夜伽草子・22 ルルーシュが指揮権を有する特別派遣嚮導技術部にはふたつのチームが存在する。 有名なのは、『キャメロット』。ロイド・アスプルンド伯爵を主任とし、先端技術の開発や汎用化を進める彼らは純ブリタニア人のみで構成されており、枢木スザク専用機のランスロットとその後続 機をはじめ、ブリタニア正規軍採用の最新型量産ナイトメアフレームであるヴィンセント・ウォードを開発したチームとしてエリートの道を歩んでいる。 それに対し、もうひとつの研究チームは名誉ブリタニア人のみで構成されていた。 『マーリン』 主任は中華連邦インド軍区出身のラクシャータ・チャウラー。かのゲフィオンディスターバーを実用化した凄腕の女性研究者でもある。 侵略決戦時に斑鳩は艦隊から外れていたため、専用ドッグのない蜃気楼は本国へ運ばれて整備が行われた。特派の主任二人が同時に本国外へ出る許可が下りないことからロイドを先に呼び 寄せてランスロットの整備に当たらせたが、エリア情勢が安定し総督の地方視察も可能となった今、ルルーシュ専用のナイトメアフレームが再び必要となりラクシャータが呼ばれた、というわけである。 ちなみにロイドたちキャメロットのメンバーは操縦者に合わせてスペックダウンさせた半カスタムメイド型ランスロットの納品および最終調整のため本国へ戻っている。 セシルに本国の動向をそれとなく探るよう依頼しているが、もちろんラクシャータからも話を聞くつもりだった。 「ご苦労だったな」 ルルーシュ自ら斑鳩の格納庫へ出向き、白衣の女に声を掛ける。 愛用の煙管を片手にエキゾチックな美女が振り返った。 「久しぶりねェ、大将」 「蜃気楼に手は加えたのか?」 「まだよォ。予定はあるんだけど、紅蓮のデータ取るのに忙しかったからさァ」 そう云ってラクシャータは笑みを深めた。 サバサバとした姉御肌の性格とは裏腹に、その貌は妖艶だ。しかしそれに何かを思うルルーシュでもなく、調整中の新型ナイトメアフレームの話題に気付いたことがあった。 「カレンはどうだった?」 「面白い子だったわよォ。大将と白騎士クンが推すだけあって操縦センスは抜群だったしィ・・・ブリタニアが嫌いってのが致命傷だけどねェ」 嬉しそうに眼を細めるラクシャータを見るに、カレンは優秀なテストパイロットだったのだろう。 マーリンが開発した新型ナイトメアフレームの紅蓮は、性能や出力が高いだけあって操縦がひどく難しかった。操縦の簡易性に優れた量産型に乗り慣れている並のパイロットではまったく乗りこ なせず、かと云って名のあるパイロットは専用機を所有していたりマーリンでは信用できないと搭乗を拒んだりで、初期データすら収集できないような状態だったのだ。 そこでルルーシュとスザクが名を挙げたのが、元クラスメイトである紅月カレンだった。 運動神経抜群のカレンは学園の文化祭においてガニメデを見事乗りこなし巨大ピザ作りに成功した実績がある。ブリタニア人の父と日本人の母との間に生まれた彼女は日本を攻め滅ぼしたブ リタニアを憎んでおり、初めは死んでも嫌だと突っぱねていたが、紅蓮のデータ収集にのみ協力するということで落ち着いていた。 それがエリア19侵攻の1ヶ月前の話である。 ルルーシュも忙しく、侵攻作戦の指揮官を務めた流れでそのまま総督に就任してしまったものだから、マーリンの新型のことは頭から抜け落ちていた。蜃気楼とは別の意味で扱いづらい機体も、 もう少し操縦が容易なら主要戦力になるものを・・、と考えていたというのに、しかし「ココのオヒメサマにもナイトメアの訓練をさせてるんだってェ?」とラクシャータが世間話でもするような調子で 訊いてきたものだから、ルルーシュは眉を跳ね上げた。 どいつもこいつも、何故C.C.のことを聞きつけてくるのか。 確かに、C.C.にランスロット・フロンティアと直参仕様の暁の操縦訓練を受けさせたのは事実だ。もちろん、キャメロットとライバル関係にあるマーリンの主任が気に掛けて不思議はない話題ではある。 ・・・が、どうにも揶揄されているような気がしてならないのは、果たしてルルーシュの自意識過剰なのだろうか。 煙管をクルリと回したラクシャータはルルーシュの胸の内を見透かしたようにまた笑った。 「優秀なら紅蓮のパイロットにほしいわねェ」 「・・・・・ッ、・・・アイツもナイトメアは好きではないらしいがな」 圧倒的戦力で祖国を攻めてきた近代兵器を、カレン同様C.C.も好いてはいない。 それでも時間を見つけて訓練しているのは、いつ侵攻してきても可笑しくないユーロピアに備えるためだ。 エリア19として植民支配しているブリタニアがメインで応戦するとはいえ、自分たちが暮らす場所を護りたいと考えるのは当然のことである。