幼少のころから存在を否定され続けてきたルルーシュにとって、シャーリーが示した無条件の許容はひどく心を揺さぶるものだった。


 有体に云えば、嬉しかったのだ。
 誰からも理解されることなどないと解っていて、それでいいと思っていたとしても、肯定されれば誰だって嬉しいと感じる、まさにそれ。 だから危険に巻き込むと解っていながら、シャーリーが望むままに斑鳩に連れてきて・・・・・しかしその後の対応に困り果てた。
 今はとにかく忙しい。秒単位で進んでいくスケジュールを完璧にこなしていくことはもちろん、予定外の会議や作戦が重なったりして、 斑鳩の自室に戻る余裕がなかった       というのは結果論であって、部屋に戻ればシャーリーと正面から向き合わなければならず、 それを煩わしく思ったことも事実だ。
 おまけに、何につけても一から十まで説明しなければならない。
 受け入れてもらえるのは純粋に嬉しいが、必要以上に喋る習慣がない者、常に己の頭の中だけで物事に結論が出てしまう者にとっては、まず話すことが苦痛になる。 その点C.C.は過剰に干渉をしてくることもなかったし、一云えば十理解する女であるから楽ではあった。


       だからかもしれない。
 やはり違う、と思った。
 善き友人はあくまで善き友人であって、ゼロの私室に居るべき存在ではなかったのだ。


 そう実感したのは数時間前。
 ・・・いや、今日この部屋に戻ってきたときにごく小さな違和感はあったのだが、それが決定的なものになったのが数時間前、シャーリーに髪を梳かれたときだった。
 そのときは眠りを妨げる誰かという認識しかなく、鬱陶しいとしか思わなかった。だから止めさせようと、相手を確かめもせずに云ってしまったのだ。
         「やめろ、C.C.」と。
 半分眠りに浸かった状態でなければあの女とシャーリーを間違うこともなかったのだろう。相手が凍りついたところでそれがシャーリーだったことに気付いたのだが、 しかし言葉にしてしまったものはどうしようもない。最終的に彼女が部屋を出て行くまで息を殺しているしかなかった。


 なぜ、C.C.の名前が出てきたのか。


 自分のことに関しては疎い、と。元親友にも恩人にも悪友にも友人にも、そして共犯者たる魔女にも散々云われていたが、ここまで意識してしまえばさすがに 考えずにはいられなかった。
 出た結論は単純明快。
         アイツが、特別だからだ。
 ナナリー以外の他者となるべく深く関わらないように生きてきた俺が、“傍に置いて当然”と認識している女。 感情を偽らずに接することができ、それを常に的確な態度で受け止めてくれる存在。それが俺にとってのC.C.であり、 無防備な状態で近距離を許せるのはC.C.しか考えられなかったのだ。
 出会ったばかりのころ、あれだけ煩わしく思っていたのが嘘のように必要としている。
 初めから特殊で、・・・いつの間にか大切な存在になっていた女。
 これまでの経緯は知らなくても、寝言のような呟きから、シャーリーは俺の本心を正しく把握したのだと思う。まさか本人を連れてくるとは思わなかったが、 彼女が呼んだのでなければC.C.が自主的に訪れる理由はない。
 軽い足音。ベッドに腰掛ける気配。髪を梳く手つき。
 今度こそC.C.だと確信したときは、無性に心が震えた。
 なんて有様だ、これが本当に俺か、と。呪いの言葉でも発するように忌々しく呟いて、しかしそれに気付いたC.C.が無防備に耳を寄せてきたものだから、 もう全面的に負けを認めなければならないような心境に陥った。
 別の云い方をすれば、吹っ切れたとでも云えばいいか。
 とにかく、怒って勝手に出て行ったかと思えば無防備に近づいてきたりと、いつだって好きなように振る舞う女だ、コイツは。それでも傍に置きたいと望む、 己の本心を認めろということだろう。
 だから無意識ではなく、己の意思で手を伸ばした。






 自分らしくない、随分と強引な手段に訴えたものだと、今になって思う。
 しかし、ここで逃がしたら後がないと今もあのときも漠然と危機感を抱いていて、だからあの行為を謝罪しろと云われれば謝罪してやってもいいが、 後悔だけは微塵もなかった。
 第一、嫌なら嫌と口に出す女だ、アイツは。
 むしろこちらが立ち直れなくなるくらいの辛辣な言葉を並べ立て、悠然と逃げ去るはず。そんな女が小刻みに震え、今にも泣きそうな貌で縋るように 見上げてくるということは、肯定以外考えられないだろう。
 だから衝動のまま、本能のままにC.C.を求めた。
 自分の内側にああいう類の欲が潜んでいたことに驚きはしたが、それをC.C.に向けることに関しては抵抗を感じなかった。
 もちろん、それなりに言葉も尽くした。


 これでコイツはもうどこにも行かないと確信した。
           だが・・・






 肌寒さに負けて意識が浮上した。
 ・・・・・そうだ、眠りに落ちる直前に設定温度を下げたのだ。リモコンに腕を伸ばし、返す手で傍らのぬくもりを求める。しかし、触れるものは何もなかった。
 一気に眠気が吹き飛んだ。
 隣にC.C.の姿はない。それどころか、あの女がここに居た痕跡すらなかった。


「〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 湧き上がったのは怒りだ。
 理性を掻き乱す甘い声で啼いておきながら、ここにきて逃げるなど      許せるはずがない。
 時刻は午前1時。あの女のことだ、急に斑鳩から姿を消せば逆に怪しまれると考えるだろうから、まだこの艦内に居るはずである。おそらく、カレンか神楽耶、 もしくはラクシャータあたりの部屋にでも逃げ込んだのだろう。
 さすがあの女、一筋縄ではいかない。


 ならば、こちらも相応の処置をとるまでだ。


 手早くシャワーを浴びて部屋を出る。
 あの女にしてみれば魔女狩りに遭うも等しいこの状況も、こちらにしてみればチェスの最終局面と同じだ。あと一手をどう詰めるか、 それにすべてが掛かっているだけに緊張もするが、不安はまったくと云っていいほどない。


 逃がしはしない       その想いに誘われて、次第に気分は昂揚していった。












2012/ 1/28 up