夜伽草子・8


 この元王国の夕暮れは『透明』と表現するのが相応しいとルルーシュは思う。
 夕陽は煌々と輝いているのに、その鮮烈な赤で濁らない空気が透明を思わせるのだ。
 石造りの城壁は夕陽に照らされて黄金に輝き、政庁となった元王宮が位置する高台の、斜面に茂る芝生の青々とした緑とのコントラストが見事である。こうなると無機質な単色の城壁もハッと 心惹かれる趣があり、暖かみも幾分増して見えるが、どこか物悲しさが漂う夕暮れの気配は強くルルーシュの郷愁を誘った。
 車は政庁に向かって滑らかに坂道を上る。
 本日の外出先は港だった。
 ブリタニアによる侵略の傷痕が最も深い、港の再整備視察       が一番の目的ではない。もちろん往復に要する時間を無駄にしないために視察は行ってきたが、この忙しいときにわざわざ 港まで足を運んだのは、長兄オデュッセウスが港に立ち寄るとの一報を受けたからだ。
 親善外交のため中華連邦へ訪問するのだというオデュッセウスは、本国から大洋を隔てた地で奮闘する異母弟のことが心配、というだけの理由で立ち寄ったらしい。貴方の相手をしている場合 ではないのですが、と苦々しく思いつつ、しかし出向かないわけにもいかないルルーシュは、臣下たちに大量の指示を残して政庁を発ったという次第である。
 ・・・とはいえ、凡庸ながらも穏やかな性格の長兄は決して忌み嫌う対象ではない。
 浮遊航空艦から降り立つなり 「久しぶりだね、ルルーシュ」 と諸手を挙げて再会を喜んだ彼は、ルルーシュの一番の気掛かりであるナナリーとマリアンヌの様子を真っ先に教えてくれるなど、裏 のない優しさを見せてくれる人物だ。

「たまにはゆっくり休むんだよ」

 最後にそう云い残して中華連邦へと発っていった長兄と対面した時間は15分程度だったが、政庁に引き籠って政務に明け暮れていたルルーシュにとってはいい息抜きになったのか、疲労感はあるものの、往路より気分がスッキリとしていた。
 オデュッセウスが示したように、ヴィ家に好意的な皇族もいることを再認識したからかもしれない。
 他にもシュナイゼルやコーネリアなど、皇族の中でも真に実力がある者たちは嫌がらせなどという小さなこととは無縁であるし、そもそもマリアンヌは嫌がらせを堂々と倍返しするくらいの豪胆な人柄であるから、余計な心配は無用なのだろう。
 もちろん、早く本国へ戻りたいとは思っている。
 しかし人々が何の戸惑いもなく暮らせるエリアになってからでないと戻れないとも思う。
 ここには 『国の形』ではなく 『民の幸福』を第一に考えられる姫が居て。そしてひとり残された姫を愛し、その仁徳に応えようとする民が居るのだ。
 車窓から見た人々は再興に向けて皆一様に励んでいた。低級労働層であるナンバーズとなったから仕方なくブリタニア人の命令に従っているのではなく、彼らは自ら頭を使い、進んで身体を動 かしていた。港は市街地よりもナイトメア侵攻の被害が大きかったはずだが、今ではログレス級の浮遊航空艦が停泊できる程度には瓦礫が撤去されている。勤勉な国民性とおそろしいほどの情熱がなければ実現しなかったことだろう。
          だれかを想いやれる心があってこそ国や地域は纏まり、発展してく。
 皇帝の命令とはいえ彼らをブリタニアという茨の檻に有無を云わせず追い込んでしまったのは自分だが、本質を無視するような政治だけはしないとルルーシュは心に決めた。




「お疲れさま」

 車を降り立ったルルーシュを迎えたのはスザクだった。
 当初はルルーシュに同行する予定だったが、ナイトメアフレームによる対ユーロピア警戒体制の具体的な布陣案を早急に練らなければならなくなったため、政庁に残ってルルーシュの代わりに いくつかプランを立てていたのだ。
 しかし、執務室で待っていればいいというのに、なぜ回廊の外まで出迎えに来たのだろうか。
 訝しがる視線を投げると、スザクはすべて承知したように苦笑しながらルルーシュに道を譲った。そして歩き出したルルーシュの斜めうしろに続く。

「あのさ、今日はもう休んでほしいんだ、ルルーシュ」
「なにっ!?」

 そろそろご飯にしようよ、とでも云うような軽い口調で云われたものだからルルーシュが思わず振り返ると、申し訳なさそうに両手を合わせるスザクの姿があった。

「ごめん。君に頼まれた仕事、終わらなかった」
「お前っ・・それでも帝国の白き死神か!?」
「戦術・戦略担当は君だからね。黒の皇子あっての死神なんだよ」
「威張ることじゃないだろう! ・・・ったく、じゃあ別の    
「それと、終わってないのは僕だけじゃなくて他の文官みんなだから」
「・・・それなら、なおさら俺が    
「そうやって君がなんでもひとりでやっちゃうから、僕らは成長できないんだよね」

 心底あきれたように溜息を零すスザク。一方、思わぬ反撃を食らったルルーシュはギュギュッと眉根を寄せた。
 そんなルルーシュを見て苦笑したスザクは、「休んでほしいんだ」 と繰り返す。

「君じゃなくてもできる仕事は僕たちがする。時間は掛かるけど・・・君が倒れるよりずっといい」

 なにしろ、ルルーシュの体力は人並み以下なのだ。過労で倒れる可能性もあるし、免疫力が低下していると病気にだって掛かりやすく、治りにくい。そうなると執務が全方向で麻痺してしまうし、 そもそも親友が苦しむ姿は見ていて楽しいものではない。
 それに・・・・・


「あの子も心配していたよ」


 そうスザクが告げると、ルルーシュはピクリと反応した。
 自制心が強いルルーシュだが、他人から寄せられる何の打算もない真の厚意は無碍にできないところがあるのだ。
 逡巡の末にルルーシュはしぶしぶ承諾し、とりあえず私室へ戻ることにした。






皇子と夜伽パラレル・その8


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