夜伽草子・7


 ルルーシュは嫌な予感などという根拠のないものは基本的に信じない性質である。
 ・・・が、枢木卿がお着きになりました、と高らかに告げられた瞬間だけは、さすがのルルーシュも背筋に悪寒が走るような嫌な予感がした。
 なにせ、枢木スザクという男は直実が騎士服を着て全力疾走しているような男である。
 戦略と戦術の活用を好み、結果を出すことを第一とするルルーシュとはまさに正反対なものだから、専任騎士の主従関係を結ぶ云々以前に、10年前ふたりが友だちになれたことを不思議に思う 者が多いくらいなのだ。
 だから、謁見の間において市井動向の報告を受けている真っ最中だったルルーシュは、とりあえずスザクを別室で待機させようと考えた。
 真面目一直線の親友兼騎士の耳にあらぬ話が届いていたが最後、おそらく謁見の間はルルーシュの公開処刑場と化すだろう。エリアの総責任者として示しがつかなくなるような姿を晒すのは 都合が悪いし、何よりルルーシュの矜持が許さない。
 傍らに控えていた従者にサッと目配せをする。
 しかし、臨時従者はやはり即席者でしかなかった。


「ルルーシュッ!!!」


 目配せを華麗に無視した即席従者に苛立ったルルーシュが声を発するより早く、荘厳な造りであるはずの扉がけたたましい音を立てて開いたのである。
 だが、それよりも大音量だったのはルルーシュを呼ぶ声だ。
 もはや近しい血縁者と比べても遜色ないくらい馴染んだ声であるから、姿を確認しなくても心理状況が手に取るように判ってしまう。それが今現在よろしくない方向に振りきれていることを痛い ほど感じ取っているからこそ、ルルーシュは内心で舌打ちをした。

「君ってヤツは・・ッ、見損なったよ!」

 久方ぶりに再会した親友は、予想と違わず全力で怒りを顕わにしていた。
 険しい表情、射るような碧色の瞳、震える口許         そのどれにも恐怖は感じないが、残念なことに苦痛は感じる。精神的に、・・・・・ではなく身体的に。
 突然胸倉を掴まれたと思いきや、そのまま椅子から引きずり上げられたのだ。
 喉が詰まって、軽い窒息状態に陥っている。
 しかし本気で絞め殺そうとしているわけではないことも、鉄拳がひとつとして飛んでこない意味も充分に理解しているから、ルルーシュは懸命に片手を挙げ、スザクに銃を向ける衛兵たちを制した。

「ッ、手を・・はな、せッ・・スザク・・・」
「君は自分のしたことが解っているのか!? 謝罪・反省・悔い改めると誓うまでは、僕はこの手を放しはしないっ!!」

        この馬鹿がッ・・、と吐き捨てたはずのルルーシュの声は、もはや音にならなかった。
 悔やまれるのは、こういう局面に陥った場合にいつもスザクを止める忠義の騎士が同席していないことだろうか。
 いや、そもそも本国からスザクを呼び寄せたのはルルーシュで、しかし地上で最も大切な場所の警備が手薄になるなどあってはならないことだからと、ジェレミアには引き続きアリエスを任せてい るのだ。だから悔やむも何もすべての責はルルーシュ自身にあるのだが、これが誤解によって生じた異常事態であることを正しく理解しているものだから、その理不尽さに余計な苛立ちが募るのだろう。


「最低だよルルーシュッ・・夜伽だなんて、そんな・・・人の心を踏みにじるような真似    
「ごっ・・、ご主人様を放してくださいっ!」


 スザクの口から『夜伽』という単語が出た時点で「やはりな・・」と、酸欠によって機能が低下した脳の片隅でどこか冷めたように考えたルルーシュは、悲鳴のような少女の叫び声によってスザク の手が緩んだ隙に入り込んできた新鮮な空気に少し咽ながら、声がした方へ視線を向けた。
 ルルーシュの左手側に設けられた特別席から立ち上がって、少女がスザクを威嚇している。
 ・・・が、可憐な顔は青ざめているし、全身震えている上に早くも涙目だ。
 そんな状態の少女をどう思ったのか、スザクは完全にルルーシュを解放して少女に駆け寄り、その白い手を取ろうとした。


「本当にごめんね・・・謝って済むことじゃないけど、もっと早く聞いていれば僕が    
「・・ばっ、ッ・・、よせスザク!」
      やっ・・!」


 その後の光景は、否が応でも鮮烈な記憶としてルルーシュの脳に刻み込まれた。
 神がかった反射神経の持ち主であるスザクが頬を張られるところなど、そう見られるものではない。肌がぶつかり合うパシーンという大きな音も、呆気にとられたスザクの貌も印象的だった。
 しかし、穏やかな怒りに満ちた女の貌と地を這うような怒声に凍りついた場の空気ほど、忘れ難いものはないだろう。


        ブリタニアという国は、どこまでも礼儀がなっていないようだなァ・・!!!」







「本当に・・・本当にごめんなさい・・」

         夜。
 ベッドの隅にちょこんと正座した少女が震える声で謝ってきたものだから、その隣で翌日のスケジュールを確認していたルルーシュは苦笑いで少女に応えた。

 謁見の間が唐突な氷河期を迎えてから夜が更けるまでの間、意識の表層に上がっていたのはC.C.だった。
 なんでも禊には条件があるらしく、月光を浴びながらでないと入れ替わりは成立しないらしい。 そんな話は初耳だったルルーシュはC.C.に食って掛かったが相手にされず、加えて『夜伽』というのは誤解であるとスザクに認識させるのに手間取り、さらには処々で混乱が生じたために業務が予定通り進まなくなるという事態にまで発展してしまった。
 少女が謝罪しているのは恐らく一番最後の件についてだろう。
 怖がらせてしまったと、禊が済んだ少女にスザクが熱心に謝っていたのだが、話を終えた少女がいつにも増して申し訳なさそうに縮こまっていたから、スザクが余計なことまで馬鹿正直に話してしまったに違いない。

「悪いのはスザクだろう? お前が謝る必要はない」
「でも・・・あの・・ご主人様の騎士様とは知らなくて、スザク様にも失礼なことを・・」

 出会ってすぐに同じことをした自分のことは棚に上げてルルーシュが云えば、少女はさらに俯いて。
 肩からサラリと零れた癖ひとつない髪が、憂いを帯びた少女の貌に影を落とした。
 だからだろうか、対峙している少女がC.C.であると錯覚しかけたのは。

「ッ、あ・・」

 無意識に出た擦れ声に反応して顔を上げたのはもちろんC.C.ではなかったけれど、一度大きく波打った心臓はそう簡単に治まらず、ずいぶんと微妙な貌を少女に向けてしまった。
 何とか取り繕って就寝を促せば、彼女は素直に従う。
 その従順さにすらひどく違和感を覚えたルルーシュは、やがて眠りに落ちた少女の髪を一筋さらって弄ぶことで平静を取り戻そうと試みた。


 C.C.という女と同じ部屋で過ごしたのは2週間。
 呆気なく存在が消えたのは数日前。
 かと思えば、不可抗力とはいえ突然現れて、偉そうにしていたのにまたすぐ消えて。
 本当に、まったくもって存在意義を見出せない女である。

         なのに、似ても似つかない少女に面影を重ねてしまうなど・・・


「まるで俺が・・気に掛けている、みたいじゃないか・・・」






皇子と夜伽パラレル・その7


2009/12/27 up
2018/ 2/25 一部改変、表公開