夜伽草子・11 平民出身の皇妃とその子は、皇族の中ではあまりにも立場が低い。 幼いころは陰湿な嫌がらせに何の策も講じてくれない父に憤りを感じていたけれど、歳を経るにつれて皇帝という地位に就く父からの助けは更なる嫉みを招くのだと理解し、今では自らが守らな ければならないのだと、ルルーシュは強く使命感をもっている。 だから、一刻も早く本国へ戻りたいと、いつだって心のどこかでは気が急いていた。 児童養護施設が抱える問題に具体的な解決策を提示できないまま視察の終了時刻を迎え、ルルーシュは内心、非常に面白くなかった。 まずは現状把握を徹底し、それから時間をかけて綿密な救済案を練らなければすべてが理想で終わってしまうことも、施設の子どもたちに限らず、これまで農耕と縁のなかった人々の大半は今 日食べる物すら満足に調達することができずにいることも、頭では理解している。 理解はしているけれど、しかし目の前にある問題ひとつ解決できないのかと思えば、あまりに無力な存在である自分自身に腹が立つのだ。 しかし、そんなルルーシュの心情など知るよしもない所長は、おそらくみんな2階の一番奥の部屋に居るだろうからと、人好きのする笑顔を浮かべながらルルーシュを案内してくれた。その背に 付いてC.C.とスザクを呼びに行くと、次第に子どもたちの笑い声が大きくなる。 2階廊下の突き当たり右手側にある、子どもの臭いと洗剤の匂いが混じる小部屋。 陽当たりのよいその空間は物干し場として使われているようで、狭いながらも明るい室内いっぱいにタオルや服が干されている。その下で縮こまるように輪をつくる子どもたちの中心に、C.C.は 居た。 膝の上に子どもを二人乗せ、左右後ろからもベッタリと幼子に貼り付かれている女。 その横顔は、どこまでも穏やかで。 「・・・ッ、・・」 その姿を目におさめた瞬間、まるで普通の女じゃないか、とルルーシュは思ってしまった。 ・・・いや、先ほどC.C.が女児を抱き上げたときも同じように感じただろうか。 “神の愛娘”などという、老若男女を問わず国民から敬われる特別な存在などではなく、ごく普通の恋をして結婚し、よき母として子を産み育てる 何を馬鹿なことを云っているのだ、と、本人は感情の欠片も滲ませない貌で一刀両断するだろうけれど。 「あ、C.C.さま!おうじさまのお兄ちゃん来たよ!!」 そのとき、室内に一歩足を踏み入れたルルーシュに気付いた子どもの一人がルルーシュを指さしながら大声をあげた。 C.C.に失礼がないようにと、室内で子どもたちの言動に目を光らせていた職員たちが顔を真っ青にしてすぐさま子どもを取り押さえたり、ルルーシュに頭を下げたりと思いきり慌てふためいて いたけれど、ルルーシュは片手を挙げてそれを制す。 『おうじまさのお兄ちゃん』と呼ばれたのは初めてだが、 ついでに、子どもに指をさされたくらいで目くじらを立てるほど度量は小さくない。 ルルーシュは洗濯物の天幕をくぐり抜けて傍まで行くと、膝を折って子どもたちと目線を合わせた。 「君たちが大人になるまでには、・・・もっと豊かなエリアに発展させていると約束しよう」 物質的な豊かさだけでなく、心も豊かなエリアに。 たとえ祖国の末路を正しく理解する日が来ても笑顔が失われることのないような、そんなエリアに。 今すぐにとはいかないけれど、必ず。 だから・・・ 「だから、君たちも ルルーシュは心の底から願うのだ。 しかし云われたことがいまいち理解できなかったのだろう。子どもたちは全員ポカンと口を開け、間の抜けた貌でルルーシュを見るだけである。その中心にいるC.C.も、普段の無表情からは想像 もできないほど幼さを感じさせる、驚いたような表情を浮かべている。 一回り近く歳の離れた子どもたちと似通った貌を見せる女に、ルルーシュはクスリと笑った。 すい、と手を差し伸べる。 「行くぞ、C.C.」 もういい加減、本当に政庁へ戻らなければならない時間だった。 この視察中に確認待ちの案件がいくつかルルーシュの執務室に回ってきているはずで、それに可否を下さないと豊かなエリアづくりが先延ばしになってしまう。 しかし戻ると云った途端、邪魔が入った。 近くにいた子どもに抱きつかれたのだ。 「ダメー!」 「帰っちゃヤダぁ〜!!」 「お兄ちゃんもここにいて!!」 今回の言葉はきちんと解ったらしい子どもたちは大騒ぎし、泣き出す子までいた。 顔面蒼白で子どもを引き剥がそうとする職員とは対照的に、部屋の出入り口を固めていたスザクは声を殺して笑うばかりだったものだから、いくら悪意がない相手とはいえ、仮にも護衛だろう、 とルルーシュは胸中で悪態を吐いて。 「また来てね、おうじさまのお兄ちゃん」 結局、所長が子どもたちをやさしく諭してくれたおかげで帰路につくことができた。 職員に抱かれながら少したどたどしい手つきで手を振る子どもや大人に倣って頭を下げる年長の子どもなど、最後は全員で見送りをしてくれたため、テロ対策としてお忍びで視察に来た意味が 薄れてしまったけれど。 それでも帰りの道中、ルルーシュは不思議なあたたかさに包まれていた。 今までもずっと、エリア19の人々に合わせたエリア整備を進めてきたつもりだった。 しかし一刻も早く本国へ戻りたいと気が急いていたのも事実で、その焦りが政策の質に悪影響を及ぼした可能性がまったくないと断言することはできない。 ・・・けれど、今回の視察で何かが変わったような気がするのだ。 身分の優劣など取るに足らないことだと感じさせてくれる、あの子どもたちの明日を守りたいと強く思った ルルーシュは隣に掛けるC.C.をチラリと見遣った。 C.C.が視察に同行するなどと云い出さなければ、おそらく児童養護施設には行かなかっただろう。 絶妙なタイミングだった。それこそ、感謝に値するくらいの。 過ぎていく外の景色をぼんやりと眺めているらしいC.C.は、ルルーシュの視線に気付いていない。感謝の意を伝えようか迷ったが、結局ルルーシュも窓の外へと視線を移した。 言葉に迷ったというのもあるし、今はスザクも同席しているのだ。言葉ひとつ掛けるのになにを躊躇う必要があるのかと自嘲が零れないこともないが、C.C.とのスタンスやスザクへの印象を考えると、やはり言葉が出てこないのである。 まあ、いずれは・・と、機会があれば云おう程度に考えて。 ルルーシュは執務室で待っているであろう案件へと思考を切り替えた。
皇子と夜伽パラレル・その11 2010/ 4/22 up 2018/ 2/28 一部改変、表公開 |