夜伽草子・3


 その国は、遥か昔より神の愛娘に護られてきた。

 娘には摩訶不思議なちからがあった。
 娘が笑えば、皆も笑い。
 娘が泣けば、皆も泣き。
 生きとし生けるものを愛した娘を、皆も心より愛した。
 そして、娘は皆に知恵を授け、やさしさを説き、小さな王国に富をもたらしたのである。

 あるとき、もっと豊かな暮らしを望んだ国王は、娘を王宮に呼び出した。
 侵略戦争の旗標として娘を祭り上げようという算段だった。
 それほどまでに、娘は皆から慕われていたのである。
 しかし、娘は拒絶した。
 真のしあわせが、小さな国の中にすべてあることを知っていたのだ。
 娘の話に心を打たれた国王は、二度と侵略戦争を企てようとはしなかった。
 それからその国は、もっと栄えることになる。

 しかしあるとき、戦争は起こってしまった。
 それは隣国からの一方的な宣戦布告から始まった戦争だった。
 略奪者たちは三日三晩のうちに王都へ辿りついた。
 目的は、神の愛娘。
 摩訶不思議なちからを欲した彼等は、娘を自国に連れ帰ろうとしたのである。
 かくして娘は捕らえられ、鎖で繋がれた。
 そして、略奪者たちに連れられて野をひとつ越えたとき。
 立ち上がった国中の皆によって娘は助け出された。
 それから娘は、二度と侵略者から襲われないよう、摩訶不思議なちからで国を護りつづけた。

 神の愛娘は何度も死んだ。
 そして、何度も生き返った。
 皆のためにちからを使いつづけた娘は、いつしか王宮で護られるようになった。


 その娘の名は          ・・・・・





「C.C.      それがお前なんだな?」


 手にしていた本をパタンと勢いよく閉じて、ルルーシュは女を見据えた。
 C.C.と呼ばれた女は、いっそ清々しいほど堂々とソファーに掛け、脚を組んでいる。右手首の手錠に続く鎖に着衣を阻まれるため、なめらかな白い肌にシーツを一枚纏っただけの姿でありなが ら、ルルーシュへ返す眼差しに羞恥の色はない。
 立ったままのルルーシュを自然見上げる、上目遣いの瞳は絶対零度。有無を云わせず相手を縛るその眼力は、間違いなく支配者のものである。

「だから何だ? そんなこと、この国の者なら子どもでも知っている」

 そんな、蔑むような嘲笑いもよく似合った。
        しかし、ルルーシュもまた支配する側の人間だ。ブリタニアの本国副宰相の肩書きは伊達ではなく、女が放つ重々しい空気を物ともせずに正面から受け止める。

