夜伽草子・14


 ルルーシュが懐から取り出したのは、ひとつの石塊だった。
 大きさは角砂糖くらいだろうか。切り札と云う割にはどこにでも落ちていそうなそれに、C.C.は冷めた視線を注ぐ。チラリとルルーシュを見遣った琥珀色の瞳は説明を促していた。
 ルルーシュが親指で石塊を弾く。緩やかな放物線を描いてC.C.の手に収まった石塊に、やはり変わったところはない。C.C.が一頻り観察を終えた頃合いを見計らってルルーシュは答えた。


「サクラダイトの原石だ」


          サクラダイト。
 超電導物質であるそのレアメタルは、現代の電気技術文明になくてはならない物質である。
 電気を発生させること自体は簡単だが、発電した電気を蓄えておくこと、それも長時間となると非常に難しい。そこで必要になるのが電池であり、蓄電効率のよいサクラダイトを使用したエナ ジーフィラーが必要不可欠となるのだ。世界最大の産出国はかつての日本       エリア11であり、フジヤマプラントからの産出量は世界シェアの70%を占めている。
 ブリタニアが日本を侵略した名目のひとつにサクラダイトの名が上がるほど希少価値が高いレアメタル。それがなぜ切り札なのか。

「それがどうした?」
「お前、サクラダイトがストーンヘンジ周辺からも採掘されるのは知っているか?」

 質問に質問で返したら、C.C.は微かにムッとしたようだった。
 しかし女は静かに頷き返す。
 そう、エリア11のサクラダイトシェア率は70%と高いが、裏を返せば30%は他の地域から産出されているということだ。特にストーンヘンジ周辺は、少量ではあるが『賢者の石』としてサクラダイト が出ることで昔から有名だった。

「機材を導入してエリア中を調査した結果、北東部の山岳地帯にサクラダイト鉱脈を見つけた。サンプルがそれだ」

 つまりC.C.の手の中の石塊は、エリア19で採掘されたサクラダイトの原石なのだ。
 サクラダイト鉱脈の発見は本国への強力な剣に、そして盾になるだろう。
 現に、エリア11に於いてサクラダイト採掘の全権を握る桐原産業の発言力、ひいてはその背後にいるキョウト六家の影響力はブリタニア本国と云えど無視できるものではなく、10年の長きに渡 る支配を経てもいまだ根強く残っている。

「採掘権はお前が持てばいい。レートは6割が本国、ここが4割で充分だろう」

 サクラダイトは軍事転用できる物質であるから、採掘権は並の者には渡せない。本来であれば公営で行うべき事業を民営でするのであれば、公益を優先することができ、下の者に絶対的な発 言力を持ち、それでいて総督と渡り合えるくらいの人物が望ましく、その点C.C.は相応しいと云える。
 戦争前からサクラダイトの採掘・製錬・輸出を手掛けていたエリア11とは違い、事業として一から始めなければならないエリア19のサクラダイト業界参入は決して易しいものではないだろうが、 人々の向上心が下支えする技術力・交渉力はどの分野においても確かであるから、きっとすぐに軌道に乗るはずだ。

「・・・6割で大丈夫なのか?」
「ああ。ここのサクラダイトは他と比べて恐ろしく純度が高いからな、多少の無理は通る」
「・・・・・・・なるほど」

 純度が高いということは、同量の原石からより多くのサクラダイトを製錬できるだけでなく、製錬の手間を大幅に減らせるというメリットがある。それはコストの削減に直結するため、エリア19の サクラダイト原石は重宝されるだろう。
 一度戦争を仕掛けてエリア制に組み込み、総督まで置いている以上、エリア19が本国から更なる武力介入を受ける可能性は低い。
 残りの4割は自エリアで活用し、産業をさらに発展させて本国へ還元すると云えばレートに関しては受け入れられる目算である。
 C.C.はルルーシュの少ない言葉で凡そ理解したのか、納得した表情だ。

