夜伽草子・15


 ルルーシュは初め、セシルの言葉が理解できなかった。
 理解したくなかったのではなく、本当に理解できなかったのだ。

        襲、撃・・・?」
「はい・・・・詳細は不明、ですが‥アリエスの離宮が、襲撃に遭ったと、本国から通信が、・・・」

 息を切らしながらも懸命に話そうとするセシルの様子も、ルルーシュとセシルの顔を交互に見遣って心配そうな表情を見せるC.C.の姿さえも眼に入らない。
 自然と身体が動いた。
       帰らなくては。
       助けに行かなくては。
 しかし次の瞬間に従者と衛兵がドカドカと踏み込んできて、ルルーシュの願いは叶わなかった。

「女、何をしている!?」
「どちらに往かれますか、ルルーシュ様ッ!」
「放せ!! アリエスに      

 往く手を阻まれた上に腕を掴まれたルルーシュは一喝する。
 セシルは抵抗したが捕らえられ、衛兵に連れ出されてしまった。


「なりません。離宮の件は無線を傍受しただけでございます。本国からの正式な伝達もなければ、帰国の許可も下りておりません」


 その言葉にカッとなったルルーシュは拳を固めた。しかしそれが従者へ届く前に衛兵に阻まれる。従者の眼の合図で腕を後ろに捻り上げられたルルーシュは、腕を捩じ切られる痛みを感じながら、それでも呻き声ひとつ上げなかった。
 ただ、射殺さんばかりにギラギラと光る瞳で正面にいる従者を威嚇する。
 ブルリと身震いした哀れな従者は、気圧されながらも言葉を絞り出す。

「貴方様は総督なのです。もう少し立場を弁えていただかなくては周りの者が迷惑致します」

 そして不意に、ルルーシュは部屋の奥の方へと突き飛ばされた。
 2、3歩よろけて振り返れば、大きな音とともに扉が閉まる。閂を掛けられた音まで聞こえた。扉を殴りつけ、「出せ!!」と叫んだところで後の祭りだ。

『事実の確認はこちらで致します。ルルーシュ様は大人しくお休みください』

 そう云い残して去っていく靴音。何度か体当たりを試みたが、頑丈な扉は歪む気配すらなかった。
 じりじりと焼けるような苛立ちがせり上がってくる。
 血筋的にも社会的にも劣る従者に虚仮にされたことはもちろんだが、鳥籠の中に閉じ込められたまま家族の安否さえ確認しに戻れないという、ひどくもどかしい状況に甘んじていることが許せなかった。
 扉から脱出不可能となれば、残るは窓のみ。
 ルルーシュはデスクの椅子を引き摺って窓際に寄った。
 石を積んだ古城の窓は幅が狭く、おまけにシングルハングの窓の向こうには侵入者を防ぐための面格子が往く手を阻んでいる。これを突破しない限り、アリエスには戻れない。
 ルルーシュは椅子を思いきり振り上げた。
 しかし         ・・・


「やめろッ!!」


 両腕を広げ、不意に躍り出てきた女。
 目障りであることに違いはなかったが、大した障害でもない。現に、片手で振り払っただけでC.C.はいとも簡単によろけた。

「邪魔をするな!」

 そして今度こそ窓に椅子を振り下ろそうとした瞬間、C.C.に椅子の足を掴まれた。
 窓ではなく床に下ろすよう、女は必死になって細腕に力を込めてくる。
 純粋な力勝負ではもちろんルルーシュが勝るが、まさかC.C.に怪我をさせるわけにもいかず、一瞬の迷いが生じた。
 それを見逃すC.C.ではない。
 C.C.の渾身の抵抗によってルルーシュの手から椅子が離れ、激しい音とともに床へと転がった。
 反射的にルルーシュはC.C.を睨み付ける。
 しかし、次の瞬間には頬に痛みが走った。

「ッ、・・」

 頬を張った掌が痛むのか、右手を押さえたC.C.は、それでもキッとルルーシュを見上げていた。
 一連の行動とは裏腹に、琥珀の瞳は凍えるような厳しさで満ちている。それはあまりに鋭利で、そしてルルーシュの怒気を刺激するのに充分だった。
 C.C.の細い首に手が伸びる。
 しかし、C.C.は殺意の手を掻い潜り、体重のすべてを乗せて体当たりをかましてきた。
 いかにC.C.の体重が軽かろうと、そのすべてを受け止めるには体勢が悪かった。そもそも体幹が優れている方ではない。倒れることこそなかったものの、徐々に窓際から離されていき、ついにはベッドに足をとられて後ろにひっくり返ってしまう。
 衝撃を吸収する上質なマットレス。
 ルルーシュが跳ね起きる前に、C.C.が馬乗りになる。

「な        

 驚きと非難が入り混じった言葉は、形にならなかった。
 C.C.がそれを唇で受け止めたからだ。

「・・・・・ッッ!」

 ルルーシュの頬を包み込む両手は微かに、しかし確かに震えていた。一方的にくちづけてきたくせに、眉間に皺まで寄せている。一体何をしたいんだコイツ‥と、混乱している割には意外と冷静 に状況を見分していたルルーシュは、しかしギクリと身を強張らせた。
 唇にザラリとしたモノを押し当てられたからだ。
 いくら経験がないルルーシュでも、それが舌だということくらい解る。咄嗟に唇を固く結んだが、強引に唇を割ろうとするのではなく、ルルーシュを癒すようにやさしく唇をなぞる感触に、つい力が緩んでしまった。
 あるいは、もっと味わいたいと浅ましい欲望を抱いてしまったのかもしれない。
 一瞬だけ躊躇して、それでもそっと侵入してきた舌を、ルルーシュは焦れた気持ちで迎え入れた。