「だろうな。      では、オカルトまがいの慣例については?」
「・・・・・」

 女の眉が、微かに寄る。
 それは観察し続けていなければ知覚できないような変化だったが、確かに見止めたルルーシュはボロボロの羊皮紙を静かに掲げた。


「神の愛娘の魂を降ろす儀式についてはどうなんだ?」




        昨夜。
 指一本触れるつもりはなかったとはいえ、夜伽として宛がわれた相手にいきなり頬を張られたルルーシュは、かなり本気でショックを受けた。おとなしい少女、という印象が先行していた所為だろう。
 だが、本物の衝撃はそれからが本番だった。
 何がどういうわけだかルルーシュにもさっぱり理解できないが、少女の人格がガラリと変わっていたのである。云回しや声色もさることながら、本人そのものの態度や顔つき、纏う空気までもが 一変すれば、さすがのルルーシュも呆気にとられるしかなかった。
 演技というより別人格の発現と解釈した方が腑に落ちる激変っぷりに動揺したルルーシュが厳しく誰何すれば、女は無表情で「C.C.だ」とだけ答えた。それ以降はルルーシュが何を詰問しようと無言で冷めた視線を送るだけ。あまつさえ、「人に訊くばかりでは能がないぞ」と心底呆れたように嘆息をもらしたものだがら、完全に頭に血が上ったルルーシュは人ひとり殺しかねない物騒な 雰囲気を隠そうともしないまま部屋を後にしたのである。
 それから一晩中、ルルーシュは書庫で過ごした。
 疲労も眠気も意識の彼方に追いやって、書庫中の文献を読み漁った。さすがは長い歴史をもつ王宮の書庫と讃えるべきか、蔵書の数が桁違いで、さすがにすべてを一晩で読破することはでき なかったのだが、国史書の中に“ C.C. ”という単語を見つけてからはそのあたりを中心に攻略していったため、この国におけるC.C.の立場は概ね理解したとルルーシュは自負している。
 そして、こちらはまったくの偶然だが、筆耕室の奥に隠し部屋を見つけたことは思わぬ収穫だった。
 そこには王家にまつわる秘密文書とともに、国史書だけでは現実味の薄かったC.C.という存在を生々しく肉付けする資料が保管されていたのである。
       国史書に散見するC.C.は、物理的には同一人物ではないこと。
       つまりは、死んだC.C.の魂を寄せ、生身の娘の身体に宿らせること。
       その方法。
       贄となるのは王族の、主に直系女子であること。
 決して多くはない資料が語るそれらを前にしても半信半疑だったルルーシュは、しかし少女の左胸に刻まれた傷痕や、従者が彼女を国王の一人娘と称していたことを重ね合わせ、ようやく“ C.C. ”の存在を認めるに至った。
 そうこうしているうちに夜も明け、ルルーシュは自室へと凱旋を果たした、という次第である。




 窓から差し込む朝日を背に、ルルーシュは悠然たる態度でC.C.を見下ろしていた。
 逆光でルルーシュの貌がよく見えないだろうに、C.C.も悠然とした態度を崩さない。・・・尤も、ルルーシュが部屋に戻ったときもベッドでぐっすりと眠り呆けていたくらいなのだから、眼前の男がど んな様子であっても彼女にとっては大した問題ではなかった。
 いかにもつまらなそうに溜息を吐いて、C.C.は口を開く。

「王家に仕える者ならば、その程度のことは知っている。儀式の詳細は知らなくとも、国民だってこの身体が王女のものだと知っているだろうさ」
「正気の沙汰じゃないな」
「だが、それが我が国の常識だ」

 初めから揺らぎもしない、琥珀色の瞳。これが本当に、帝国にひれ伏した敗国の姫が主たる皇子に向ける瞳なのかと疑いたくなるほど挑戦的な光を帯びたその瞳が、不意に幅を狭める。
 可憐な口元は歪んだ笑みで彩られた。

「お前は“ C.C.わたし ”がどれほど民の心に浸透しているか理解していないようだな」
「・・・・・どういう意味だ」
「国の内情も知らないような坊やが総督とは、随分と舐められたものだよ」


 金糸雀のさえずりを思わせる美声は、しかし甘美な猛毒だ。


「懐柔は攻落ほど易くはない。その点に関しては帝国宰相の足元にも及ばないな、黒の皇子」
        ッ・・!」


 その毒を直に受けたルルーシュは激昂した。
 だが、C.C.が云うことは事実であるがゆえに、ルルーシュは感情のやり場を失う。
 どういう経路で得た情報かは断定できないが、帝国宰相       ルルーシュが何事においても唯一勝てない相手であるシュナイゼルは、侵略戦争が始まる以前もしくは最中にC.C.の存在を 正しく把握していたのだろう。反逆の旗標となりうる危険性よりも、新エリアを滞りなく治める潤滑剤として利用できる価値の方が上。そう判断したからこそ、生かす道を残したのだ。
 シュナイゼルは純粋にルルーシュのためを思って駒を用意したのだろうが、ルルーシュからすれば余計な世話だった。相変わらずの子ども扱いに、心底腹が立つ。


 ルルーシュが握り潰した羊皮紙の塊を、C.C.は無言で眺めていた。






皇子と夜伽パラレル・その3
C.C.の正体(?)編


2009/ 7/26 up
2018/ 2/20 一部改変、表公開