夜伽草子・4 総督就任後2週間で経済指標をすべて好転させたルルーシュの手腕は、やはり卓越していた。 なにしろ国家が転覆したのだ。国民がこれまでの生活をのんきに続けていられるはずもなくて、産業はどの次元においても停止。当然のように外国人投資家たちは債券や株式を手放すから市 場は暴落する一方で、都市部では暴動まがいの騒動まで発生し、経済どころの話ではなくなっていたのである。 国家レベルの信用を回復させるのは容易なことではない。 そこで既存の公債についてはブリタニアで補償することを本国合意の上で公表した。世界の3分の1を占める超大国ブリタニアは経済基盤も強固であったから、その信用力ゆえに必要以上の公 債償還に迫られる危機は早々に脱することができたといえよう。 また、通常であれば『矯正』から始まるはずのエリアの格付けを一段階上の『途上』からスタートさせたことも大きかった。 エリア19となった元王国は本当に小さな国だ。しかもその一国だけで国民の生活すべてを賄っていた、豊かかつスリムな国だったから、ブリタニア本国からの入植者をむやみに増やすことも、 労働力確保と市場開拓を目的とする事業家の企業進出も風土に合わず、エリアの成長を妨げる原因になりかねない。そこである程度エリア側から入植に干渉できる途上エリアの権利を利用し、 エリア19を本国の食い物にされないよう、バランスを考慮しながら入植許可を出していったのである。 他にも既存の法律をブリタニア法典に沿うように、しかし人々が受け入れやすいように修正したものを独自に施行したり、名誉ブリタニア人への早期登録を促す対策を練ったりと、ルルーシュは忙しない日々を送っていた。 そこで思わぬ助けとなったのが、C.C.だ。 『皆が生きる道を選んでくれることを願う。・・・・・力が及ばず、すまない・・』 テレビカメラの前で語った、たったこれだけの言葉。 映像は一瞬であったし、流れたのはルルーシュが総督に就任して3日後の正午一度きりであったにも関わらず、その日から暴動まがいの騒動がピタリと止んだどころか、名誉ブリタニア人への 登録手続きに人々が押し寄せたのである。 そもそも、事の始まりはルルーシュが放った何気ない一言だった。 相次ぐブリタニア兵との衝突によって一般人に少なからず負傷者が出ている事態が心底面白くなかったルルーシュが、C.C.を試す意味も込めてその言葉を云ったのであるが、そんなルルー シュを嘲笑うかのように悠然と承諾した彼女が、すぐさまカメラの前に立った、という次第だ。 C.C.の影響力がこれほどだと予想だにしていなかったルルーシュはようやくC.C.の真価を認めるに至ったものの、今度は彼方本国にいるシュナイゼルがそれを正しく先見していたことがひどく気に食わない。 仕事には何の影響も見せないまま、しかし不機嫌を隠そうともしない貌で復興対策に取り組む日々が続いていた。 それに比べて、C.C.の生活はなんとも優雅なものだ。 鎖に繋がれた状態でルルーシュの寝室に閉じ込められているとはいえ、一切の労働を免れているのだから、エリア19の現状を鑑みれば充分すぎるほど優雅だと云えるだろう。 夜の務めを果たしたことも、果たそうという気も皆無。初めの1週間はルルーシュをソファーに追いやって、ひとりベッドで悠々と寝ていたほどだ。食事だって、運ばれてきたものにブツブツと文句 をつけながら食べるだけ。ストレスが溜まっているのか溜まっていないのかすら判然としない態度は、いまだ崩れる気配もなかった。 しかし・・・・・ この日ルルーシュが部屋に戻ったのは、夜の9時を少しまわったころだった。 音もなく扉を開けると、迎えてくれたのは薄闇だ。 照明ひとつ点いていない部屋の光源が月灯りのみだからこその薄闇だが、部屋の内部を察することができる程度には明るい。その所為か、部屋の隅でじっと佇む女の横顔まで、朧げながらも見 えてしまった。遠くを見つめている瞳がひどく哀しそうで、ルルーシュは部屋に踏み入るのを躊躇う。 実は、こんなC.C.を見るのはこれが初めてではない。 かれこれ6回は目撃してしまっただろうか。彼女は決まって西側の壁と対面し、祈るようにしっかりと組んだ手を腹のあたりに添えて、ただじっと佇んでいるのだ。ルルーシュが部屋に戻る時刻は 不規則な上に、滞在時間も短いから定かではないが、もしかしたら一日の大半をそうして過ごしているのかもしれない。 「・・・・・・・、・・・C.C.」 いつものふてぶてしい態度とはまったく異なる儚い雰囲気に、ざわりと心が騒いで。 居た堪れなくなったルルーシュは、静寂を壊すように扉の内側に入り込んだ。 同時に、シャランと音が響く。 振り返ったC.C.が鎖で繋がれた右手を差し出した音であるが、いつだってルルーシュが部屋に戻るなり「お前、部下に信用されてないのだな」だの、「仮にも囲っている女の自由くらい手に入れ てこい」だの、拘束具を外す鍵をいまだ従者に握られたままの男を嘲る言葉を吐いていたのが嘘であったかのような行動に、ルルーシュは溜息を吐きたくなった。 どうして鍵を手に入れたことがバレたのだろうか。 懐を意識していなかったと云えば嘘になるが、それで鍵だと分かるのは不自然だ。 得体が知れない女だな・・などと心の中で吐き捨てて、ルルーシュはC.C.の許へ寄った。薄闇に浮かぶ白い肌に触れないよう拘束具に手を添えて、鍵穴に鍵を通す。 カチリ、と軽い音を立てて、それはあっさりと外れた。 「逃亡だけはするなよ」 「ふっ・・・舐められたものだな、私も」 解放されて早々、礼も云わずに扉へ向かったC.C.に一応釘をさすと、女は冷めた笑みを湛えて振り返る。 満月の光を受けた琥珀色の瞳は、神秘的な光彩を放っていた。 「禊に行くだけだ。お前も来ればいい」
皇子と夜伽パラレル・その4 2009/ 9/12 up 2018/ 2/20 一部改変、表公開 |