夜伽草子・10


 モルテグ塔での一件以降、C.C.の態度には明らかな変化が生じた。
 禊をさせろ、とあれだけ要求していたのが嘘であったかのように何も云わなくなったのである。
 モルテグ塔に行ったのは偶然にも朔の日で、その後2日間は空模様が思わしくなくて禊ができない状況だったから口に出さなかっただけなのだと、当初ルルーシュはそう考えていた。しかし数日 ぶりに月が姿を見せた夜も禊に付き合わせようとする気配すらなかったものだから、ずっと頭の隅で引っ掛かっていたのだ。
 ほかにもルルーシュを挑発するような言動が見られなくなったり、以前は関心すら示さなかった定例報告の場に同席するようになったりと、ルルーシュやブリタニアに対する攻撃性が薄れてきて いるようで、引っ掛かりが疑問へと変わるのにそう時間は掛からなかった。
 極めつけが、この一言だ。


       私も・・視察に同行しよう」




 市井視察       それはC.C.が投げかけた一言によって国民の反ブリタニア意識が薄れたとの報告を受けたときからルルーシュが検討を始め、実際にC.C.と少女の入れ替わり現象を目の 当たりにしたことで実行を決定したものである。
 世の中には政庁の執務室で報告書と睨めっこをするより、自らの眼で実際に見た方が手っ取り早いことが確かに存在するのだ。
 目的はエリア19の現状把握と、問題解決の糸口を探ること。
 しかしいくら順調にブリタニア化が進んでいるとはいえ、反ブリタニア的な抵抗活動が皆無とは断言できない市井を総督自ら視察してまわるのは危険極まりない行為であるから、ルルーシュは 当然のように反対する周囲を納得させるほどの優秀な護衛をつける必要に駆られて。
 そこで呼び寄せたのが、親友にして専任騎士の枢木スザクである。
 彼にはアリエスの離宮という、ルルーシュにとって最も大切な場所の警護を任せていたため、スザクが抜けた後の警護体制を整えるのに時間を費やしてしまったけれど、ルルーシュはルルー シュで、例えば新エリア統制のシステム確立や一部寸断されていたライフラインの復旧、生活基盤の整備、経済の安定化など、視察以前に取り急ぎ対策を講じなければならない課題が山積み だったものだから、スザクの到着が遅れたことに関しては何も不都合はなかった。
 むしろスザクが来たことにより日程に食い込んできた市井視察によってますます多忙を極めている現状に、身体のほうが悲鳴を上げているような状態だ。
 だから、「禊に連れて行け」と強請られることなく就寝できるのは心底ありがたかったのだけれど。
 まさかC.C.が市井に出たがるとは考えていなかったルルーシュは、その積極性を意外に思いながらも、しかしC.C.の思いを否定することだけは決してしなかった。





「ようこそおいで下さいました、ルルーシュ殿下、C.C.様」

 車を降りたふたりを迎えたのは、優しそうな目元が印象的な初老の男性だった。
 深々と頭を下げたその後ろには大勢の子どもが控えていて、年の頃は下が3、4歳から、上は10歳くらいまでだろうか、来訪者がどのような存在であるのか理解できる子どもは初老の男性に倣って頭を下げていた。
 今日訪れたのは児童養護施設だ。
         それも、ブリタニアとの戦争で孤児となった子どもばかり集められた。


「どうぞ中へお入りください」


 小さなエリアとはいえ、地方に赴くほどの余裕はまだルルーシュにはない。さらに、広く顔が知れ渡っているC.C.を伴っての視察となると迂闊に外を歩くわけにもいかないし、現段階では企業の 経営陣がブリタニア人に限定されているため企業への視察にも連れて行きにくい、そんな諸々の事情から、C.C.が同行する視察は慰問を兼ねて病院やら福祉施設への訪問が中心に組まれている。
 保育所だった建物を仮に施設として利用しているのだという、未就学児向けの内装と子ども独特の臭いとが現実の感覚を狂わせる大部屋で子どもたちによる歓迎の歌を耳におさめたルルーシュ は、だれにも気付かれないようにそっと溜息を零した。
 この子たちの親を      人は遅かれ早かれ死を迎えるけれど、我が子が成長し親となるまで見守り続けることが出来たかもしれない、その未来を完全に絶ったのはブリタニアだ。それを幼い 子どもたちは理解しているのか。
 恨まれたいわけではないが、赦されなくても当然だとルルーシュは思う。
 曇りのない真っ直ぐな瞳を向けてくれる子どもが相手だからこそ、余計に胸の痛みは増す。


「さあみんな、今からC.C.様がみんなとお話してくださるのよ」


 女性職員の言葉を合図に、ルルーシュはC.C.の手をとって立たせてやるとその場を離れた。
 恐れ多いという感覚が未発達な幼い子どもたちは嬉しそうにC.C.のまわりに集まり、自分の話を聞いてもらおうと、C.C.の気を引くことに必死である。
 ルルーシュには「触れるな」だとか「穢れる」とか散々云っておきながら、C.C.はベタベタと触れてくる手を邪険に払い除けるどころか子どもたちの頭をやさしい手つきで撫で始めて。そして何を 思ったのか、輪に加われずにいた小さな女の子を抱き上げると額を合わせて二、三ほど言葉を交わし、そのまま周りの子どもたちも全員引き連れて大部屋を出てしまった。

「・・・・、・・・スザク」

 騎士としてよりも親友としてのほうが付き合いの長い護衛官はそれだけでルルーシュの指示を悟り、小さく頷いて出入り口へ向かった。何か云いたそうな貌をしていた点に関しては後で追及す るとして、今はC.C.の護衛に当たらせるのが先である。
 ルルーシュは残った二人の護衛官を連れ、所長の案内のもとで施設内を見て回った。
 子どもたちの成長に適した環境とは云い難いかもしれない、というのが率直な感想だ。
 元は保育所だった建物であるから、職員の眼が届きやすい設計にはなっているのだろう。しかし老朽化が気になるところではあるし、そもそも寝泊りを想定した設備ではないため床に薄い毛布を 一枚敷いて雑魚寝しているのだと聞いたときには軽く眩暈さえした。
 それでも屋根の下で眠れること、少しではあっても食べる物があることが救いだと所長は話した。戦争が早期に終結して幸いだった、とも。


「C.C.様もお元気そうで安心致しました。本当に、心より感謝申し上げます」


 そう云って深々と頭を下げる所長に幾分歯切れの悪い返事をしたところで、この日の視察は終了の時刻を迎えたのである。






皇子と夜伽パラレル・その10


2010/ 4/17 up
2018/ 2/27 一部改変、表公開