とある皇子と魔女の物語 W




 出会いは必然だった。
 ふたりを引き合わせたのは男の母親だ。彼が8つのときだった。
 お母さんの友達よ、と紹介された彼女も幼かった。
 当時は美しさよりも愛らしさが際立っていた。春の陽のような淡い金色の髪に、宝石よりもキラキラ光る碧の瞳。世界で一番可愛いのは妹か異母妹だと信じていた少年は、 少女との出会いに衝撃を受けた。


 たった一度の邂逅だった。
 アリエスの離宮の庭園で話した、他愛ないこと。
 妹は異母妹の離宮へ遊びに行っていたため不在で、母親の姿もいつのまにか消えていた。
 ふたりきりの時間だった。
 名前を何度訊いても教えてくれなかった少女は、しかし帰り際、摘んだ花を両手いっぱいに抱え、恥ずかしそうに名前だけ云い残していった。そのとき感じた胸のざわめきと 向かい合い、少女への淡い想いを育てながら少年は大人になるはずだった。






 数日後、彼の両親が殺されさえしなければ。






 死して天ツ神になったという金色の獅子は神託という形で己が意思を伝え、実質的に帝国を牛耳じっている。
 そのとき天ツ神は、ふたりの死を当然の報いだと告げた。魔女C.C.との繋がりがあったというのが罪状だ。もちろん国民には悲運な事故として伝えられたが、 惨劇の跡を見た者は誰が事故などと信じるだろう。
 少年も取り調べを受けた。
 曰く、「金色の瞳を持った、蛇のような女と接触しなかったか」どうか。
 覚えがなかった少年は否定し、審議の結果、処罰は免れた。しかし両親を失い、後ろ盾をまったく失ってしまった少年が妹とふたりきりで生きていくには、 魔の巣窟に等しい皇族の世界はあまりにも厳しかった。


 少年はいつしか少女のことを忘れ、妹のためだけに生きるようになっていた。














 再会は偶然だった。
 母親の墓参りに行った男が見つけたのは、供えられた一輪のユリ。
 皇族以外立ち入ることができない区域にあるこの場所を訪れるのは故人の息子か娘か、もしくは彼らの異母姉妹くらいだ。 しかし妹は離宮に残してきたし、異母姉妹は海外だった。男が訝しく思ったのは云うまでもない。
 そのとき、視界の端を影が掠めた。
 反射的に追って林に入り、男が女を捕らえることができたのは奇跡だった。 女が頭から被っていたストールが滑り落ち、長い髪が小枝に絡まなければ男は追い付けなかっただろう。
 若草色の髪。
 色彩は異なるが、男は彼女が記憶の中の少女だと確信していた。追い掛ける前から確信していたし、確信していたからこそ追い付けたのかもしれない。
 捕らえてからも女は顔を背け続けた。腕とストールで顔を隠し続け、身を捩って逃げようとする。
 男はたまらずに名前を呼んだ。はにかむ少女が残した、思い出のカケラを。
 急に抵抗を止めた女は泣いていた。薄紅色の頬に伝う涙の跡。震える身体。そのくせ嗚咽は完璧に殺して、ただ涙を流していた女。
 幾重もの水膜の向こうに見えた瞳は、黄金色だった。
 男の心臓が凍りつく。この女が、あの少女が魔女C.C.だったのかと。
 父母の死を招いた元凶。だが女は故人に花を供え、さらには男との再会に涙しているのだ。自分が彼の父母の生命を奪ったも同然だと責任を感じて。
 怨むことも責めることもできなかった。
 女の涙が止まるまで、男は捕らえた細い腕をただ掴んでいるしかなかった。










 灯台下暗し。魔女たる女はブリタニア皇族の墓地の外れにある林の奥にひっそりと暮らしていた。
 再会の日から、男は週に一度の頻度で女の住処を訪ねた。
 何でも気兼ねなく話せる相手。その程度の関係だった。










 転機が訪れたのは再会から1年が経った頃だった。
 男が守り続けてきた妹が突然、天ツ神からの神託を受ける器として利用されたのだ。
 今度こそ怒りを抑えられなかった男は祖国への復讐を誓った。破壊が目的とはいえ、一時的でも皇帝になることを我慢できそうになかった男が選んだのは反逆の道。 男は力を欲した。ブリタニアの敵である女にも協力を求めた。
 対する彼女の返答は、問いかけだった。




「仮にもお前が生まれ育った国だぞ? 皇族の中には親しくしている者もいるだろう? 敵にまわしてお前は正気でいられるのか?」




 それは批難というより、心配の表れだった。
 だからこそ男の迷いは晴れる。




「求めるのは結果だけだ。復讐が叶うなら、俺は魔王にだってなってやる」




 男は黄金色の瞳を見据えて断言した。
 どこか切なそうな貌でそれを受け止めた女は、次の瞬間に眼を鋭くする。
 女は魔女だ。ブリタニア建国以前に栄え、伝承に残るほどの魔力を有した、かつての王族の末裔。彼らの叡智はすべて女の手の中にある。
 女は“力”を与えると男に云った。
 課した制約は3つ。儀式の最中は何が起こっても言葉を発さないこと。手を出さないこと。受け入れること。儀式の内容は知らされなかったが、男はこれに応じた。




 これが、皇子が魔女と交わした契約の第一夜となったのである。












『とある皇子と魔女の物語 W』




2011/10/23 up