夜伽草子・12 皇族に対して自ら声を掛けようとする人間は少ない。 騎士や補佐官のように信頼を勝ち得ている場合や職務の都合上など、特別な関係にある者は別だが、そうでない限りは下々の人間から雲の上の存在に対して口を利くことなどあってはならな いと考えられているからだ。 たとえそれが貴族であっても然りで、だからこそルルーシュは背後から届いた声に足を止めた。 「殿下ぁ〜お久しぶりですねっ」 石造りであるが故に細長い窓がいくつも並ぶ廊下。振り返れば、今し方通り抜けたその10メートル後方にひと組の男女が見えた。 スキップしそうな勢いで近づいてくるメガネの白衣男と、すっきり背を伸ばして男の後に続く軍服姿の女。主に前者に常識を求めるのは愚行の極みで、元より皇族にしては身分の差というものに あまり頓着しないルルーシュは、批難の目を向けた二人の政務補佐官を片手で制する。 「来たのか、ロイド」 「あは、当然ですよぉ。ランスロットのためならたとえ火のなか水のなか〜」 「セシル、君には苦労をかける」 「いいえ、とんでもございません、殿下」 元からニヤけた貌のロイドに対し、聡明さを窺わせる真面目な表情が目立つセシルは、しかし柔和に微笑んだ。 特別派遣嚮導技術部 すべてはシュナイゼルが個人的に保有する研究機関の数が増え過ぎたため、帝国というより自分たちの脅威になりかねないと危ぶんだ一部の皇族がシュナイゼルにいくつかの機関を譲渡する よう促したのが始まりだった。そんな中、特派が開発した第7世代ナイトメアフレーム・Z-01『ランスロット』のデヴァイサーにスザクが適任とロイドが判断を下したこともあり、純粋に先端技術研究 の支援が目的だったシュナイゼルは特派をルルーシュへ委ねた、というわけだ。もちろん、マリアンヌの息子にそんな兵器を自由にさせて堪るかと一部の皇族が猛反対をしたのだが、実際問題、 副宰相として外務に当たることが多かったルルーシュはシュナイゼルよりも戦争に赴く可能性が高かったから、皇帝の許可のもと、特派は正式にルルーシュへ一任されたのである。 「それで、僕のランスロットは今どこに?」 「格納庫だ。余裕があれば蜃気楼の整備も頼む」 そう云いながら、ルルーシュは護衛の一人にふたりを倉庫へ案内するよう指示を出した。 まさか主任とその右腕が直々に来るとは思っていなかったが、特派に技術者の出張を要請したのは他でもないルルーシュである。 総督就任の命を受けた直後に本国へ帰したスザクを再びエリア19へ呼び、地方視察などに当たらせているのはいいが、そのスザクが搭乗するランスロットを整備する専門家は、エリア19にはい ない。もちろん量産型ナイトメアフレームと同様の整備は施しているが、あれだけの巨体が多少の整備不良でいとも簡単に動かなくなってしまうわけだから、カスタムメイドのランスロットには専門 の調整をできる者が必要だと判断してのことだった。 『親バカ』というか、常識に囚われないというか、とにかくランスロットのこととなると本気で火のなかでも水のなかでも食いついてきそうなロイドに苦笑を洩らしながら、少なくともランスロットに 関しては心配の種が減ったことに安堵して、ルルーシュは執務室に向かおうとした。 しかし 「あ、・・・殿下、これを」 踵を返しかけたルルーシュを引き留めたのはセシルだった。 彼女が手にしていた茶封筒。てっきり特派関係の書類が入っているものとばかり思っていたが、セシルはそれをルルーシュに差し出す。 「ナナリー皇女殿下から預かって参りました。お手紙だそうです」 皇族への書簡はすべて検査が入るのが通例である。だからそれを通さず直にルルーシュへ手渡そうとしたセシルを補佐官が咎めようとしたが、ルルーシュは軽く制して封筒を受け取った。 