夜伽草子・27


 その日を境に、C.C.の体調は悪くなる一方だった。
 面と向かえば何もないように振舞うが、椅子ひとつ座るにしてもいかにも気怠そうに背に凭れている様子を頻繁に目撃すれば、心配くらいするというものだ。
 休めと云い聞かせて素直に従う女ではないことなど百も承知している。それでもせめて体調不良の原因だけでも明らかにしておくべきだろう。そう判断したのはルルーシュだったが、今度は別の問題が浮上した。
 診せる医者がいないのだ。
 ・・・・・いや、医者自体はいる。分離政策を布いている都合上C.C.をブリタニアの医者に診せることはできないが、この地で医術を修めた優秀な医者はブリタニアとの戦闘に巻き込まれることなく大勢残っている。
 その筆頭とも云えるのが、かつて王家に仕えていた、御殿医と呼ばれる医師たちだ。
 彼らは亡国の最新かつ最高の医療技術を身につけた医師中の医師であり、現在は暫定福祉政策の一環として市井へ派遣している複数の医療チームの中心的役割を担ってもらっている。そん な多忙な彼らだが、一人や二人呼び寄せてC.C.の診察をさせることはもちろん可能だ。だから問題なのは医者そのものではなく、偏にルルーシュの心情だった。
 有体に云えば、C.C.の肌を他の男の前に晒したくないのだ。
 相手が医者であることは解っている。不調を訴える者を診察し、原因の究明と治療もしくは薬剤の処方指示を行うのが彼らの仕事であり、性的な意図をもって接するわけがないと充分理解している。
 が、それでも暴走しがちなのが思春期の恋というもので。
 理性では抑え込めないギラついた独占欲が医者を阻む。
 せめて御殿医の中に女性医師がいればよかったものを、などと恨めしく思っても詮無いことであるし、このままずっとC.C.の体調不良を放っておくわけにもいかない。追い詰められたルルーシュはこの日ついに苦肉の策に出ることにしたのである。



「そういうことは本職に任せる方が賢明よォ?」

 まァ別にいいんだけどサァ、と続けたのは特別派遣嚮導技術部のマーリン主任、ラクシャータ・チャウラーだ。
 ルルーシュの政務室。決して広くないその部屋で存在を主張する応接用ソファーに寝そべった彼女は手の中の煙管をクルリと回した。ただし周囲に紫煙が広がることはない。手に馴染んだ品 であるから持っているだけで、上役を前にして煙管を吹かすつもりはないのだろう。そのあたりはいかにもラクシャータらしいとルルーシュは思う。
 そんな彼女を今回呼びつけたのは他でもない、C.C.の件に関してだ。
 医療サイバネティック研究の第一人者であった彼女は一般人より人体について詳しい。さらに専門である人体工学だけでなく医師免許取得に必要な知識は興味本位で一通り勉強したと以前聞 いたことがあったから、無茶を承知の上でラクシャータへ診察を依頼したのである。
 その返事がアレだ。
 至極もっともな彼女の言。しかしナイトメアフレームの訓練報告を聞く限りではC.C.とラクシャータの関係は良好とのことであったし、体調不良の原因は判らずとも、不安になっているだろうC.C. の良き話し相手になってくれたらという期待もあっての人選だった。
 それに。

「お前の見立てによっては医者に診せる。・・・・頼む、ラクシャータ」

 医者とはいえ面識のない他人からC.C.の現状を知らされたくなかった。それがもし良くない病気であったとして、体裁を取り繕うことにばかり気を取られて満足に情報を得られないのでは意味がない。

「・・・・・・・・・・・・・」

 殊勝な態度を見せるルルーシュに何を思ったのか、ラクシャータは妖艶な唇に緩く笑みを浮かべた。寝そべっていた身体を起こし、そのまま立ち上がって扉へと向かう。

「手が空いたら行くってオヒメサマに伝えといてよォ〜」

 云い、手をヒラリと振りながら去っていく。その様は頼りになる姐御といったところか。腹違いとはいえ何人もの実姉が居るのに、彼女たち以上に『姉』を感じてしまうというのも変な話だ。
 ルルーシュは自嘲的に唇の端を歪めた。
 しかしラクシャータがヘタな実姉よりもよほど信頼できるのは事実である。研究者としての妥協を許さない仕事ぶりは評価できるし、いつだって要求以上の成果を残してきた。一度引き受けたこと に責任を持つ彼女のことだから、C.C.のところへは今日中にでも行ってくれるだろう。夜にドッグへ寄る算段をつけたルルーシュは、本国から送られてきた本日の最重要案件に再び目を通し始めた。






 同日、14時。この日はめずらしくも重要な、外部からの客人との謁見が入っていた。
 予定の時刻通りに謁見の間に出向くと、玉座の正面に使者が膝を折った状態で首を垂れていた。女だ。その斜め後方には同じようにして男がひとり控えている。男は女の護衛だろう。
 ルルーシュが席に着いたのを見計らい、従者が「面を上げよ」と指示を出した。それに従った使者の顔を見て、ルルーシュはポーカーフェイスの裏側で盛大に眉を顰めた。
         若い。
 これはルルーシュと同じ年頃ではないだろうか。
 同じ血筋であれば、より強くて優秀な個体を       血統主義でありながら徹底した弱肉強食社会であるブリタニアに於いては、ルルーシュのように歳若い指導者もめずらしくはない。しかし ユーロピアという共和国連合は民主主義の典型的な失敗例のような国で、保守派が非常に多いと聞いている。実権を握る三人の大統領と国防四十人委員会の委員たちは実力の伴わない古狸ば かり。富と権力の喪失を何よりも懼れる彼らは実力ある後進を若い芽のうちに摘み、結果として国は一向に成長しないという。
 そんな国から使者として来た女将校。周囲からの刺すような眼に物怖じもせずただルルーシュだけを見つめる女を、ルルーシュもまたじっと眺めた。
 顔の造形や体型に関しては興味などない。
 ルルーシュが注視したのは纏う軍服の階級章だ。それが示す女の身分はユーロピア軍中佐。本国から送られてきた通達書の記述通りだが、階級はともかく、こんな外交の場に引っ張り出される にしては如何せん弱輩すぎる。
 優秀すぎるが故に今まさに打たれる杭か、それとも単にブリタニアが舐められているのか。
 まぁ両者だろうな、と判断したルルーシュは「お待たせした。私がエリア19総督ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」と声を掛けた。
 謁見の場では通常、目上の者が声を掛けるまで目下の者は話すことができない。そんな馬鹿らしい慣習に則り、ようやく発言を許された女はクッと顎を引く。
 小さな唇から発せられた堂々とした声に澱みはなかった。


「ユーロピア共和国連合軍東部方面軍司令部所属、レイラ・マルカル中佐であります」






皇子と夜伽パラレル・その27


2014/ 9/18 up
2015/ 5/ 4 一部修正
2018/ 4/ 4 一部修正、表公開