しかし名誉ブリタニア人となってもナイトメアフレー ムに搭乗できる者はほんの一握りであり、そんな現状の中で機会があるならばと、C.C.に訓練を提案したところ複雑そうな貌で頷いた。 ルルーシュとしても、C.C.が自らの身を守る術を身につけてくれれば安心できる。 操縦の腕前は、スザクに及ぶはずもないがルルーシュよりは数段上といったところか。 紅蓮を扱えるレベルではないだろうし、そもそも前線での活躍が期待される機体に乗せるつもりはなかった。 沈黙が落ちる。 たとえ知的探求と技術革新のためだとしても、『兵器』を作っているのだとラクシャータやロイドは自覚している。そして、恨みを向けられるべきは兵器ではなく戦争を画策した人間なのだとして も、軍事転用に手を貸した事実は変わらないと解っている。それでも新たな技術を思い描いて実現させる『進歩』への情熱を捨てることはできないから、その果てに誰かの涙があることを知った 上でふたりは開発を続けるのだ。国の命令だなどと免罪符を翳すこともせずに。 そのことはルルーシュもよく承知している。 いくら特別な女のこととはいえ不用意な発言をしたとルルーシュが奥歯を噛みしめていると、ラクシャータは「嫌われちゃったかァ」とまたカラリと笑った。 己の道を決めた人間というのは、斯くも強い。 どれだけ優秀な頭脳を持っていようとも純ブリタニア人ではないというだけでラクシャータ以下マーリンのメンバーは常に見下される。 同じ特派であってもエリートと云われるキャメロットとはやはり待遇が違うのだ。 いい例が、今回ペンドラゴンで起きた通信障害で真っ先に疑いを掛けられたことだろう。 ゲフィオンディスターバーを完成させた実績から、テロ組織に情報を横流しにしたのではないかと疑われた。そのくせ帝都中にバラ撒かれた装置の位置特定の任を押し付けられる始末。実際に 回収された装置がお粗末な代物で、もしもマーリンの誰かが情報を流したのならもっと完成度の高い装置が作れたはずであるとの見方が強まり無罪放免となったからよかったものの、危うく濡 れ衣を着せられるところだったのだから堪ったものではない。 それでも同じ境遇の者だけのグループで働けるのは精神的苦痛が軽減される、と。そればかりかマーリンでは最先端の研究ができるから、とメンバーは皆一様に感謝していると聞く。 そんな彼らの強さを見せられる度に、ルルーシュは名誉ブリタニア人のことも正当に評価したいと思うのだ。 先の戦争でルルーシュが組んだ遠征軍にはナイトメアフレームに搭乗できるよう特例で便宜を図った名誉ブリタニア人が数名居た。また、マーリンが開発した機体も積極的に登用する。どちら も贔屓ではなく、個人の技量や性能が良いと判断してのこと。ブリタニアの伝統がどうのこうのと口煩く批判する皇族のことなど眼中にない。 そんなルルーシュに興味を持ち、逆に支えてくれるひとりがラクシャータだった。 本当に必要なときに必要な分だけサラリとさやしさを差し出す。ラクシャータのそういうとことはC.C.に似ていた。 だから、謝罪と感謝の言葉の代わりに労いの言葉を掛ける。 「損な役回りだな」 「お互いサマよォ」 これ以上気を使われるのが嫌で、ルルーシュは視線を外した。 蜃気楼を見上げる。 人の生命を簡単に消し去るこの巨大な兵器は、同時にルルーシュの生命を護る要だ。 どちらかと云えば守備強化型であるのは搭乗者の平均的な操縦技術を考慮してなのか。最低限の意向を伝えるのみで後のカスタマイズは任せきりであるから、すべては甘い紫煙を燻らせる 女のみぞ知ることである。 だからといって今更確認するつもりもないルルーシュが話を切り替えようと口を開きかけたとき、先にラクシャータの声が耳に届いた。 「そういえばさァ、妹チャン、もうすぐ本国に戻れるカモねェ」 突然の話題に表情を取り繕う余裕もなくルルーシュがラクシャータを見遣ると、「オフレコォ」と女は笑った。しかしその眼は笑っていない。 これは本気の眼だ。 アリエス襲撃事件の真相解明に何か進展があったに違いない。 詳しく問い詰めようとルルーシュが一歩乗り出した瞬間、ラクシャータが何かを投げてきた。護衛官が慌てたように割って入ろうとしたが、一足先にルルーシュへ届く。 咄嗟に掴んだそれは、 「・・・カギ?」 「ワインセラーのカギよォ。アリエスの」 「はあっ!?」 返しといてェ、と手をヒラヒラ振るラクシャータがこんなモノを持っている理由も、まだ総督の任期が残っている人間に返しておけと渡す意味も解らず、ルルーシュは掌上のカギを見つめる。 巧みな細工が施された純銀の、長さが10センチはあろうかというソレは、確かにアリエスの離宮のカギのひとつだった。
皇子と夜伽パラレル・その22 2012/11/ 5 up 2018/ 3/21 一部改変、表公開 |