夜伽草子・13


 ルルーシュがエリア19の総督に就任して、2ヶ月半。
 名誉ブリタニア人となった市民の尽力の甲斐もあって、ナイトメア戦の爪痕が最も激しい港の整備は完了し、大型貨物船やログレス級等の大型浮遊艦の複数発着が可能となった。
 幸いなことにライフラインが寸断されていた地域は少なく、こちらも断絶地区の復旧試運転が先日終わり、本運転を2日後に控えている状態だ。
 市街地破壊が一部に止まり、しかもその惨状が軽微であったことは、エリア11のトウキョウ租界のような、一からの開発・整備を行い難いということだが、近代ブリタニアの都市構造とは異なる けれど、まるで童話に出てくるような美しい街を潰してしまうのではなく、時間が掛かってもインフラを整備することで租界機能の底上げを図る方向でルルーシュは都市計画を打ち立てた。
 港近くの市街地はさすがにそうもいかなかったが、それも景観に配慮したものだ。
 これは入植したブリタニア人よりエリア19の人々に喜ばれた。
 住居内のドアでさえ自動ドアという生活に慣れているブリタニア人にはむしろ不便な点が多いかもしれないが、それでも批判が表立って出ないのは、やはりルルーシュの政策がすべて功を奏しているからだろう。

 元から国の借金が少なかったエリア19は、ブリタニアポンドを導入していないことや本国から経済を切り離していることもあって、以前と同じように健全な状態で経済が回っている。それもこれも すべてルルーシュだけの手柄ではなく、経済だけに注力してられない多忙な男は優秀な人材を起用することでこれに対応した。
 優秀な人材       それは他のエリアでは絶対に政策に加わることのない、現地の人間だ。
 これまで王国をよい方向へと導いてきた国王の右腕たち。投獄されていた彼ら一人ひとりと会ったルルーシュは、ブリタニアの支配下であってもこの地のために働く覚悟があるか確認した。
 「誇りを捨てろとは云わない」、「求めるのは結果だ」、「ブリタニアのためではなく、自国民のために働けばいい」、とも。
 協力を拒む者は誰ひとりとしていなかった。

 この話は瞬く間に巷へと広がり、名誉ブリタニア人への登録をさらに促進させた。
 一定の制約は付くものの、能力があればある程度は職業選択の自由が認められると証明されたのだから、当然の結果である。これによって適材適所の職業斡旋が進み、復興は確かなものとなった。
 すでに格差が絶対的なものになっている他のエリアでは絶対に実現できない政策だ。
 また、市民のようにはいかないが、軍人の死傷者が少ないことも幸いした。
 最低限の兵力しか備えられていなかったとはいえ、これまで国の領土を護る任に就いていたのだ、軍人の数も馬鹿にはできない。体力があり、知力も高い彼らは貴重な労働力として重宝する から、下士官以下は処罰の対象とはせず、主に港の整備や市街地の復旧作業、慈善活動など様々なところで働いてもらっている。指揮系統さえ機能すれば他の組織と比べ物にならないくらい 統率がとれる軍という組織は、味方につければ何とも使い易い手足だ。徒に戦争を長引かせなかった国王の判断は賢明と云えるもので、ルルーシュは評価しているし、感謝もしている。

 もちろん、ルルーシュに従い、力になっているC.C.にも。

 人々がルルーシュのやり方に理解を示して協力的にブリタニアを受け入れるようになってからも、C.C.への絶対的な信仰は揺らがなかった。
 彼女がルルーシュに付いているという理由でブリタニアに従っている者もいまだに少なくない。それは特に年配の者に多いらしいのだが、しかしどんな理由であれブリタニアに従っている限りは 粛清の対象にならないから、実際のところブリタニアの真の影響力がどれだけ定着しているのか正しく把握できないのが現状である。
 だが、それも国民性だろう。
 長い間他国からの侵略を受けなかった人々が争いを厭い、なるべく協調して日々の生活を営む姿は、弱肉強食が基本のブリタニア人から見れば随分とのんびりしているように映った。基本的に 同じような気質のエリア11の人々より純朴だ。
 それでも、大切なものを守り抜こうとする姿勢は強固で。
 エリア19で多少無理な政策を通すなら、C.C.の名を利用するのが一番だとルルーシュは気付いていた。

