夜伽草子・19


「お前の妹とは思えないくらい、いい子だな」

 夜、ベッドに寝そべったC.C.は厭味ったらしくそう云った。
 ナナリーに会わせたら何か云われるだろうと予想はしていたが、そうくるとは。
 実際ナナリーとは顔も性格も似ていないし、それでいいと思っているルルーシュは反駁しなかったが、スケジュール管理の手を止められたことに関しては不満を抱きながら「悪かったな」と適当に返した。
 皇族は臣下にスケジュール管理をさせる者が圧倒的に多い。・・・・にも関わらず、ルルーシュは自身の予定どころか騎士のスザクをはじめ、最近ではC.C.の予定まで組んでいる。誰かに任せる ことに不満があるわけではなく、個々の能力と先々の予定を正しく把握する者が総合的かつ合理的にスケジュール管理をした方が何かと上手くいくことを経験上知っているからそうしているのだ。 ナナリーの来訪により予定に多少の変更を加える傍ら、彼女の過ごし方についても思いを馳せる。
 しかし当然、C.C.の声は聞こえていた。

「兄妹揃って礼を欠かないあたりは、さすがと云うべきだが」

 ふと、手が止まる。
 モルテグ塔を見舞ったナナリーは、夕食を共にしたC.C.に何かしら哀悼の意を伝えたのだろう。しかし、入城したその日にルルーシュが行ったことはC.C.に伝えていない。

「・・・知っていたのか」
「私を誰だと思っている?」

 偉そうに笑むその貌は、しかしもう眠気混じりで、程なくしてやわらかな寝息が聞こえてきた。
 重要な政策は、具体的な施策について取り決めを練る段階が一番気を張る。王族の公務記録を見る限りではC.C.が政治的な活動に加わった経歴はなかったため、初の大仕事に余計疲れてい る可能性もある。かく云うルルーシュもアリエスのことが気になってここ3日は碌に寝ていないものだから、眠気に押されて早々にポータブル端末を手放した。
 夢と現の狭間で考えるのは、アリエスを襲った者たちの目的と正体だ。
 スザクから上がった報告では離宮の正面エントランスが爆破されたとあったが、そんなところにマリアンヌやナナリーが居る可能性は低い。しかもその時間は誰の出入りもなく、怪我人すら出な かった。ターゲットを殺害するなら爆破ポイントを生活空間へ向けるか、もしくは外出や帰宅時を狙った方が確実性は高まる。
 また例によって皇族からの嫌がらせか、愉快犯か、それとも本気でヴィ母妹の生命狙いか。しかも皇帝が来訪中だったというから、そちら狙いだった可能性も充分ある。目的は犯人のみぞ知る、 と云ったところか。その犯人はいまだ特定されていないが。
 通信障害は磁場によるジャミング効果との報告があった。帝都ペンドラゴンおよび周辺一帯の観測データをグラフィック化したところ複雑な形状の波状紋が断続的に確認されたことから、磁場に 干渉する装置が帝都を囲むように設置されていると断定され、現在は実機を捜索中らしい。その装置はロイドが理論を提唱し、ラクシャータが実機を開発したゲフィオンディスターバーと類似した ものだろう。あれはサクラダイトの超伝導を阻害する。つまりエナジーフィラーの使用を前提とした太陽光発電社会に決定的なダメージを与えるのだ。また、副産物的な効果としてレーダー機能を 阻害する他、一般市民に関わるところでは電波障害による通信妨害やテレビ・ラジオの放送妨害などの実害が出る。出力が高ければ都市機能は完全に麻痺していただろうが、今回は電波障害 の他に被害報告はないし、アリエス以外に武力攻撃は仕掛けられていないため、市民への無差別武力攻撃が目的の犯行ではないのだろう。
 とは云え市民の生活に支障が出ているから、犯人特定やアリエス襲撃事件との関連性の調査より、現段階では磁場干渉装置の位置特定と撤去回収が優先事項らしい。
 ちなみに、スザクからの報告書には黒の騎士団について何も触れられていなかった。
 ルルーシュも彼らによる仕業とは考えていない。
 反ブリタニア抵抗勢力の武力組織として数年前にエリア11にて結成された黒の騎士団は、しかし現在では幹部のほどんどが投獄されている。おまけに皇神楽耶がエリア11の特別政治顧問に 就いてからはテロリストへの裏支援が全面的に打ち切られたため、彼らには磁場干渉装置を入手する金も開発する技術もないはずだ。ついでに総督のクロヴィスが軍人武人気質でも政治家肌で もない根っからの文化人であるため政治顧問たちとの間に軋轢もなく、エリア11は順調に発展していると聞く。そんな土地柄と脆弱な組織が今回の事件を起こし得た犯人像と結びつかなかった。
 どちらの事件にしても情報局は犯人について何も解っていないと云っているらしいが、十中八九何かしら掴んではいるだろう。皇帝直属の機関にも関わらず、有力皇族から圧力を掛けられたら 立身出世を気にして組織機能が働かなくなることがあるとの噂もある。
 まさか、いい歳したジジイの癖に妙にお子ちゃまな伯父が世間を巻き込んで悪質な嫌がらせをしてきたのではないかと、ルルーシュは本気で疑った。
 人を小馬鹿にした笑みを湛えて高みの見物を決め込む姿が浮かぶ。
 その人物はどこからともなく取り出したロケットパンチをルルーシュに向けて      ・・・


