夜伽草子・6


 “よとぎ”って、なんですか?         と。
 ベッドへ入ったのと同時に問われた内容に、ルルーシュの身体はギシリと音を立てて硬直した。



 禊の晩から3日ほど経過したが、ルルーシュの多忙な生活に変化はない。部屋で迎えてくれる女の態度が別人のようにガラリと変わった所為か、ときどき奇妙な違和感を覚える程度だ。
 少女は自国の敗戦と植民地化を聴くまでもなく、すべてを快諾した。
 エリア19の平定に協力することも、元王宮の敷地内から許可なく出ることができない軟禁生活も、ルルーシュと同室であることも。
 むしろそれを当然と思ってるような節があって、さらにはルルーシュのことを「ご主人様」と呼ぶ始末。これにはさすがにルルーシュも辟易して即座に改めさせようとしたのだが、意外と我を張る 少女は頑として首を縦に振らなかった。

        曰く、私は仕える者ですから、と。


「私はこの国の人たちが幸せで在るよう尽くすために存在していますから。だから、みんなのことを考えてくれる方だったら、異国の皇子様でも心からお仕えします」


 それは幼い印象を与える少女が実際はそうでないことを示した、初めての瞬間だった。
 が、しかしルルーシュから見て感覚がズレているというか、世間に疎い箱入りのお姫様であることに変わりはなくて、突拍子もない行動や発言をしてはルルーシュを困惑させている。
 夜伽とは何か、という質問ほど答えにくいものはなかったけれど。



 ぎこちない動作で首を90度回転させると、少女の顔が眼に飛び込んできた。
 美しくも幼い顔一面に浮かんでいるのは純粋な疑問だ。どこぞの不遜な女の面影など皆無で、ぱっちりとした大きな眼を好奇心でいっぱいに満たしている。擬音で表現するなら、わくわく、と か、どきどき、あたりが妥当だろうか。
 こうして共寝している状況下ではことさら返答に窮して、ルルーシュはこっそりと溜息を吐いた。

「・・・なぜ、そんなことを?」
「あの、きちんと“よとぎ”の務めを果たしているかと訊かれて・・・でも私、意味が分からなくて・・」

 途端に困り顔になった少女に、やはりな、とルルーシュは得心する。
 日課として市井動向の報告を受ける場に同席するよう少女に命じたのは他でもないルルーシュだ。これは政庁から出ることができない少女にエリア19の様子を包み隠さず伝え、さらには現状に 関して意見を聴きたいがために設けた日課なのだが、必然的にルルーシュ以外の人間と接触する機会が増え、少女に対してナンバーズへの差別意識が強い言葉が向けられる事態も多発している。
 おそらく、今回も似たようなものだろう。
 愛国心が強いのは結構なことだが、差別に繋がるようなことがあってはならない      そう考えるルルーシュは、少女に余計な単語を吹き込んだと思しき不届き者を脳内で洗い出しながら、 夜伽を何と云って説明しようかと心底悩みまくった。
 なにせ、相手は箱入りのお姫様である。
 「だれかと一緒に寝るなんて初めてです」と、どこか楽しそうにベッドに入ったかと思いきや早々に愛くるしい寝顔を披露してくれた少女が例の行為を知っているとは到底思えないし、そのあたり を含めて説明するなんて、それこそ絶対に御免だ。
 そういう点に関してだけはC.C.の方がマトモだったかもしれないとルルーシュは思う。

「少し・・難しいな・・・・・何て云えばいいか・・・」

 “男の慰み者になる女のことだ”      控えめに表現してそんなところだが、今度は『慰み者』の説明を求められかねない。
 間違ってはいないが不充分な、曖昧なことしか答えられないのは仕方がないことだろう。

「今のきみのように・・・その、・・一緒に寝てくれる人、かな・・?」
「ッ、・・そうなんですかっ!」

 しかし少女は瞳を輝かせ、興奮したように跳ね起きて距離を詰めてきた。
 顔が近い。
 空気が動いて、甘い匂いがふわりと鼻腔を掠める。
 突然のことに驚いたルルーシュの、「いや、・・・まあ、たぶん・・」という歯切れの悪い返事にさえ頬を上気させ、少女は電池が切れた人形のようにパタリと枕に頭を落とした。
 やはり、顔が近い。
 ルルーシュはさり気なく後退しようとして、ふにゃりと緩んだ少女の笑顔に眼を奪われた。

「それって、仲良しってことですよね・・?」
「・・・・は?」
「す、すみませんっ!もちろん私はご主人様にお仕えする身ですけど、・・・でも・・」

       まるで、お友だちみたいだと思って・・・
 伏し目がちの、嬉しさを噛み締めるような微笑みの中でそう云われては、さすがのルルーシュも否定の言葉を掛けられない。
 しかし明らかに間違っている。間違っているものは間違っている。それを放置できるルルーシュではないから、いかに少女を傷付けないで軌道修正を図るか、必死に考えた。

 ・・・・・のであるが。



「何なんだ、いったい・・」

 気付けば、少女は穏やかな寝息をたてていた。
 今日も今日とて散々振り回されたルルーシュは盛大に溜息を吐いて、それでも少女が風邪を引かないよう、ブランケットを掛け直す。


 「誰かに直接触れると、あの方の意識と交替してしまうんです。特別な方だから、・・・えっと、だから禊で・・穢れを祓って清浄を取り戻すまでは、あの方がそのまま・・・・・」


 禊の晩、少女はそう語った。
 ルルーシュの予想通り、肌同士の直接的な接触が人格入れ替わりの原因であるようだ。『穢れ』という表現には眉根を寄せたけれど、少女の意思で入れ替わり現象をどうこうできるわけではな いので、そういう表現も仕方がないと云えば仕方がない。
 しかし少女の防衛意識が高いかと云えばそうでもなく、C.C.もそうだったが、少女も基本的に薄着である。
 曰く、袖のある服などは窮屈に感じて苦手、とのことだが、せめて就寝時くらいはノースリーブの簡素なワンピース姿を改めてほしいとルルーシュは切実に思う。同じベッドを使っていれば、眠っている最中に意図しない接触事故があっても不思議はないのだから。
 万が一そうなった場合、目が覚めて隣にいるのはC.C.で、少女の杜撰な防衛対策を棚に上げ、澄ました貌で厭味か揶揄のひとつやふたつ、盛大にかましてくれるのだろう。
 受ける側のルルーシュは堪ったものではない。
 だから可能な限り露出は控えさせようと考えているのだが、いまだ注意喚起さえできすにいるのは、従順なわりに自分のペースを乱さない少女にルルーシュの方が乱されているからに他ならなくて。


 一日の最後に、不可触の少女の隣で吐いた溜息は、今夜も跡形なく静寂の中に消えていった。






皇子と夜伽パラレル・その6


2009/10/19 up
2018/ 2/22 一部改変、表公開