夜伽草子・16


 不意に意識が浮上して瞼を持ち上げると、見慣れた天蓋が見えた。
 辺りはまだ薄暗い。
 右隣りにはC.C.。よく眠っているようで、めずらしくルルーシュの方に向けられた寝顔を見る限りでは目を覚ましそうになかった。
 繋がれた右手が暖かい。
 一晩中手を握ってくれていたのかと思うと離すのが惜しいような気もしたが、目先の感情にばかり囚われているわけにもいかない。小さな両手の間から己の右手を引き抜きながらゆっくり上体を 起こす。頭に鈍い痛みが走って、ルルーシュは舌打ちしたい気分を払拭するように細く息を吐き出した。
 この頭痛には覚えがある。
 例の睡眠薬による副作用だ。
 内外問わず生命を狙われやすい立場上、皇族に生まれた者は幼いころから毒物に慣れるよう訓練を受ける。つまり致死量に至らない量の毒を摂取して耐性をつけるのだ。それこそ腹痛を起こす程度のものから、劇毒まで。
 これに関してルルーシュは異を唱えるつもりはない。
 どこの国の皇族・王族・貴族でもやっていることだろうし、おかげで一般人では考えられないレベルまで耐性がついた。それはいい。
 だが、薬物に対してもそれなりに耐性がついてしまったため、睡眠薬にしても相当強いものを使用しなければ効果が現れなくなってしまった。
 例の睡眠薬も医師に特別に処方してもらったものだが、効果が持続する時間と副作用とが釣り合わない。せめてこの頭痛がなくなれば、とルルーシュは思うのだが、それはいくら考えたところで詮無いことだ。
 少しでも痛みを紛らわせようとしばらく指で蟀谷を押していたルルーシュは、もう一度C.C.の寝顔を眺めた後、寝台から降りた。



 シャワーを浴び、身だしなみを整えたルルーシュが向かった先は政務室だった。
 壁と扉の僅かな隙間から明かりが漏れている。扉を押し開けると、見知った顔がルルーシュを振り仰いだ。
 従者と、ロイドだ。

「ルルーシュ様・・・・なぜ・・」
「聞きたいのは扉の閂のことか? それとも部屋の前に立たせていた衛兵のことか? 」

 残念だったな、こちらにも優秀な配下がいるんだよ、と見下した眼差しで薄く笑ってやれば、元々青白い従者の顔からさらに血の気が失せた。
 煮える腹の内が少し治まったような気がして、視線をロイドに向ける。

「スザクは」
「アリエスの離宮に向かいましたよぉ。殿下のご命令通り」

 後半を強調したロイドの眼は、笑っているのに笑っていない。その理由を察して、ルルーシュは小さく頷いた。
 昨夜どれだけ体当たりをかましても開かなかった扉が、先程は呆気なく開いた。
 出てみれば、扉の外で伸びていたのは二人の衛兵。凶器を用いた形跡はなく、しかし顔などに殴傷があることから誰かが意図的に気絶させたのだと解る。
 そして閂。
 外された鉄の一枚板はご丁寧にも壁に立て掛けられており、ルルーシュが眠らされている間に何者かが訪れたのは明白だった。
 十中八九、スザクだ。
 救援を呼ぶ隙も与えず大の男二人を気絶させ、二人掛かりで持ち上げる閂を外すなど、統率のとれた複数犯もしくはスザク単独でしか考えられない。
 アリエスに向かったというスザクにルルーシュが命令を下した覚えはないが、そこは親友としても付き合いが長いスザクのことだ、ルルーシュが一番求めていることを理解しての行動だったのだ ろう。元よりスザクをアリエスに遣わす予定だったルルーシュに不満はない。
 従者を振り返り、強い口調で命令を下した。

「セシルの拘束を解け。彼女に咎はない」
「ルルーシュ様ッ!?」
「異議は認めない。お前に特派を裁く権限はないだろう」
「っ‥!」

 ようやく口を噤んだ従者に、フンと鼻を鳴らす。
 従者の手が震えているが、いいザマだ。

「ロイド。セシルを連れて至急量産型ナイトメアフレームの整備に当たってくれ。万一に備えたい。特派の管轄外だが、頼む」
「はいは〜い。その程度のお咎めならいくらでも〜」
「上役として責任を取りたいなら、特別に命令してやってもいいぞ。『今日一日三食、セシルの手料理を食べること』はどうだ?」
「あ、あは。それだけは勘弁して下さいよ・・・」

