夜伽草子・23 アリエス襲撃事件の事後調査に駆り出されたラクシャータは、そこでマリアンヌと親しくなったのだという。 すっかり呑み仲間になってしまって、最終的には「いつでもいらして」とマリアンヌ本人からワインセラーの合カギを託される始末。カギを見せれば離宮に入れるよう手配しておくとのことで、その 話を聞いたルルーシュは、襲撃事件の直後だというのに危機感のない自由奔放な母親に盛大に呆れた。そんな母親より遥かに常識的なラクシャータはその息子経由でカギを返すことにしたらしい。 もっとも、酒は仲間と呑むのが一番美味いから、と語ったあたりを鑑みるに、今後も呑みに来る気満々だな、とルルーシュは別の意味で頭痛を覚えたりもしたが。 ただ、アリエスのカギを返すだけなら、あの場でなくてもいいはずである。 無意味なことをする女でないことは重々承知しているから、カギに纏わるエピソード自体に偽りはないとしても、何か仕掛けがあるとルルーシュは踏んでいた。 カギ自体には何もない。触って確かめてみても、何の変哲もない銀製品であることが解るのみである。しかし不可解なことに、カギはそれ1本にも関わらずカギを束ねるための大振りのリングが 通してあり、プレート状の小さなタグが下がっていた。 アリエスの離宮を示す紋章が刻まれた、同じく純銀製のタグ。 通常であれば気にも留めない程度の微妙な厚みがあり、指の腹で丹念に表面をなぞると、下から1ミリのあたりに切れ込みのような線が入っていることに気が付いた。爪を引っ掛けること数回、ようやく下部の蓋を外すことに成功する。 出てきたのは、小指の爪の半分程度の大きさしかないメモリーカードだった。 通常の規格よりも随分と小さい。普通のポートに入れてもロードできないそれに、しかしルルーシュは心当たりがあった。手持ちのカードケースの中からひとつ選んで取り出す。他と変わらない ように見えるそれには下部に蓋があり、ルルーシュはそこに小型カードを差し込んだ。 ラクシャータが作った、世界最小のカードタイプ記憶媒体。 単体では用を為さず、専用の接続カードを介さないとデータが引き出せないものである。 データカードの抜き差しは一見手間だが、データを堅守したい場合には非常に有用だ。接続カードは一般的なメモリーカードに酷似しており、中にデータカードさえ入っていなければ、万が一 押収されてもデータがまったくない状態に見えるという優れものである。 一般に普及させる予定がないどころか帝国に作製報告すらしていない、マーリン内部での内密な情報のやり取りに使用されるその実物を実際に手にするのは初めてだが、この手段に頼るのが 賢明とラクシャータが判じた情報が収められていることは確かであり、ルルーシュは逸る心を押さえながらメモリーカードを端末に差し込んだ。 「まだ仕事か?」 ふと、やわらかい声がした。 隣を見下ろすと、ベッドに伏せたままのC.C.がぼんやりとルルーシュを見上げている。まだ夢見心地なのだろう。顔に掛かった長い髪を払ったその手でついでに頬を撫でてやれば、C.C.は鼻に掛かった息を漏らした。 日中は何かと忙しく、どこに人の眼があるとも知れない場でカギを調べることはできなかった。そして普段の流れを崩さなかった結果、こんな時間になってしまったのだ。甘く溶け合った女が眠りに落ちる、こんな夜中に。 C.C.に対して隠す意図は別段なかったものだから、ルルーシュは嘘偽りなく答える。 「いや、ラクシャータから報・・」 「 しかし、言葉は半端に遮られた。 どこか不機嫌な声。改めて見遣ると、背を向けて丸くなる女の姿があった。 思わず口角が上がる。 判りやすいヤキモチは正直なところ意外だったが、存外可愛い。 「確かに女だが。ラクシャータは優秀な部下・・・それ以上でも以下でもないな」 性別は認識しているが、女性として意識しているわけではない。それはラクシャータに限った話ではなくセシルにも云えることである。 ルルーシュは身を屈めて、細いうなじに唇を落とした。わずかに身じろいだ女の髪をやさしく梳くと、首を回して見上げてくる。視線は端末の画面だ。ヤキモチを差し引いても興味があるようで、疑いの眼差しではない。 C.C.が身体を起こすのを制止することなく、ルルーシュは画面の端末に視線を戻した。 フォルダのトップにはラクシャータらしく紅蓮の報告書が入っていた。内容は紅蓮の生データから始まり、既機体との性能比較や改善点、課題などが綴られている。いずれルルーシュのところにも 上がってくる報告書だが、検閲を通すために時間が掛かり過ぎるのが気に食わなかった。おまけに生データを省かれるという余計な世話を焼かれることが頻発するため、報告書のすべてを読め るのは純粋にありがたい。内容量が半端なく多いそれを、とりあえず読み流して内容を把握していく。 