 現時点でC.C.に確固たる地位はなく、身分はあくまで総督の夜伽である。非公式に慰問や慈善団体の後援をしているが、政策に関与したことは一度もない。
 そんな女に与える重要な任。
 いや、C.C.だからこそ託せる政策。


「備蓄庫をいくつか解放して名誉ブリタニア人に給付しようと思うんだが、責任者をお前に任せたい」


 深夜、寝室に戻ったルルーシュはC.C.にそう伝えた。



 経済・金融、農業、工業、商業、通信、物流、サービス、医療、資源、等々・・・かの王国は小さな世界を目標に掲げ、他国と貿易しなくても生活に必要なすべてを揃えることができた国であった。
 農業を中心に牧畜業や水産業も盛んであり、今回の戦争でも首都一点攻撃と早期終結により農作物への被害はなく、例年通り生産できてはいる。しかし名誉ブリタニア人は長距離の移動が許 されておらず、そのため流通が麻痺し、都市部で食糧不足が発生しているのだ。
 そこでルルーシュが目を付けたのが元王国の穀物備蓄庫だった。
 かの国では災害や凶作に備えての食糧確保管理体制も確立していたため、すぐにでもブリタニア本国へ送れるような保存状態のよい穀物がエリア内のあちこちに保管されている。略奪者がい まだ皆無なのが「さすが」といったところだが、餓死者が出るのは時間の問題だろう。
 しかし食糧を給付すると一言で云っても、そこには大なり小なり格差が生まれる。医療や介護、福祉といった施設への給付が優先されるだろうが、そこに居るのは労働力という対価を差し出す ことが出来ない者たちばかりなのだ。仕方ないと解っていても血糖値が下がり過ぎた状態では正常に物事を考えられないのが人間という生き物の悲しいところで、心のどこかに不満が貯まる。怖いのはそれが爆発したときだ。
 狂気は伝播し、止まらなくなる。
 入植制限を布いているため、エリア19には純ブリタニア人が少ない。数で圧倒的に上回られたら、一般人の武器など大した用を成さずにあっという間に殺されるだろう。いくらルルーシュがエリ アの人々に寛容だからといって、そんなことが起きたら総督として制裁を加えないわけにはいかなくなる。だが、それはもちろん本意ではない。
 だからこそ、こんな場合にC.C.が役立つのだ。
 C.C.の采配で出た給付であるならば、確実に人々は涙を流してありがたがる。たとえエリア19総督の名で同じ給付を行ったとしてもC.C.と同等の謝意は得られないだろう。合理性を好むルルー シュとしては理解し難いことではあるけれど、これを利用しない手はない。
 もちろん農家へはそれなりに優遇措置をとって生活の保障もしなければならないが、細かいところを詰めるのはもう少し先の話だ。

「・・・ああ、お前ひとりでは任が重いなら、ブレーンを何人か引っ張ってくればいい」

 ナンバーズ出身の彼らはC.C.のためなら喜んで力を貸してくれる。向かい側のソファーでC.C.がひどく複雑な表情を浮かべているのを見止めたルルーシュは付け加えた。
 しかし、C.C.の表情は晴れない。ルルーシュが訝しんでいると、C.C.はようやく口を開いた。


「・・・・・そんなことをして、お前は大丈夫なのか・・?」


 それは、ルルーシュを気遣う言葉だ。
 エリアの財産は総督の管理下に置かれるのが通例だが、それらはブリタニア本国のために使われることが前提であって、名誉ブリタニア人の飢えを解消するために穀物が消費されるなど前代 未聞のことである。C.C.もそれを知っているのだろう、ブリタニアの慣例に逆らうことになるルルーシュの進退問題に影響はないのかと心配しているらしい。
 この女が、まさか身を案じてくれるとは。
 湧き上がる悦びがルルーシュの心を満たす。
 それは不思議な感覚だった。懐かないネコがようやく甘えてきたときのような優越感とはまた違う、今まで味わったことのない悦びだ。
 しかしルルーシュはあくまで平静を装って、懐からある物を取り出した。


「俺には切り札があるからな」






皇子と夜伽パラレル・その13


2011/11/28 up
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