 引き攣った笑顔を浮かべながら、ロイドは退室した。
 ロイドがここへ来た理由は部下の身柄解放を訴えるため。その目的を達した彼を留めておく理由はない。
 決して狭くはないが、威圧感を分散させるには充分なスペースがない政務室で従者に向かい合う。
 この従者の、文官としての質が低いとは思わない。ブリタニアの国益を最優先としない政策でも原案を与えればより踏み込んだ修正案を出してくるし、無理なものは無理だと、根拠を示して論理 的に説明する能力もある。
 しかし、それ以上に保身が過ぎる点がどうしても頂けなかった。
 ルルーシュをまだ子どもと判じ、ルルーシュのミスに対する責任がすべて自分に回ってくると思い込んでいるのか。
 それはルルーシュにとって屈辱以外の何物でもない。
 皇族であることに誇りはあるが、同時にいつでも捨てる覚悟はできている。皇位継承権が低い一介の皇子が振りかざせる権威など、魔の巣窟においては諸刃の剣でしかないことをルルーシュは正しく理解していた。
 だが、ルルーシュが自身で身につけた能力や、経験を重ねて得た知識は違う。それらは皇族でなくなったとしてもルルーシュと共にある実力であり、少なからず苦労して得たそれらを軽んじられるのは許せなかった。
 しかし哀しいかな、目に見えない実力よりも衣の上から与えられた身分や肩書きに諂う者は非常に多いのだ。
 そして、この従者もそういう人種である。
 本来であれば取りたくない手段だが、ルルーシュもこれ以上黙っているつもりはなく、改めて主従の線を引き直すことにした。

「さて、いま私が何を云いたいか解るか」
「・・・それはルルーシュ様のお心故解りかねます。それよりも昨夜のルルーシュ様がどういうお積もりであったのか、そちらの方が問題かと思われますが」

 この期に及んでまだ先手を打とうとする態度は、ある意味褒めてやってもいいかもしれない。
 強かなのはいいことだ。
 ただし、時と場合を誤られては困る。

「その心積もりを軟禁という形で封じたのは何処の何奴か、皇族に対する不敬がどのような罪に問われるのか、忘れたわけではないだろうな」

 言葉を紡ぎながら、ルルーシュは目を細める。
 睨んでいるのではなく、牽制だ。異論を出させないための。
 案の定、従者は口を噤んだ。ここでルルーシュが何も発しなければ、一秒ごとに、際限なく空気は重く凍っていくのだろう。
 本音を云えば倍以上時間を置きたかったが、それは同時にルルーシュの嫌う生産性のない時間でもある。従者の顔色が予想以上に悪いことで一応満足することにして、本題に移った。

      お前の働きには期待している。だが大目に見るのは今回までだ。次はないと思え」

 実際、不敬罪で首が飛んだ文官は何人もいる。
 それも、直近50年の間で。
 ルルーシュは進んで不敬罪を適用したい意思は持ち合わせていないが、状況がそれを許さない場合もある。ついでに云えば、ルルーシュの沸点は結構低い。

「ランスロットからの通信チャンネルは常にオープンにしておけ。連絡が入り次第最優先で私に繋ぐように。       以上だ」

 さすがに従者は何も云わなかった。
 これ以上の怒りを買いたくなかったからか、それともルルーシュが逃亡しないと判断したからなのかは不明だが、必要事項を2、3確認した後、従者は退室していった。
 室内に静けさが戻る。
 暑くもなく寒くもない室温は、今のルルーシュの心境と酷似していた。

「・・・・・・・・・」

 スザクが残していった書類仕事を確認する手を止め、ルルーシュは窓際に寄る。
 政務室へ足を向けたのは、他でもなく仕事をするためだった。一瞬でも欠いた冷静。それに対する反省と、従者への当て付けが理由だ。
 しかし、ひとりきりになってルルーシュは気付いた。
 たぶん、C.C.と同じ空間に居られなかったのだ、と。
 寝顔を見ていたいと思ったことは事実だが、C.C.が目を覚ましたときにどの面下げて向かい合えばいいのか解らない。その瞬間を先延ばしにしたくて、ルルーシュはここまでやって来た。
 これでいいのかと、ルルーシュは自問する。
 いいはずがない。戦略なき撤退はただの逃亡だ。向かった先が政務室だったからといって、誇れることは微塵もない。
 C.C.と対面する、半日以上先のことを考えて、ルルーシュは瞼を閉じる。

 窓の外では、夜が明けようとしていた。






皇子と夜伽パラレル・その16


2012/ 8/ 7 up
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