夜伽草子・18 3日後、ランスロットが戻ったという連絡を受けてルルーシュは整備庫へ急いだ。 機体の点検がすでに始まっているそこでは、多くの整備員が慌ただしく行き交っている。 白を基調としたカラーリングに、洗練されたシルエットのランスロット。その隣にやや大型の厳つい機体 「スザク!!」 「ッ、お兄様!!」 しかし、腕の中に飛び込んできた小柄な少女に、ルルーシュは呼吸を忘れるほど驚いた。 ミルクティー色のふわふわの髪をツインテールに結び。細身の身体を白とピンクのパイロットスーツに包み。菫色の大きな瞳をルルーシュに真っ直ぐ向けるその少女は。 「・・・・・ナナリー・・・どうして・・」 ルルーシュの実妹、ナナリー・ヴィ・ブリタニア本人であった。 アリエスの離宮並とまでは云えないが、この元王宮にも素晴らしいバラ園がある。 普段のドレスに着替えたナナリーと、その護衛官として本国から同行したアーニャに手ずから淹れた紅茶を振る舞いながら、ルルーシュはひと時の休息を楽しんでいた。 アリエス急襲という不測の事態に見舞われ、皇帝はナナリーにエリア19滞在の許可を出した。 つまり、襲撃犯の特定と対策が完了するまでルルーシュのところで守ってもらえ、ということだ。ちなみに専任騎士のロロではなくアーニャが遣わされたのは、24時間付きっきりの護衛のため、 歳の近い異性よりも同性の方が宜しかろうという父親の判断によるものらしい。 そのロロは元々、マリアンヌ暗殺のためにアリエスに侵入した暗殺者である。シャルルの兄の軽い冗談だったらしいが、本気でマリアンヌを殺そうとしたロロは返り討ちに遭い、危うくマリアンヌに 殺されかけた。それを救ったのがナナリーで、その後アリエスで兄妹とともに暮らすことになるのだが、あのときはまさかナナリーの騎士になるとは誰もが考えもしなかった。野蛮なナンバーズを 騎士にした兄も兄なら、素性も知れぬ元暗殺者を騎士にする妹も妹よ、と一部の皇族から陰口を叩かれたが、元より不遇な扱いを受けることが多かったが故に逞しく育った兄妹は何ら気に掛け ることもなく。ロロが正式に専任騎士へ任じられたのは、数か月前の話である。 温厚そうに見えて実のところ非常に妬きもちやきのロロは、今回護衛官から外された件を悔しがったそうだ。マリアンヌは「一緒に行っちゃってもいいのよ?」とカラカラ笑っていたらしいが。 「ロロには学園のみなさんの安全を守るようお願いしてきました」 「そうか。・・・みんなも元気そうでよかった」 「ええ。それに、もしお兄様が戻ってきていたらお母様が赦しませんでしたよ」 アリエス襲撃当時、ナナリーはユーフェミアのところへ遊びに行っていたため大事は免れた。 マリアンヌも無事だった。・・・が、子どもたちの不在を見計らって夫婦水入らずで過ごせるようにシャルルが予定を調整してくれて、アリエスの庭園で散歩デートをしていたというのに、丁度その タイミングで建物への爆破攻撃が仕掛けられたものだから、夫の身の安全を脅かされた上にデートの邪魔をされた彼女は青筋立てて怒り狂ったらしい。 常々、シャルルの役に立てと口煩い夫至上主義のマリアンヌのことだから、機嫌が悪いときにうっかりルルーシュが舞い戻っていたら、それこそ酷い目に遭わされたかもしれない。家族の無事 を確認した後だからこそ笑える『もしも』の話にルルーシュは苦笑し、ナナリーはニコニコと笑った。 アーニャは相変わらずの無表情で紅茶を飲んでいる。 「他に変わったことはないかい?」 「え‥っと、通信妨害については黒の騎士団が絡んでいるかもしれないそうです」 「・・・エリア11か」 「でも、ユフィ姉様の離宮で聞いた噂ですから、本当かどうかは・・・。ペンドラゴン中で携帯端末が使えなくなっているみたいで、みなさん困っていらっしゃって・・」 「・・・・・・そうか、ナナリーも大変だっただろう?」 「いいえ。ユフィ姉様と咲世子さんがずっと一緒に居てくださいましたから」 ルルーシュとしてはナナリー自身の話を聞きたかったのだが、気配りが上手な彼女は兄の立場を考えて一般的な話題を出しやすい。 