「ン‥」
     っ」

 微かに触れ合った舌先に、女の身体がピクンと跳ねる。しかし女のあたたかな舌は、ルルーシュの舌の上へ確かにあるモノを届けた。その、硬く、小さく、丸みを帯びた       まさしくタブレッ ト状のモノの正体に思い至ったルルーシュは同時にC.C.の目的を悟り、女を引き剥がそうと肩を掴んで力任せに押し遣った。
 しかし、C.C.は負けなかった。ルルーシュの首にしっかりとしがみ付いて離れない。
 マウントポジションを取られていたのも痛恨のミスだ。
 舌でタブレットを押し返し、押し戻され、そうこうしているうちに二人分の唾液に溺れたルルーシュはタブレットを飲み下してしまった。

「ッ、おま     ッ」

 C.C.が飲ませたモノ        それは十中八九、睡眠薬だ。
 ベッドのサイドテーブルの引き出しに隠していたソレの存在に、C.C.は気付いていたのか。
 やられた、と思った。
 いま無理にこの部屋を抜け出しても、30分と経たないうちに意識が飛ぶだろう。初めから解っていて飛び出すルルーシュではない。
            普段であれば。
 だが、今回ばかりは30分後のことなどどうでもよかった。現状に甘んじてこのまま鳥籠に留まるなど、ありえない。だからC.C.の肩を押し遣ったのだが、ルルーシュの胸中も計算済みであろう C.C.は腹の上から退かなかった。
 この女、やはり只者ではない。そう思うと同時に、こんな単純な罠に掛かった自分自身に苛立ちが募る。
 至近距離から見透かすようにルルーシュを見下ろす琥珀色の瞳。それがさらにルルーシュの怒りを誘った。
 心ない言葉が衝動的に湧いた。矛先はC.C.に向かう。
 しかし、今回もまた声にならなかった。
 唇に感じた、感触。
 押し付ける、と云うよりも軽く触れる程度の唇はやはりやわらかく、やさしかった。そのくせ、明らかに震えている。それが今度こそ裏のないくちづけだと証明していて。

「・・・・ッ」
「んっ‥!」

 気付けば衝動的に女の身体を掻き抱いていた。
 反射的に固く閉じられた唇に舌を捻じ込み、口内を荒らす。性急さにC.C.が身を捩った気がしたが、抵抗だとは感じなかった。
 くふ、と鼻に掛かった息が漏れたのを合図に体勢を入れ替え、女をベッドに縫い止める。それでもくちづけは止めない。初めのうちはされるがままだったC.C.も次第に応え始めたものだから、ますます没頭した。
 溺れる、と云っても過言ではない。
 巧く息を継げない女が唇を離そうと顔を背けるのを執拗に追い、その甘やかな唇を味わう。受け身の女は苦しそうだが、睫毛に掛かる涙の粒にさえひどく心を掻き乱されて、気遣う余裕などなかった。
 深く・・・
 もっと奥まで         ・・

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!」

 しかし、バチンッ、という音とともに。
 頬に衝撃が走った。


「っ、そこまで・・・許して、ないッ‥!」


 ジンジンと痛む左頬と、今にも泣き出しそうな怒り顔で睨むC.C.。そこでようやく気が付いた。
 C.C.の胸を鷲掴みしていることに。

「なッ!」

 反射的に仰け反り、手を離す。しかしそんなことで気まずい雰囲気を払拭できるはずもない。
 互いにぴくりとも動けず、一言も声を発せず。
 見つめ合ったまま、どれだけの時間が経っただろうか。ルルーシュの意思とは関係なく身体から力が抜けた。
 睡眠薬が効いてきたのだ。
 ルルーシュの異変に気付いたのだろう。後頭部に添えられたC.C.の手にゆっくりと引き寄せられ、女の首元に顔を埋める。鼻腔を満たす甘い匂いに、不意に泣きたくなった。


「約束、したんだ・・・・守ると」


 世界がもっと小さくて、自分の力をもっと信じていた、あの頃。
 多くの柵を抱える父の代わりに、母と妹を守ると誓った。
 ふたりに。
 そして、父に。
 重々しい空気を纏ってルルーシュを見下ろす父親は、しかし微かに笑んで云ったのだ。「任せたぞ」、と。畏怖と尊敬の対象であった父親から『認められた』ことが誇らしく、だからこそ成長の過 程の中でもその記憶が摩耗することはなかった。
 なのに、約束を果たせなかった。情報の真偽は定かでないが、もしもの時、すぐに駆けつけられない場所に居るのは事実だ。しかも、軟禁されていました、など話にならない。

「・・・俺が・・」

 瞼が重い。
 思うように身体が動かなくなって、下に居るC.C.に体重を掛けないよう配慮することもできない。
 しかしC.C.の口から文句が出ることはなくて。


「少し休め‥ルルーシュ」


 そっと頭を撫でられる心地好さに促されるように、ルルーシュの意識は遠退いていった。






皇子と夜伽パラレル・その15


2012/ 6/24 up
2018/ 3/ 8 一部改変、表公開