とある皇子と魔女の物語 U 手入れが行き届いているとは云い難い、そこは墓場だった。 陽が落ちた所為か、いっそう寂れて見える小さな墓。仮にも皇族に名を連ねた者でありながらこのような扱いを受けているのは、ここで眠る女の血が深く関係している。 ブリタニア史上初の、平民出身の皇妃。 夫と離れた場所で眠る彼女の脇を通り過ぎ、息子である黒髪の男は林への入り口に立った。 コツコツ、と踵を2回鳴らす。何も反応がないことなど気にもせず、しばしの空白の後に男は再び踵を3回鳴らした。すると、どこからともなく コンコンと木の扉を叩くような音が響いた。 合図である。害意ある者を寄せ付けないための。 「“憐れな姫君に、華を”」 そう云って、男は外套の内側から深紅の薔薇を取り出し、茎を口に銜える。それを待っていたかのように、鈴を転がすような軽やかな声が舞った。 『“幸福な皇子に、祝福を”』 途端に、男のまわりを何かが覆った。黒い煙のような、煤のようなモヤが幾筋もの束になって男のまわりを螺旋状に取り囲む。 濃い集合体だったそれは次第にぼろぼろと崩れるように四散し、やがて消え去った。 林の奥には、いつからか一軒の廃屋が出現していた。 まるで童話の世界を思わせる、木の古い小屋。朽ちて所々穴が開き、小さな窓を飾っていたのであろうガラスは割れ、そこから漏れる光もない。 しかし男は木の扉を4回ノックした。 扉は自然と開く。まるで招いているように内側へ開いたそれを潜り、中へ足を踏み入れる。 すると、どうしたことだろう。漏れ出る光すらなかった小屋の中は蝋燭が灯り、暖炉が煌々と燃えていた。クリーム色の土壁に穴が開いた様子もなく、吹き込む風もない。 板張りの床。クロスが掛けられた木製のテーブルと、揃いの椅子が2脚。タイル貼りのキッチン。オープン棚に並ぶ生活小物。壁を飾るドライフラワーの束やリース。 梁から吊り下げられた数々の籠。ニッチに並ぶたくさんの薬草瓶。白いシーツが掛けられた木製のベッド。 新しいとは云えないが、古いながらも手入れの行き届いた、暖かみのある部屋がそこにあった。 「みやげだ」 銜えていた薔薇を手に取り、男は差し出す。それを受け取ったのは、薔薇に負けずとも劣らない、美しい女だった。 いや、薔薇と競うにはまだ熟し足りないだろうか。豊かな若草色の髪と幼さが残る秀麗な貌は、まさに若葉と呼ぶに相応しく、それでいて匂い立つ華のような色香を 纏っている。 一輪の華を受け取った女はすぐさまハサミを取り出し、水切りを施して花瓶に活ける。ベルベットを思わせる肉厚の花弁は淡く光を弾き、 「来るたびに呪が増えるな」 花瓶をテーブルに置いた女が云う。 薔薇は男に掛けられていた呪を移すための代だ。呪の源は神力であり、濃厚な神力が纏わりつくことになる薔薇は半月以上美しく咲き続けるだろう。 男に掛けられていた呪は様々だった。様子を探る類のものから、邪悪な氣から対象を護るまじないまで、男を幾重にも縛る様相はまるきり鎖のよう。 「当然だろう。お前を見つけられるのは俺だけなんだから」 男がすでに魔女の虜となっているのではないのかと勘繰る者も多い。 あながち外れてもいないがな、と男は鼻で嗤う。魔女とは対等な共謀関係を築いているのであって、決して一方的な従属関係にはないが、 忌むべき存在と手を組んでいるのは事実であり、すなわち祖国への反逆行為であることは確かである。 魔女の居場所発見は狂言だ。 男の指示の通りに女は縁もゆかりもない場所へ赴き、わざと相手に姿を曝し、寸でのところで行方を晦ます“ 演技 ”をしている。 実際のとろこ、女は敵の襲来を承知しているため焦りもしない。さらには魔力を使わずとも逃げられるようなルートを男がいくつも用意しているため、彼女が 身の危険を感じたことは一度もなかった。 「まったく・・・不自然にならないように逃げるのは結構骨が折れるんだぞ?」 女は呆れたように溜息を零す。 ブリタニア皇宮の遠くで魔女を目撃させることによって皇族の注意を遠方に向けさせることが目的とはいえ、それが演技と知られないようにするのは意外と神経を使う。 脱いだ外套と上着を椅子の背に掛ける男を眺めていた女は、ふと視線を逸らした。 「 それは冗談でも何でもない、女の本心だった。 だからこそ男は激昂した。ダンッと激しい音が響く。 女は動じなかった。男がよく癇癪を起こすことは理解している。 「お前まで俺に天ツ神の傀儡になれと云うのかッ!?」 「・・・・・・」 当時皇帝であった父もろとも、母を殺され。 最愛の妹は自我を奪われ、天ツ神の言霊を紡ぐ器として肉体を利用され続け。 皇族であるがゆえに家族を喪った男は、身分階級の恩恵を最も受ける立場でありながら、誰よりも己の血を怨んでいる。 祖国の破壊を誓った男の手に残された道はふたつ。皇帝となって上からブリタニアを解体するか、もしくは反逆して下からブリタニアを崩壊に追い込むか。 男が選んだのは、血で血を洗う修羅の道だ。 テーブルの上で小刻みに震える男の手に、女は手を重ねた。 女は何も云わなかった。男は何も云わず、女の細い身体をそっと抱き寄せる。耳鳴りがするほどの静寂。ただ寄り添うように、ふたりは抱き合っていた。 「誓いを立てたはずだ。俺は魔王になると」 「・・・そうだな。私が、お前を・・」 云って、女は顔を上げた。 男の首元に手を伸ばす。ボタンを順に外し、脱がせたシャツを椅子の背に掛ける。 裸の胸に落とした、くちづけがひとつ。 「私が、力を与えてやる」 力強く男を見上げた女の瞳は、この世にはない黄金色の光彩を放っていた。
『とある皇子と魔女の物語 U』 2011/10/20 修正して再up |