夜伽草子・24 丘陵のなだらかな斜面に茂る緑がとても美しい、広大な牧草地だった。 数ヶ月前であれば草を食む牛や羊の姿が見られたのだろう。しかしブリタニアによって長距離移動の自由が制限され、名誉ブリタニア人というだけで放牧できる範囲までもが制限されている今、 かつての牧歌的な風景はその面影すらない。 何とも云えない複雑な心境を味わいながら、ルルーシュは自らが歩いてきた場所を眺める。 道らしい道もない草地を踏みしめて辿り着いた丘の上から眼下に広がるのは専ら草花ばかりで、政庁から操縦してきたナイトメアフレームがむしろ異質の塊だった。 ルルーシュは無言で目的地の方へ視線を戻す。 丘の向こう、一面に拓けた窪地の先には小高い山がある。しかしその麓から中腹にかけて、通常あるはずのない色彩が見えた。 人口的な白灰色は山肌を覆うコンクリートの色だ。 サクラダイトの採掘プラント。 まるでブリタニアという異物に寄生された、哀れな生き物のなれの果てのようだ、と。ルルーシュは初めてフジヤマを見たときにも抱いた感想を再び抱き、傍らに立つ女をそっと伺う。 C.C.の表情は硬く、そして暗かった。 王族唯一の生き残りである彼女は何を想っているのか。あるいはルルーシュと同じように感じているのかもしれない。言葉なき今それを知る術はないが、感じるものはC.C.の方が多いだろう。 追及することなく、また追及したいとも思わずに、ルルーシュはただC.C.の隣に在り続けた。 時間だけが刻々と流れていく。 モルテグ塔の前でもそうであったように、時が経てばC.C.から行動を再開すると思っていた。しかしどれだけ待っても折り合いをつけた様子はなく、この場を離れようともしない。 採掘プラントが建造された山の向こうは普通の山地が続いている。木々によって少しずつ色合いが変わる緑は生命そのもので、かえってプラントの存在が際立って見えた。 いつしか陽は傾き、夕陽が緑に降りかかる。 吸い込む空気も赤みの強いオレンジ色の光彩を帯びている気がして、急に息苦しくなった。 しかし身体は急激に冷えていく。気温が下がったからだと気付くのにこれだけ時間を要したことはない。燃え尽きてしまいそうな太陽が山の端に沈むのを見届けてから、ルルーシュは外套を脱いでC.C.の肩に掛けた。 「行こう」 軽く背を押して促す。 無言だったが、C.C.はルルーシュに従って丘を下り始めた。 ラクシャータからデータカードを受け取って1ヶ月後、ルルーシュとC.C.はようやくサクラダイト採掘プラントの視察に臨むことができた。 もっと早く来たかったのだが、C.C.との予定が合わずにここまで先延ばしになってしまったのだ。 食糧給付も滞りなく進み時間に余裕ができたC.C.は、今度はサクラダイト採掘の全権を管理する財団の設立に奔走していた。ブリタニアに対して交渉力を持つ組織を一から作り、そしてその トップを務めるのだから、どれだけ優秀なブレーンを集めたとしても軽減されるC.C.の負担など高が知れているというものだ。プラントの建造だけは政庁主導で始まっており、C.C.も視察に同行す ると云って聞かなかったし、自らが代表を務める財団の事業現場を実際に見ておくことも必要だと判断したから、ルルーシュも今日まで待っていた。 ・・・と云っても政庁を発った時間が遅かったため、今日はプラントの外観を眺めたのみで、内部視察と作業環境の確認は明日の午前に行う予定である。 昼前には政庁に向けて発つという強行軍。それを可能にするのはフロートユニット搭載のナイトメアフレームであり、ルルーシュは蜃気楼を、C.C.はランスロット・フロンティアをそれぞれ操縦してきた。 時間にすれば数十分の行程だったが、実機で初めての長距離飛行にしては機体がブレることも失速することもなく、C.C.の操縦センスは上の下くらいだと云えるだろう。 ちなみに、スザクは化物扱いを受けるので比較対象にはならない。 