収められている報告書はまだいくつかある。 次の文書ファイルはエリア19産出のサクラダイト原石について。 本国の研究機関にて改めて原石を解析したところ、その質の高さに研究員は驚いたらしい。そしてルルーシュの読み通りレートや財団の設立、備蓄庫解放の件は交渉が拗れることなく許可が下 りる見込みだそうだ。正式な通達が来れば、C.C.が進める食糧給付政策も実際に給付が開始できる。 「よかったじゃないか」 ルルーシュに体重を預けながら画面を見つめるC.C.に告げれば、C.C.は無言で小さく頷いた。 他には新規生産されたナイトメアフレームの台数だとか、その稼働率だとか、軍の対外動向だとか、皇族貴族の中での目立った動きだとか、副宰相のルルーシュの耳に届いていることもあれば、目を瞠るものもあった。 しかしルルーシュの眼を釘付けにしたのはそれらの報告書ではなく、最後のファイルだ。 アリエス襲撃事件についての報告。 もちろん、ナナリーが本国に戻れるなどとラクシャータが云うからにはそれなりの進展があったと踏んではいたが。 まさかルルーシュが睨んだ通り、伯父の仕業だったとは。 伯父曰く『ただの冗談』で、死傷者が出るような事態は避けたとのことだが、世の中には笑って許せる冗談とそうでない冗談がある。今回は完全に後者であり、ただのイタズラに市民まで巻き 込み、事態を収拾するために大きな損失と労力を払ったという事の重大性を鑑みて皇帝自ら兄に謹慎処分の命を下したそうだ。 しかしこの件を知るのは皇族の中でも要職に就く者だけであり、一般へは公表されなかった。実際、本国を離れているルルーシュの元にもそういう報告は入っていない。絶対君主制への批判を 出さないための明らかな防衛策だが、ラクシャータは一体どこからどうやって情報を仕入れてきたのか、末恐ろしくさえある。優秀な部下だとつくづく関心する一方、ラクシャータといいセシルとい い、女性の方が多方面に能力が高いことに少なからず衝撃を受けたルルーシュは、C.C.もそうなのだろうかと複雑な気分になった。 護ってやりたくなるような可愛げのある女性の方が好みだが、C.C.はそんな女ではないし、何より一国の元王女がそれでは市民が路頭に迷う。 何の益体もない思考を鼻で笑って、ルルーシュは残りの報告を読み進め始めた。 伯父のイタズラの件で本国が一番問題視したのは、ゲフィオンディスターバーもどきが中華連邦製だったことである。 黎星刻らが宦官から天子・蒋麗華を取り戻し、革命を成し遂げたのは半年ほど前の話で、宦官派はまだ起死回生の機会を窺っているとの見方が強い。ゲフィオンディスターバーもどきを作る技 術を手に入れたのがどちらの勢力にせよ結局は中華連邦なわけだが、まだ革命派の方が内政の建て直しに懸命な分だけ諸外国とのいざこざを避けるはずで、ブリタニアが受ける脅威も少ない。 宦官派が余計な力を付けていなければいいが、もし少しでも異変が見られるようであれば内偵の協力者を送ることも検討するべきだろう。長兄オデュッセウスの中華連邦訪問に同行した者から話を聞くことも視野に入れる。 しかし、すべては本国に戻ってから本格化する仕事。 取り急ぎエリア19の平定を第一に考え、本国に戻るまでにこの地で為すべきことを考え直していたルルーシュは、報告書の最後の一文に奇声を上げそうになった。 「ッ!!」 反射的に端末を閉じる。 すべてブリタニア語で綴られた文章を読むのに時間が掛かるのか、C.C.はそこまで到達していなかったようで、不思議そうな声で名前を呼ばれた。しかしもう寝ると主張して擬似メモリーカードとその中身を取り出す。 最後のこれだけはC.C.にも見せられない。 中身はカギに戻し、枕元に置いた。訝しむような眼差しを向けるC.C.の瞳にキスを送りながら抱き寄せ、横になる。 C.C.はしばらく無言の抗議を寄せていたが、反応が返らないことで諦めたらしくルルーシュに身体を寄せてきた。静かな寝息を認めて、ルルーシュはようやく緊張を解く。 「・・・・・・・・」 報告書の最後の一文は、ラクシャータからのメッセージだった。 今度マリアンヌに会ったら、ルルーシュにかわいい恋人ができたと報告していいか、と。厭味を感じさせないラクシャータらしい言葉で綴られた内容が、かえってルルーシュを動揺させた。 腕の中で眠る女は、世間一般で云えばやはり『恋人』ということになるのだろう。 しかしそう意識したことはなかった。 ただただ、特別な女。 C.C.との関係を明確にしなければならないと気付かされる一方、マリアンヌに余計な情報を入れさせないように手を打たなければとルルーシュは蟀谷を引き攣らせた。
皇子と夜伽パラレル・その23 2012/12/19 up 208/ 3/26 一部改変、表公開 |