「ッ、痛っ!」


 ルルーシュは突然襲われた痛みに目を覚ました。
 伯父の放ったロケットパンチ、ではなく、隣で眠る女の緩く握られた拳が裏拳よろしくルルーシュの額に命中したのだ。
 相変わらず、というか最近輪をかけて寝相が悪くなった気がする。それも心理的な距離が縮まったからだと考えてしまうと乱暴に扱うこともできず、ルルーシュはC.C.の腕をそっとブランケットの中に戻した。
 C.C.は気持ち良さそうに眠っている。一方のルルーシュは浅く寝ていたところを急に起こされた所為ですっかり眠気が飛んでしまった。仕方なく、C.C.の長い髪を一房掬い上げて手の中で弄ぶ。
 ここ3日も魘されて1時間ごとに目を覚ましては、彼女の髪を弄っていた。
 柔らかいのに腰がある、極上の絹糸の如き髪はサラサラで、梳くと気分が少し和む。
 しかし同時に胸が締め付けられるように痛むものだから、ルルーシュは内心首を傾げた。3日前から覚えた胸の痛みは、母妹をいたく心配する故に身体へ影響が出たのだと思っていた。それが ナナリーの笑顔に癒されマリアンヌの無事を聞いた今日、再び現れるのは不可解である。
 ルルーシュは手を止め、C.C.の顔をじっと眺めた。
 薄く開いた唇が無防備で、思わず視線が吸い寄せられる。
 あの晩、ルルーシュはこれを夢中で貪った。しかしあまりにも衝動的な行為だったため、感触も味もほとんど覚えていない。それを残念に思う自分が居ることをルルーシュはハッキリと自覚していた。
 赦されることではないと知りつつ、もう一度触れたいと考えてしまう。指先に伝わるこのやわらかい感触は、唇で味わっても同じだっただろうか。それとも      ・・・
 なめらかな頬をするりと撫で、誘われるように唇を寄せる。

 やわらかい。なのに弾力があって、       あまい。

 脳がそう知覚した瞬間、ルルーシュは自分がしていることに気付いた。
 慌てて唇を離す。しかし薄い皮膚が覚えた感触はじんわりと身体の芯に浸透していき、甘やかにルルーシュを痺れさせる。
 就寝中の、しかも恋仲ですらない女の唇を合意なく奪うなど、到底赦される行為ではない。それでもその背徳感からくる刺激と甘美な感触はルルーシュを再度動かすのに充分な力を持っていた。

「・・・・・・C.C.」

 今度こそ明確な意思の下、唇を重ね合せる。先程より長く押し付けて、離す間際に軽く食んだ。
 やはり心地よい。
 しかしこれ以上続けると物足りなさを感じて行為がエスカレートするのが目に見えていたから、ルルーシュはここで理性を優先させた。
 顔を離しながら瞼を持ち上げる。
 そこには驚愕に満ちた琥珀の双眸があった。

「え、・・」
「ッ!!!」

 ギクリと身体を硬くしたルルーシュ以上に、C.C.が大きく動く。
 上体を起こしてルルーシュから距離をとった彼女は、ブランケットを胸元に手繰り寄せて身体を丸めた。信じられないモノでも見たかのような貌には、微かに怯えが見える。細い身体は震えていた。
 正直なところ、この反応は意外だった。
 いつだって不遜な態度を取り続け、裸を見られても恥ずかしそうな様子をまったく見せなかった女と本当に同一人物であるのか、疑問が湧くというものだ。

「・・・C.C.」

 ルルーシュも上体を起こして呼び掛けると、思いの外強い眼差しが返ってきた。

「相手を間違えるな」
「は?」

 相手を間違える、とはどういうことか。この女の中には第三の魂が存在するのかと一瞬疑ったが、表情・声色・口調・雰囲気、どこをどう捉えてもC.C.にしか見えない。すると何を思ったのか、 C.C.は視線を逸らして云った。
 次の月夜まで待て、と。
 その言葉でルルーシュはすべてを理解する。
 衝動的に腕を伸ばし、女の片手を取っていた。さらに強張った身体を宥めるように、拳を作る指を一本ずつ解いて握り締める。
 憂いを帯びた、どこか哀しそうな貌。真名で呼ぶなと云ったのはお前だろうと、呆れて溜息を吐きたくなる。実際、わずかに息が漏れた。途端に後退りしそうになった女を、握った手を引いて留める。

「お前だ」
「・・え?」
「だから、あの子じゃなくてお前にしたと云ったんだ」

 何を、とは云わなかったが、趣旨は伝わったらしい。
 女がなおさら訝しがって眉根を寄せるものだから、言葉を選ぶ余裕すら欠いた。

「家族を殺されてなお国のために生きているのも、あのとき俺を止めてくれたのも・・お前だろう?」

 ルルーシュが求めたのは少女の方だとC.C.は思ったらしいが、そうではない。
 振り返ってみれば、ルルーシュを支えていたのはいつだってC.C.だった。あの少女はルルーシュを和ませていたが、抱いたあたたかい気持ちはどちらかと云えば妹に対するそれと近い。
 だがC.C.に向けるのは違う。
 きっと、そんな生易しい感情ではない。


「お前だけだ」


 女として、ほしいと思ったのは。
 締め付けられるような胸の痛みは、たぶんそういうことだったのだ。
 C.C.ではなく秘められた真名を囁くと、琥珀の瞳は潤むように揺れた。それでも「・・本当か?」と念を押すものだから、ルルーシュは掴んだ手を捻って掌を上に向けさせ、そこに唇を落とした。
 電流が走ったように身体を震わせた女を、無言で見遣る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 逡巡の末、ブランケットを胸元に押し付けていたもう片方の手がゆっくりと下ろされる。
 それは了承の合図だ。
 どこか心細そうな貌でルルーシュを見上げた女の細い腰を抱き寄せて、ルルーシュは安心させるようにゆっくりと唇を合わせた。






皇子と夜伽パラレル・その19


2012/ 9/21 up
2018/ 3/18 一部改変、表公開