ルルーシュは枢木スザクと取引したのだという。
 ゼロとしてエリア11をブリタニアから解放する、その代わりにナナリーを守ってもらう、と。
 同時刻にナナリーとカレンの救出隊が政庁に突入していたが、 彼らにはカレンの救出のみ行うよう指示が出た。カレンは騎士団の主戦力だから、スザクも救出を黙認したのだという。


 すべては事のあと、咲世子から聞いた話だ。


 あの日からC.C.は部屋に帰っておらず、カレンの部屋にいた。
 唐突にカレンが戻ってきたから事態の大筋は予想していたが、まさかあの枢木スザクと和解が成立していたとは驚きだ。以前であればより詳しい情報を得ていただろうに、 こんな重要なことを第三者から知らされるとは・・・。
 これが『離れている』ということで、自ら望んだことであるのに、着実に開いていくルルーシュとの隔たりに意味もなく胸が痛んだりもした。
 その痛みに慣れ、何も感じなくなってきたころだ、例の少女がカレンの部屋にやってきたのは。
 ルルーシュが呼んでいるなどと騒いでいたが、本当に用があるなら内線を掛けてくるなり姿を見せるなり、とにかく本人からアプローチがあるはず。 特にあの少女を使い走りにさせるなど万が一にもないはずだ。だから相手にしなかったというのに、カレンまで行け行けとうるさいものだから、なかば追い出される格好で カレンの部屋を出てきた。
 チーズくんまで没収されて・・・これはルルーシュに文句のひとつも云ってやらないと気が済まないな、と思うことで何とか部屋まで来たというのに。
 二重扉の向こうには誰もいなかった。
 ・・・まぁ、想定の範囲内だ。あの少女は性質の悪い冗談を好むような娘だとは思えないから、ルルーシュは隣室で休んでいるのだろう。


「・・・・・・・・」


 正直なところ、会いたいわけではない。しかし様子が気に掛かるのも事実で、ルルーシュが休眠中であれば顔だけ見るのに願ってもない好機だと思った。
 勝手知ったる室内を横断し、プライベートルームに入る。
 果たしてそこには眠る男の影があった。
 フットライトのみの室内は薄暗いが、それでも様子は何となく判る。この空間に、あの少女が過ごした形跡はない       そのことに安堵してしまったC.C.は、 しかしルルーシュがベッドの奥を空けて寝ていることに気付いて泣きたくなった。
 そこはかつて自分がいた場所だ。
 クラブハウスに転がり込んだ当初のルルーシュは「狭い」だの何だのと不満ばかり零していたというのに、無意識のうちに場所を空けてしまう程度には自分という 存在がルルーシュの中に根付いたのかと思うと、何とも云えない気持ちになる。
 顔だけ見てすぐに出ていくつもりだったのに、ついベッドの端に座ってしまった。
 ルルーシュの髪を梳く。古い友人によく似た黒髪が、しかしいつもよりパサついている気がした。
 二重生活の所為で疲労が溜まっているのだろう。栄養摂取も充分ではないのかもしれない。体力がないくせに無茶をする悪い癖をあの娘が諌められればいいが、 と考えたところでC.C.の耳が微かな声を捕らえた。
 ルルーシュが何か云っている。
 だが、よく聞き取れない。
 どうせ寝言だと思いながら、それでも耳を近付ける。


 そのとき。


「・・・・、んッ!?」


 突然後頭部を押さえられ、ルルーシュの顔が迫った。
 唇に触れる感触。
 キスされているのだと気付いた瞬間、C.C.は離れようと全力でもがいた。
 俄かには信じ難いことだが、ルルーシュが寝惚けている。もしくは夢の延長とでも思っているのか。こんなこと今までに一度もなかったのに・・・・・とにかく、 別の女と勘違いされてこんなことをされるなど、絶対に我慢できなかった。
        しかし・・・




「・・・・・・嫌か?         C.C.」




 ルルーシュが呼んだのだ。
 あの少女ではない。目の前にいる女の名を、正しく。


 無抵抗になった一瞬の隙をつかれ、気付いたときには身体の位置が逆転していた。
 背に感じるマットレスの弾力。
 肩に喰い込む指の力。
 圧しかかってくる男の、確かな重み。




「お前にとって、俺は・・・・簡単に切り捨てられる存在なのか?」




 C.C.は思わず息を呑む。
 答えられなかった。
 心の奥底では歓びに震えている。しかしそれを打ち消すかのようにこちらをじっと見つめる少女の顔が浮ぶのだ。どちらの質問も答えはノーだが、 相反する想いに板挟みにされて身体が動かない。
 ルルーシュは沈黙をどう受け取ったのか、頬を傾けて唇を落としてきた。
 侵入する舌。顔を背けようにも、顎を固定されてしまってはどうにもできない。・・・なんて、ただの言い訳だ。 どうしても拒絶したいなら、C.C.にはそれを可能にするだけの特殊能力がある。それを使わないのは状況に甘んじている証拠に他ならない。
 胸板を押し返す腕の力も弱々しいと、自分でも思う。


「待、・・・・っ、・・・ッッ!?」


 だが、首筋を辿る手の動きに血の気が引いた。
 他人だと強調するため、わざわざ着てきた黒衣。その前開きの上着のファスナーをルルーシュが手探りで下ろしていることに気付いたからだ。
 この後、ルルーシュとの間に何が起こるのか       考えただけで眩暈がする。


 流されてはいけない。
 この一線だけは越えることが許されない。
 何としても、絶対に。


 渾身の力を込めて腕を突っ張った。それだけではルルーシュの身体を持ち上げることなどできないから、ルルーシュも自らの意思で身体を起こしたのだろう、 全身に圧しかかる重みと唇や手の感触が不意に遠退く。
 理由は何だってよかった。とにかくルルーシュの下から脱出できれば、それで。
 しかし、逃げられなかった。
 強制的に向けさせられた視線の先にいる男。その双眸に縫い止められたのだ。




         これからも、俺のモノでいろ」




 命令口調とは裏腹に、まっすぐ見下ろしてくる瞳はアメジスト色のままで。
 しかしどこまでも情熱的で、甘美で、ひどく真摯な光を放っていたから。


 すっかり心を囚われて、これ以上拒絶できなくなってしまった。












2012/ 1/16 up