夜伽草子


 大帝国ブリタニアと戦争をしたその国は、ユーロピアと隣接した小さな王国だった。
 本当に小さな小さな国だ。その国が領土の一部に加わったところでブリタニアという巨大な国が世界に占める面積と人口の割合など劇的に変わるものではない。また、大洋ひとつ隔てた大陸に 本国をもつブリタニアにとって、今回の戦争は『遠征』であり、国費を目減りさせてでも手に入れる価値のある国であるのか、と明らかに乗り気ではない貴族もいたほどである。
 しかし、その国は小さいながらも豊かな国であった。
 貿易の要とも言える港は世界有数のものであったし、金融街も発展している。加えて工業農業がともに盛んであったため、国民の生活に必要なものは自国で賄えたのだ。むしろ共和国連合に 加盟すると国力が衰えるような国であったから、ユーロピアと隣接していながらも独自の道を歩んできたのである。
 だからこそブリタニアに目をつけられたと言っても過言ではない。
 時代とともに領土の拡大を続けるブリタニアにとって、各国の相互援助を謳うユーロピアは歓迎できる存在ではなかった。そんな邪魔者の喉元に在る、連合未加盟の国。支配下に置いてしまえ ばいざというときに役に立つうえに潤沢な国力を我が物にできるという、まさに絵に描いたような一石二鳥を現実のものとするべく、ブリタニアは行動を開始したのである。
 結果はブリタニアの思惑通りとなった。
 いくら国が豊かであっても、それが須らく軍事力に反映されるわけではない。そもそも、圧倒的な差として戦闘員の数が桁違いであり、そして何より、その兵力を駆使する指揮官の能力差が歴然としていたのだ。
 この戦争の総司令にブリタニアが任じたのは、策士と名高いひとりの皇子だった。
 “閃光のマリアンヌ”の異名をもつ伝説の騎士であった皇妃の息子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。齢18にして“黒の皇子”の名で諸外国から一目置かれている彼は、ブリタニア皇族の中でも 一、二を争う戦略家だ。その彼を相手にかの小国が立ちまわれるはずもなく、ブリタニアからの一方的な宣戦布告から始まった戦争はたったの半月で終結を迎えたのである。




「それで、人口の減少率は?」

 後ろにぴたりと添う従者を一瞥すらせず、少年は云い放った。
 歩を進めるたびに小気味よい靴音が響くその場所は石造りの回廊だ。漆黒の外套を翻しながら颯爽と往く少年の手には先刻渡されたばかりの資料の束が握られている。移動中にざっと目を通 しただけであるのに不備を指摘できるのは「さすが」といったところだろうか。
 しかし、父親とそう歳の変わらない従者から要領を得た回答を得られず、少年は眉根に皺を刻む。
 それが少年        ルルーシュが入城を果たした瞬間だった。


 ブリタニアは統治体制としてエリア制を用いている。手に入れた領土ごとに番号を割り当て、自国から総督を派遣して統治するのだ。ルルーシュが落としたこの国も例外ではなかった。
 その総督に封じられるのは概してブリタニア皇族である場合が多いものの、ルルーシュは今回も本国に召還されるものだとばかり考えていた。皇族というのは数が多い割に有能な人間はごく一部と限られている。しかしその裏で渦巻く陰謀は陰湿で、そちらの対処にも秀でている人物となるとさらに数が絞られてしまうのだ。
 幸か不幸か、ルルーシュは類稀なる人物側に身を置いていた。
 母親である皇妃マリアンヌが庶民の出身であるため、皇族内におけるヴィ家の地位は高くないが、ルルーシュ自身は本国の副宰相を務めている。その役職の重要性とエリア総督に求められる 能力の平凡さを鑑みれば、戦後すぐの本国召還は当然のことだった。現にルルーシュは過去2回ほど侵略戦争の総司令を務めているが、どちらも勝利を収めるとすぐに本国へ呼び戻されている。だから今回も同じだろうと高を括っていた。
 豪快な性格ではあるが、公的地位の低い母親。
 お転婆だが、争いごとには向かない、心優しい実妹。
 護るべき者が暮らすブリタニア本国こそがルルーシュにとっての在るべき場所だったのだ。

