男のうしろに隠れるようにして部屋に入ってきた少女の姿を見止めたC.C.は、同時に終わりを悟った。
 もうこの部屋にはいられない。
 いや、それどころかルルーシュとの共犯関係を終わらせるべきかもしれない。出立はいつにしよう、これといって私物はないがチーズくんだけは持っていこう、 とまで考える。
 連れてこられた少女は心細そうに視線を彷徨わせていたが、C.C.を見た瞬間だけは表情を強張らせ、警戒心をむき出しにした。当然だ、好いた男のプライベートな空間に 年頃の女がいれば、誰だって関係を疑うだろう。特にこの少女は意中の相手のスナップ写真を集め、想いの丈を日記に綴るような子だ。想い人に一途な一方、 その分冷静さに欠き、あれやこれやと妄想してはひとりでショックを受けるタイプに違いない。
 私と鉢合わせすることで彼女が不安に思うかもしれない可能性を考慮できないとは、さすが恋愛に関して天下一品の鈍さを誇る男だよ、とC.C.はいっそ感心すら してしまう。
 もっとも、まったくの見当違いだがな、と内心で独り言ちて、C.C.はぬいぐるみ片手に颯爽と立ち上がった。
 クローゼットから黒衣を取り出し、出入口に向かう。
 当面はカレンの部屋で寝泊りすることに決めていた。あそこは現在、部屋の主が不在だ。
 しかし、ルルーシュの横を素通りしようとしたところで腕を取られた。振り返れば、不信感を露わにしたルルーシュと眼が合う。


「・・・なんだ?」
「それは俺の台詞だ。どこへ行く」


 ルルーシュの眼はC.C.からぬいぐるみに移り、再びC.C.を捕らえる。言葉の後には『そんなものを持って』と続くのだろう。不躾な視線は神経に障ったが、 確かにちょっと部屋を空ける程度の外出にはぬいぐるみを持ち歩かない。
 一から説明するのを億劫に感じながら、C.C.は冷めた態度を維持した。


「私はカレンの部屋に移る。さようなら、ルルーシュ」
「ッ、・・待て。どういうことだ」
「どうもこうもない。私がここにいる必要はないからな」


 鈍感が過ぎる。ここまで云わせるとは、さすが坊や。
 それなのにルルーシュは「意味がわからない」と云う。これは本当にわかっていない貌だ。さすがにC.C.も苛立ってくる。
 まさか部屋に止まって少女の面倒を見ろとでも云うのだろうか。      そんなのは御免だ。


「緊急の連絡はカレンの部屋に繋げ。それで問題は無いだろう」


 V.V.に従っていたジェレミアが寝返ったらしいが、それなら嚮団の位置は把握できたはずだ。これで定時連絡を続ける理由もない。
 とりあえず腕を放せと眼で訴えるが、ルルーシュは解さなかった。


「・・・お前、何をそんなに怒っているんだ?」
「怒っている? 私が? お前の目は節穴か?」


 苛立ってはいるものの、まだ呆れの方が大きい。そんなことも解らないのか、と云いかけて、C.C.は止めた。理解してもらう必要がないことに気付いたからだ。
 急に心が冷めた。
 少女が不安そうに見ている。だからというわけではないが、この際はっきりと云っておこうと思った。




            ルルーシュ。契約を解消しよう」




 ルルーシュは知らない。
 C.C.の願い        永久の死を望んでいるということを。・・・そのためには身代わりが必要で、 ギアスを与えるのは適格者を選定するためだということを。
 しかし、今を生きたがっているルルーシュは永遠の命など望まないだろう。
 愛した女と同じ刻を生きることができないのは苦痛でしかない。しかも、月日を重ねるにつれてその苦痛は肥大化するのだ。 自分だけ歳をとっていく女の方もいい気分はしないはず。
 だから、契約自体なかったことにするのが一番いいのだ。
 それなのに自らの僥倖を知らないルルーシュは一瞬表情を失くした。C.C.がすぐに去るとでも思ったのだろうか。 腕を掴まれる力が増して、C.C.は微かに顔を顰める。


「お前の行動の結果くらいは見届けてやる。だが、そこまでだ。・・・・甘える相手を誤るな」


 チラと視線を流せば、ルルーシュも釣られて少女を見た。
 ルルーシュの手が緩む、その隙に踵を返す。何か云われたが無視した。
 扉の向こうはシンと静まり返っていた。息苦しさを感じていたと気付いたのは、このとき。あの少女に、そしてあの少女を連れてきた男に 何らかのプレッシャーを感じていた事実には驚いたが、次の瞬間には確かな足取りでカレンの部屋へ向かう。





 ルルーシュを生かしも殺しもするという意味では、ナナリーはルルーシュの運命の女ファム・ファタールだ。 彼女以上の存在など、先にも後にも現れないだろう。
 しかし、一度は記憶を奪ってでも平和の中に留めていた少女を、今度は騎士団の本拠地に連れてきた。そこにあったルルーシュの変化。 たとえナナリーほどの大きさがなくても、彼女はルルーシュの運命を廻す歯車のひとつに違いない。




 客観的に分析して、最終的には「まぁ私には関係ないが」といつもの結論に至る。
 しかし、C.C.の胸の内は大切なものを失ったような痛みと、契約の解消にホッとする気持ちとで複雑に揺れていた。












2011/12/26 up