可を求めた。否やはない。 ユーロピア共和国連合軍東部方面軍司令部所属、日向アキト中尉。そう名乗った彼は変声期を終えた、落ち着いた声の持ち主だった。 「殿下のおっしゃる通り、私には日本の血が流れています。しかし私は生まれも育ちもユーロピア。そして何より、命に代えても守りたい人がユーロピアに居ます。ですから、たとえユーロピアで どのような扱いを受けても日本へ行きたいとは思いません」 『帰る』と『行く』。その言い回しの違いからして彼の中でニッポンがどのように位置づけられているのか見て取れた。 彼はユーロピアのために、正確にはユーロピアに居る特別な誰かのために死ねる人間だ。この手の人間はどんな条件を提示しても引き抜くことはできない。その特別をブリタニア側に引き込まない限りは。 人が自らの居場所を見つけるのは存外難しい。大半は生まれた場所や環境に流され、何となく身を置いている。必ず其処でなければならない理由はないが、他に移るほどの理由もない。それ は在るべきところに納まっていると云えるのかもしれないが、何かにつけて現状への不安や不満が湧きやすいものだ。自身の中に強い肯定感がない為である。 だからこそ生きたいと思う場所で生きている者は強い。アキトと名乗ったニッポン人の少年は、他でもないユーロピアに在ってこそ強くあれるのだろう。 惜しいと感じはしたが、ルルーシュはあっさりと引いた。 「そうか。これは無粋なことを訊いたな、気を悪くしないでほしい」 「いえ、お気遣い感謝致します」 淡々とした調子で答える少年とは対照的に、その斜め前で遣り取りを見守っていた少女はどこか安堵した様子だった。 可笑しなふたりだとルルーシュは思う。上官が部下の言動に揺さぶられ過ぎている。信頼関係を築くために言動を気に掛けるのは解るが、毅然とした態度を貫けなくては上官として失格だろう。 外国人部隊の上役はそれほどに大変なのか。それともユーロピア軍の特色なのか。単にこの女将校の気質なのか。 聡明な印象を受ける少女なだけに不思議に思うが、いずれにせよ、ひとたび戦争になればこのふたりとも生命の奪い合いをすることになる。 できない、などと云うつもりは毛頭ない。それが務めなのだから。 それでもこの交流が無駄にならないに越したことはない。 ブリタニアの対外政策を変換させる手立てはないものか、ルルーシュは考え始めた。
皇子と夜伽パラレル・その28 2015/ 5/31 up 2018/ 4/10 一部修正、表公開 |