 しかし、勅命は唐突に下された。
 曰く、新エリアの総督に任ずる、と。

 それを聴いた瞬間、ルルーシュは耳を疑った。しかし通信パネル越しではあるが、相手は父親にして現ブリタニア皇帝だ。ブリタニア皇族の中で最も有能な男と云われている彼が下した勅命にル ルーシュが逆らえるはずもなく、ルルーシュの総督就任は決定したのである。
 本国副宰相の任は解かれていない。また、総督就任期間は半年と決められた。それはつまり『半年で新エリアを平定して、凡人総督を遣わしても問題がないようにしておけ』ということだ。新 エリアが将来的に政治的にも経済的にもどれだけ重要な役割を担うことになるのか、ルルーシュも重々承知している。しかし理解と感情に食い違いが生じた彼は、葛藤の末に専任騎士スザクと 信頼できる部下ジェレミアの両名を本国に送り返した。あくまで一時的なそれは、母親と実妹が暮らすアリエスの離宮の警護体制を見直し、強化するためである。
 結果的に直属の部下を使えなくなったルルーシュは空白を埋めるための補佐を探したのだが、本国から派兵されているのは本来戦場を駆る者ばかり。そして妥協に妥協を重ねた結果が、今、 ルルーシュの後をただ付いて回っている従者だった。補佐に求められるのは上の考えをいち早く理解し、行動することである。スザクもジェレミアも頭脳明晰というわけではないが、ルルーシュと の連携は抜群だった。だからこそ暫定従者に募る苛立ちもある。
 取り急ぎ政庁として活用することになった王宮への入城も非常に慎ましく済ませたルルーシュは、半年という押し迫った期限を有効活用するべく、資料を片手に王宮の中を見分していった。
 玉座が据えられた大広間はそのまま謁見の間になるだろう。執務室はブリタニアにそぐわない装飾品を取り払ってしまえば比較的快適な場所になるかもしれない。会議室、書庫、部下の仕事 部屋、はたまた倉庫や備蓄庫まで足を運んだルルーシュは、王宮外縁部の隅にある塔の入口で歩みを止めた。重々しい石の扉が行く手を阻むその塔の入口付近が所々どす黒く染まっている。
 明らかに血の跡だった。
 城を占拠した際、この国の王族を塔に集め皆殺しにした。いまだ王族が絶対的権威を誇る国において、王族の生き残りというのは反逆の象徴になりかねない。だからこその皆殺しであり、国民 の生命を背負う者たちの、ある意味当然の最期だった。決断を下したのはルルーシュではなくブリタニア皇帝だが、その采配にはルルーシュもルルーシュなりに納得している。
 殺害は部下たちの任務であったため、彼自身は実際の執行場面を目にしていない。
 しかし、戦後処理とはいえ生命を奪ったこと、そして彼らに対して恨みの感情すらなかったことも事実であり、ルルーシュは訝しがる従者の存在など綺麗に無視して、塔に向かって静かに黙祷を捧げた。