印璽は確かにナナリーのものだった。A4の書類が入るサイズの茶封筒の下のあたりだけが膨れているから、中にいくつも手紙が入っているのだろう。そのすべてがナナリーからというわけで はなく、個々に差出人がいるに違いない。その差出人たちも容易に想像できた。検査を通すまでもない、ごく個人的な内容の手紙だからこそナナリーが取りまとめてセシルに託したのだということも。 「・・・ナナリーは元気だったか?」 「ええ、とても」 「そうか・・・・・ご苦労だった」 丁寧に封印が施された茶封筒の中身は夜までお預けだ。それでも、まったく惜しくなかった。 今度こそルルーシュは踵を返す。港の視察から戻った直後だから、スザクはまだ格納庫に居るだろう。これでロイドも文句はないはずだとルルーシュは思っていたのだが、しかし3メートルほど 進んだところでどこか人を揶揄っているような声が響いた。 「殿下ぁ、あとで僕にも例のオヒメサマ、貸してくださいね〜」 思わずルルーシュは足を止める。 ロイドの興味の対象は須らくナイトメアフレームが絡むことを理解していなければ、ルルーシュでさえロイドの人格を疑っただろう。なにせ、『例のオヒメサマ』は総督の夜伽として生かされている と周囲は認識しているのだから。 しかし振り返った先に見たセシルはただ呆れているだけで、軽蔑した様子はなかった。 「それはお前よりもラクシャータの分野だと思ったが?」 「んん〜・・仰る通りなんですけどね、僕も興味があるんですよ。完璧な二重人格ってそういませんからねぇ」 ナイトメアフレームに搭乗するデヴァイサーにも、人格によって向き不向きがあると考えられている。ここで曖昧な表現しかできないのは、人格の違いのみを研究対象としているにも関わらず、異 なる人間でデータを採取するために身体能力の差というノイズが少なからず混じってしまうため、真に正確な統計などとれないからだ。そんな中で人格をいくつも持つ存在がいれば、どんな研究 者だって実験への協力を願うだろう。精神疾患と関係がなければ、なおさらだ。 つまり、ロイドの目的はそういうことで。 「会わせてやるのは構わないが、あとは自分で頼むんだな」 十中八九、C.C.は協力しないだろうが。 今は国民のためだけに生きている少女も女も、自国の領土を荒らした兵器の実験に協力するとは到底考えられない。 しかしロイドはルルーシュの条件に満足したようで、「では殿下、のちほど」と云うなりスキップもどきで去って行ってしまった。どうやら、ランスロットと再会できるのが相当嬉しいらしい。こんなと きばかりは感情を読みやすいロイドに『アイツらしいな』と苦笑して、ルルーシュは今度こそ執務室を目指した。 独りになった執務室でルルーシュは封筒の封を破った。 ユーフェミアからスザク宛ての手紙が入っていたこと以外は予想の範囲内で、ナナリーとその騎士ロロ、ユーフェミア、そして学友からそれぞれ個別に手紙が入っていた。 1年半前に飛び級で卒業した学び舎。 母親の旧姓を名乗っていたため、ルルーシュを皇族と知る者は当時スザクとミレイくらいしかいなかった。今もナナリーが中等部に在学しているからふたりが皇族だという事実は公になっておら ず、知っているのは当時の生徒会メンバーだけだ。そのメンバーたちからの手紙も、家族からの手紙も、言葉は違えど皆一様にルルーシュの無事を祈る内容が綴られている。 遠く離れた地に居るからこそより嬉しく思う、励ましの言葉。 いつか彼らがこのエリアを訪れたとき、人々に笑顔と活気が溢れていると感じるような、そんなエリアにしたい、と。ルルーシュはこの晩、新たな理想を抱いた。
皇子と夜伽パラレル・その12 2011/ 6/ 2 up 2018/ 2/28 一部改変、表公開 |