「まさかこの国からサクラダイトが出るとはな・・」

 年中通して海から風が吹くこの元王国は、昔から風力発電が主流であった。
 太陽光発電は当然陽が出ている時間にしか発電できないが、風力発電は風さえ吹いていれば昼夜を問わずに発電は可能である。そのためこの辺りではブリタニアほど『電気を蓄える』ことに 感心が高くはなく、サクラダイトの需要もそれほど多くなかった。
 故に遅れた、資源発掘。
 エリア11から精度のよい機材を特別に借り入れたことも鉱脈発見の大きな要因のひとつだが、やはりそこに『見つけよう』という意思がなければ実現しなかっただろう。
 エネルギーは情報同様、今の社会には欠かせない。
 余剰分はそのまま放電してしまうのではなく、外国に売ることもできる。
 軍事転用される恐れがあるためエナジーフィラーという形で提供することは出来ないが、隣国であればケーブルを通して送電することは可能だ。もしその国がエリア19に電力供給を頼るようにな れば、武力に頼らずとも間接的な支配が可能になるかもしれない。それくらい、影響力を持つ分野なのである。
 とはいえ、エネルギー戦略に関してはまだ計画も構想段階。5年先、10年先、さらにその先まで考慮して計画を詰める必要がある。
 しかし、それもすべて本国とのサクラダイト交渉次第だ。

「交渉は俺がどうとでもしてやる。だからお前は食糧分配に専念しろ」

 いくらルルーシュが多忙とはいえ、合間を縫って食糧計画を立てることくらいは出来る。しかし、毎日鳥かごの中のような生活をしている女に少しでも活力を与えられるのであれば、それが最善 であるとルルーシュは考えていた。
 だが、C.C.はわずかに眉を寄せて問う。


「お前はなぜ、私たちのためにそこまでしてくれるんだ・・?」


 透明な光彩を放つ琥珀の瞳に、卑屈な影はない。
 ただ、『ブリタニア人は赤子を食らう』とでも聞かされて育った子どもがブリタニア人から親切にされて戸惑っているような、そんな印象を受けた。
 今さらそれを聞くのか、とルルーシュは苦笑したい気分になる。

「性分、だろうな」
「・・・・性分?」
「ああ。俺の母は平民出身で、他の皇族から随分と嫌がらせを受けたから、・・・立場の強い者が弱い者を守るべきだと思ってずっと生きてきた。それが今に繋がっているんだろう」

 平民出身の母親や、学校で親交があった友人たち。彼らと皇族を比べてみても、人間性で劣ることはまったくなかった。それと同様に、文化や身体的特徴は違えど、ブリタニア人とナンバーズ の間に差などない。それは後に専任騎士となる親友やその周囲の人間との交流でルルーシュが悟ったことだ。
 もっと広義のノーブル・オブリケーション。
 ブリタニアに組み込んだからには、生粋のブリタニア人も名誉ブリタニア人もナンバーズも、すべて自国民だとルルーシュは捉えている。国を動かす立場にある者が自国民のために働くのは当然 のことだから、つまりルルーシュがエリア19の人々のために働くのもルルーシュにとっては当然のことなのだ。

「・・・まあ、お前との間に優劣があるとは思ってないが」

 国というシステムを円滑に動かすために身分という制度が設けられているが、個人的な関わりとしてはC.C.よりも上であるという感覚がルルーシュにはまったくない。だからこそ対等な立場として C.C.には大きな政策を任せられる。

「ルルーシュ・・?」
「・・・・・・・・なあ、お前・・・本当は     

 逡巡の末にルルーシュが言葉を続けようとした、そのときだった。
 ドアを破るけたたましい音とともに、セシルが飛び込んでくる。



「殿下ッ!! 大変です、アリエスの離宮が         ッ!!!」






皇子と夜伽パラレル・その14


2011/12/16 up
2018/ 3/ 5 一部改変、表公開