「それでは、こちらの部屋でお休みくださいませ」

 片っ端から城を見て回り、その構造の大部分を把握したルルーシュが最後に通された部屋は彼の寝室となる部屋だった。
 歴史的にも建築学的にも価値があるであろう石造りの古い城は、床どころか壁までもが切り出された石そのままの姿を人前に晒している。重々しい造りではあるがやはり近代化の影響を受けた ブリタニアのペンドラゴン皇宮やアリエスの離宮、その他の建築物に馴染んでいるルルーシュは正直なところ、半年間の仮住まいとなるこの元王宮がもつ、どこか牢獄を感じさせるような独特の雰囲気に圧迫感を強いられていた。
 しかし、ルルーシュが寝室として案内された部屋は居心地がいい。
 ターコイズグリーンを基調とした絨毯は冷たい床の大部分を覆っており、硬い靴越しにやわらかな感触を伝えてくる。部屋の大きさに見合ったベッドには濃紺の天蓋が、窓のない壁には落ち着 いた柄のタペストリーが掛けられており、セピア色の机も革張りのソファーセットも部屋に無理なく溶け込んでいて、アリエス宮にあるルルーシュの自室と雰囲気が似通っている部分もあった。
 ひとりになったこともあり幾分肩の力を抜いたルルーシュは窓辺に寄った。陽が沈む時間帯だ、東の空には夜の帷が色濃く降りてきている。窓から一望できる庭園は例の塔がある芝生だけの外 縁部とは違い、眼で楽しめるように整えられている庭園である。城内を確認して歩いていたときにちらりと観ただけであったが、鮮やかな華々と豊かな緑で溢れていた。
 そう・・・この建物は新しく建造したものでもなければ、無人だったわけでもない。ほんの数週間前まで、顔も知らない誰かが穏やかな生活を送っていた場所。それをブリタニアが壊しただけなのだ。
 後悔よりも昏く深い感情に眩暈を覚えながら、ルルーシュは踵を返した。
 気持ちが悪い。
 ここ数日はずっと神経を張り詰めていた。いかに自軍の被害を最小に抑えつつ、敵将だけを討つか。それを念頭に置いた作戦の指揮を執るのは非常に難しく、戦場という慣れない空間でゆっく りと休むこともできなかったルルーシュは精神的にも身体的にも底が見え始めていたのだ。
 「まだ青いねぇ、ルルーシュ」とは、兄であり本国宰相であるシュナイゼルの言である。
 1年以上も前の遣り取りを鮮明に思い出してしまったルルーシュは、貴方みたいになったら人としてお終いですよ、と胸中で悪態を吐きながらどさりとベッドに腰を下ろした。
 彼の体重を受け止める、上質なスプリング。それに妙に安堵して、そのまま後ろに身体を倒す。
 シャワーは浴びた。城自体は古いが、バスやトイレ、照明の類は現代の生活習慣に合わせて使えるよう元から整備されていたらしい。
 夕食はとっていない。胃が固形物を受け付けないのだから仕方がないだろう。
 せめて外套だけでも脱がなければと理性は叫んでいるのに、意識は半分混濁していた。

 しかし・・・・・


「いっ・・!」
『ひゃうぅ!』


 ゴッ・・という鈍い音とともに、ルルーシュの後頭部に明らかな痛みが走った。
 ごく普通のベッドでは受けるはずもない仕打ちに驚いたルルーシュは反射的に身体を起こした。疲れが最高潮に達しているだとか、意識が朦朧としていただとか、そんなことはすべて吹き飛ぶ。
 一瞬、ネコにでもヘッドドロップをかましてしまったのかと本気で青くなった。
 が、さすがにネコが相手ではここまで痛くならないだろう。もしそうだった場合、むしろネコの方が 被害は甚大だ。ナナリー風に言うならば、「ネコさんが可哀想です!」だろうか。働きの鈍くなってきた頭で、それこそどうでもいいことがぐるぐると回り始める。
 それでもルルーシュは勢いよく振り返った。すると先程はまったくと云っていいほど視界に入らなかった膨らみがベッドの上にあって、薄手の上掛けの中で何かが蠢いていた。
 大きさからして、絶対にネコではない。
 この大きさでネコ科の動物となると、ライオンやヒョウなど、いわゆる『猛獣』と呼ばれている大型ネコでなければいけない。そんな見当違いなことを真面目に考えるルルーシュの眼の前で、上掛 けの中から白い手が生えてきた。
 ルルーシュが無意識のうちに選択肢から外していた、ヒトの手だ。
 次いで姿を見せたのは、新緑を思わせる色の艶やかな髪と、少し幼さを残した丸い頬と、潤みを帯びた琥珀色の瞳と。

 そして・・・・・


「ぃ・・痛」
「ほわあぁああああっっ!?」


 身に付けるべき衣をひとつも纏っていない、雪を連想させる真っ白な柔肌だった。






皇子と夜伽パラレル
続かないでもない、かもしれない


2008/10/13 up
2015/ 5/11 一部改変
2018/ 2 17 一部改変、表公開