とある皇子と魔女の物語 T 部屋の中央にあるのは、黒い穴だった。 それが存在するのは窓どころか扉すらない円筒状の空間。壁面は切り出した石を積み上げて造られており、石と石の繋ぎ目に生した苔が密室であることを証明していた。 薄暗く、天井は見えない。蝋燭は石の床から2メートルの位置で揺れている。不思議なことに物音ひとつしない。しかし、人の気配は多数あった。 黒い水面を囲むように、彼らは曲線を描く壁に沿うように等間隔で輪を成していた。22の瞳が一様に黒い湖面を見つめる。 まるで何かの儀式のような、何かを待っているような、張り詰めた空気が彼らを包んでいた。 「時間だね」 彼らの中で一番身なりの良い男が懐から懐中時計を出し、時間を確認する。 男が告げるのと同時に、黒い水面に異変が起こった。 黒髪の頭が覗いたのだ。白い顔、肩・・と次々に姿を現す。それは下から押し上げられているような滑らかな動きだった。しかし黒い水面には波紋すら生じない。 男に濡れた様子はなく、普通の水ではないことは明らか。液体かどうかすら怪しい。完全に姿を現した男は水面の上に立った。やはり波紋ひとつ生じない。 現れた男は黒い外套を纏っていた。大きなフード付きの外套だが、フードは被っていない。射干玉の黒髪が艶々と美しかった。瞳は長い前髪に隠れているが、 ブリタニア皇族の血筋であれば紫であるはずだ。 男の出現に驚くことなく、金髪の男は懐中時計を懐にしまった。口元には微笑みさえ浮かぶ。 「おかえり、ルルーシュ。魔女は見つかったかい?」 「ポイントはB-G59-203。傍に小さな集落がありますが、誰も魔女の存在に気付いていないでしょう」 「さすがだね。ありがとう」 金髪の男が軽く右手を上げると、黒髪の男は水面の上から退いた。人が成す輪には金髪の男の真正面に一人分の空間が空いており、黒髪の男はそこに納まる。 「さて、今回は誰に任せようかな」 「ぜひ私にお任せください」 金髪の男が11人の顔を見渡すと、別の金髪男が名告を上げた。芸術肌ゆえの豊かな感受性ゆえか、パフォーマンスばかりが先を行く男だ。 他の者たちと比べて煌びやかな衣服が、男の動きに合わせて揺れる。 「他には?・・・・・ではクロヴィス、任せるよ」 穏やかで深い声が問う。これに名告を上げる者はおらず、魔女捕獲の任を受けた男は首を垂れたまま後退し、部屋隅の闇に溶けるように姿を消した。 では2日後に、と金髪の男が云うと、他の者も同様に姿を消す。 「ルルーシュ」 部屋には金髪の男と、呼び止められた黒髪の男だけが残った。 両者とも一歩として動かず、真正面から互いを捉える。 「何用ですか、兄上」 「ひとつ聞いていいかな、ルルーシュ」 「・・・何でしょうか」 一瞬の空白の後に黒髪の男は続きを促す。 垣間見えた警戒心には言及せず、金髪の男は空気を和らげるように微笑んだ。聡明さを窺わせるその貌に、まるで弟の愚行を許容する年長者のような気配が浮かぶ。 その愚かなる過ちとは、兄に対する不敬を見せたことか、それとも。 「誰も正確に掴めない魔女の居場所を突き止められるのは、今のところルルーシュ、君だけだ。だけど君自身は魔女を捕えようとしないね。それは何故かな?」 今までと変わらない穏やかな口調だった。声色も普段通り。 しかし、何かを見定めようとする眼が黒髪の男を射抜く。 「 黒髪の男は何食わぬ顔で平然と返す。 彼の騎士は類稀な運動神経の持ち主であり、正義感が強く直実な好青年だが、一方で謀には滅法弱い。また、彼の忠臣は義理堅く命令に忠実な男だが、融通が利かない ことも多いのだ。この二人が魔女の力に翻弄されるのは目に見えている、とかつて男は云った。 弟の臣下をよく知る金髪の男は「そうだね」と頷く。 しかし彼は弟の臣下のこと以上に、弟のことを知っている。 「だけど、君らしくない。どんな悪条件が揃ったとしても、綿密な計画によって成功を収めてこその策士なのではないのかい?」 母親が庶民出身であったが故にブリタニア皇族の血が薄く、神力が弱いと蔑まれてきた黒髪の男。 足りぬ能力を補うように伸びたのは策士と呼ぶに相応しい頭脳だった。 男はわずかばかりの神力、幅広い情報収集力、そして卓越した情報分析力によって魔女の居場所を正確に割り出す。しかし自ら魔女を捕らえに行ったことはない。 彼の能力を正しく評価している金髪の男は残念に思うのと同時に、確信していた。 尤もらしい理由を並べて魔女捕獲へ乗り出さない弟の真意を。 「ルルーシュ、君は・・・帝位に就くことを拒んでいるんだね」 先代皇帝の死に際して、天ツ神である金色の獅子が下した神託は以下の通り。 “ 新皇帝はオデュッセウス・ウ・ブリタニアとする。また、魔女C.C.を捕らえることができた皇位継承者を次代ブリタニア皇帝とする ” 黒髪の男は指摘にたじろいだ様子もなく、唇端を持ち上げて嗤った。 しかし、眼は笑っていない。 「ええ。そんな下らない地位など、願い下げですよ」 そう強く断言した男は外套を翻した。 闇に紛れるように姿が消える。 憎悪に満ちた男の瞳は、ブリタニア皇族の誰よりも鮮やかな至宝の紫だった。
『とある皇子と魔女の物語 T』 2011/10/19 修正して再up |