通信妨害に関してはアリエス急襲とともにスザクから夜までには報告書が上がる予定で、内容によってはエリア19でも対抗策を講じなければならないと頭の片隅で考えていたルルーシュは、 視界の端に見慣れた制服姿を見止めて内心溜息を吐いた。 時間になったら来るよう命じておいた護衛官は軍属の人間であり、時間を違えるはずがない。ルルーシュは後ろ髪を引かれる思いを味わいながら公務に戻ることを伝えた。 ナナリーはまだ幼いが、聞き分けのない子どもではない。 むしろ、まだ学生身分であるため公務は一切禁じられている妹は「私もお手伝いできればよろしいのですが・・」と多忙な兄を気遣う優しさを備えている。それでルルーシュの意欲が一段と高まったのは云うまでもない。 「案内人を付けるから、アーニャと政庁の中を見てくるといい」 現政庁である元王宮は歴史的にも古く、ブリタニア皇宮とは違った意味で見どころがある城である。 時間を掛けてじっくりと見て回れば夕食にちょうどいい時間になるはずだ。仕事に区切りがつかないため夕食は同席できないことを詫びると、ナナリーは思い出したようにハッと顔を上げた。 「お兄様、私、C.C.さんにお会いしたいです」 「C.C.に?」 「はい。スザクさんから伺いました。お兄様がこちらでとてもお世話になっている方だと。ぜひお礼と、それからお話をしたいです」 ナナリーは菫色の瞳をキラキラ輝かせてルルーシュを見つめる。 一方、ルルーシュは眉根を寄せた。 初対面では特に厚顔不遜な態度を全面に出しやすい女を、純粋で繊細な妹に会わせたくない。ナナリーに何を吹き込むか判ったものではないと危惧したのも大きい。しかしそれ以前に、C.C.も いまや政策の一部を担っている人間だから、そう簡単に時間を作れなくなってしまった。スザクが発った後に決定した人事のため知らなくても無理はないが、ナナリーに余計なことを話した親友に 後で制裁を加えることに決めて、ルルーシュはナナリーに向き直った。 「C.C.も忙しいんだ。だけど夕食を一緒にとれるように調整してみるから。それでいいかい?」 「ありがとうございますお兄様!」 花が綻ぶような妹の笑顔は、何物にも代え難い。 早速段取りを組み始めたルルーシュの耳に、しかし急に硬くなったナナリーの声が聞こえた。 「それから・・・・・王族のみなさんが処刑されたという場所にも行ってよろしいですか?」 ルルーシュへの伺いの形をとりながら、その瞳には確固たる意志が宿っている。 ここでルルーシュが禁止してもナナリーは見舞いに行くだろう。 一度決めたら梃子でも動かない強情さはルルーシュとよく似ている。すべては母・マリアンヌの血だ。 しかし元より禁止などするつもりもなかったルルーシュは、「中に入ってはいけないよ」と念を押した上で許可を出した。・・・恐らく、念を押さずとも中には入らないと思うが。 すでに遺体はルルーシュの指示の下運び出され、市民も見舞えるように歴代王族と同じ墓地に埋葬されている。そのため腐乱死体が転がっているようなことはないが、立ち入るのに気分の良 い場所ではない。何より、処刑された者たちの大量の血は上階の床から滴り落ち、塔の入口周辺まで土を緋色に染めた。今でこそ土は土色に戻ったが、雨の当たらない入口の石段にはいまだド ス黒く変色した血がこびり付いている。いくら母親が戦場を駆った元ナイトオブラウンズとはいえ、皇女として育てられた女の子の感覚では踏み締めることなどできないだろう。 ルルーシュの意図を理解したのか定かではないが、ナナリーは安堵したように表情を緩め、「アリエスからお花を持ってきたんです」と云う。 心優しい妹があの塔の前に立ったとき何を思うのか、ルルーシュには予想もできない。 しかし、自らの血に重責を感じ、呪わしく思うことがないよう、ルルーシュは願わずにいられなかった。
皇子と夜伽パラレル・その18 2012/ 9/15 up 2018/ 3/14 一部改変、表公開 |