デヴァイサーとして規格外の男は護衛としても優に5人分以上の働きをするため、護衛官として今回の視察にも同行していた。・・・というかスザクしか同行させていない。エリア19に於いてテロ の危惧は限りなく少ないし、悪戯に護衛機を増やせばそれだけ整備に金が掛かる。つまり、税金の無駄だ。 そして何より、削られがちになっているC.C.との時間を無粋な連中に邪魔されたくなかった。 セキュリティー管理の行き届いている政庁から出るということは、それなりに身辺警護を厚くする必要があるということだ。従来であれば護衛官が張り付き、就寝中も同室させるのが通例である。 しかし幼少の頃よりそんな厳重警護の中で育ってこなかった庶民的な皇子は、逆に監視されているようで護衛官の存在を好かなかった。もちろん大衆の前に立つときなど必要に応じて護衛官を 付けるが、それも最低限だ。特に寝室になど、よほど近しい者しか入れたくない。 その点、スザクは扱いが楽だった。空気を読まない男は頑固で我を通そうとすることも多いが、危険に対しては非常に鼻が利く。野生の勘とでも云うべきなのだろうそのセンサーに引っ掛かるも のさえなければ、親友としてルルーシュの自由を尊重してくれるのだ。ここでもC.C.を侍らせていることに何か云いたそうな貌をしていたが、別室にて待機することを承服し、スザクは下がっていった。 時刻はすでに21時をまわっている。 だが普段と比べれば格段に早い時間だ。政庁に残してきた政務官たちから送られてきた緊急の決裁事項も処理を終えてしまい、ルルーシュは端末を閉じる。 C.C.はベッドに伏せていた。 寝相があまりよろしくない彼女がずっと同じ体勢のまま転がっているところを見ると、寝ているわけではないのだろう。まさか「枕が変わって眠れない」とでも云い出すような軟な神経の持ち主で ないことは百も承知の上で、ルルーシュはソファーから腰を上げる。政庁で自室として使っている部屋より広々とした室内を横切り、大きなベッドに片膝を乗せた。 「C.C.」 一夜限りのこの寝室は、採掘プラントを建造した山を含む山岳地帯や牧草地周辺を管理していた貴族の館の一室である。白亜の城は石造りの元王宮よりもアリエスの離宮に雰囲気が似てお り、鮮やかな壁紙や一面に敷かれた絨毯、豪奢な家具などの内装もアリエスを思い出させた。 アリエス急襲事件でナナリーが避難してきた際に滞在していたのもこの館だ。 ナナリーはここでプラント建造現場を見学したり、広大な土地を活用してナイトメアフレームの実機訓練を受けていた。公務に関われない学生身分の妹のことを考えてのプランだったが、C.C.と 同じ部屋で寝起きしているのをナナリーに知られたくなかったという理由もある。本国へ戻る日、政庁へ挨拶に訪れたナナリーが「C.C.さんともっとお話したかったのに」と唇を尖らせたのは記憶 に新しい。独占を咎められているのは明白で、C.C.との関係をどこまで勘付かれているのか確認するのも恐ろしく、あのときはC.C.と何やら楽しそうに話している様子を遠目に見守るしかなかった。 そのナナリーが使っていたのは別の部屋らしい。 が、今もナナリーに見咎められているようで、C.C.に触れるのを躊躇う。しばしの葛藤の末にそっと肩に触れると、C.C.はルルーシュの方へ顔を向けた。 やはり沈んだ表情。力ない琥珀色の瞳は、朝には見られなかったものだ。 体調が優れないのか、それとも昼間見た光景にショックを受けたのか。 「どうした?」 返答は期待していなかった。無言もしくは適当にはぐらかされるだろうと思っていた。ノロノロと上体を起こした女は案の定ルルーシュに背を向ける。 しかしC.C.の唇からぽつりと零れた呟きに、ルルーシュは瞠目した。
皇子と夜伽パラレル・その24 2013/ 2/11 up 2018/ 3/29 一部改変、表公開 |