贈ることば 腹を圧迫される感覚が苦しくて、ルルーシュは目が覚めた。 冬の寒さが本格化したこの季節、明け方はかなり冷える。冷気はベッドの中まで入り込み、特に足先が冷えるのだ。寝相の悪いC.C.がルルーシュの腹に足を乗せ、暖をとりながら寝ることもめずらしくなかった。 まったくコイツは・・、とルルーシュは呆れた。 本当に、いつまで経っても子どものような女だ。 手探りで退かそうとC.C.の足を捕らえたころで、しかしルルーシュはふと異常に気付いた。掴んだ足首があまりに細く、さらに足も小さいのだ。己が抱えている存在に違和感を覚えたルルーシュは、全身の血が引く思いで隣を確かめた。 そこにいたもの。 ルルーシュで暖を取って弛み切った寝顔を見せているのは、C.C.そっくりの 「・・・・、ッ」 自分が寝ぼけているだけと知ったルルーシュは、無意識のうちに詰めていた息を吐き出した。 そうだ、何を勘違いしていたのか。 数週間前、自分のベッドが冷たくて眠れないと幼子が泣きついてきた夜からこの方、さすがに夫婦のベッドで親子3人寝るのはキツイから、とC.C.は赤子を連れて自主的に寝床を変えてしまったのだ。同じ部屋で眠る赤子が最近たまに夜鳴きするものだから、幼子まで起こしてしまっては可哀想、という理由もある。 いまC.C.が居るのはルルーシュの固有世界だ。クラブハウスと斑鳩にあったルルーシュの私室を模して繋げたようなそこには、記憶の管理者が使うわけでもないのにベッドがある。それを使わせてもらう、と初日にC.C.は事も無げに云った。 ・・・・・が、たとえ同一の存在とはいえ意識も肉体も分離した自分自身がいる閉塞空間に、最愛の女を無防備な状態で置いておくなど、ルルーシュに許せるはずがない。 記憶の管理者をなかば無理矢理Cの世界へと追い出して、己とまったく同じ顔から冷めた視線を送られつつも「いいと云うまで絶対に戻って来るなよ」と命令して、C.C.ひとりで現実世界に戻って来れるというのに翌朝わざわざ迎えに行って、を日々繰り返している。 とはいえ、幼子のこともかわいがっているC.C.がずっと彼女をルルーシュに任せきりなはずがなく、数日に一度の間隔でルルーシュと役目を交替していた。 というわけで現在、ルルーシュはC.C.と完全に別れて寝ている状態だ。 いくら顔がそっくりでも、幼子とC.C.では体温も抱き心地もまったく違う。体温が高いのも、やわらかいだけで頼りない小さな身体も、子どもなのだから当然と云えば当然なのだが、それでもふとした瞬間に違和感を覚えてギクリとしてしまうのは、それだけルルーシュの肌にC.C.が馴染んでしまったからなのだろう。 (頼りにされるのは嬉しいんだがな・・) 親として、子どもから全幅の信頼を寄せられるのは誇らしい。 しかし、共寝するなら嫁の方がいいに決まっている。 幼子の寝相の悪さは明らかにC.C.譲りで、その悪意のない襲撃は逆にルルーシュへの慰めのようにも感じたが、「変なところばかり似なくていいんだぞ。むしろ似ないでくれ」とルルーシュは幼子の背を軽くトントンと2回叩いて、自身も目を閉じた。 赤子ももうすぐ1歳だ、そのうち夜泣きもしなくなるだろう。暖かくなれば幼子もまたひとりで寝るようになるだろうから そうだ、すでに日付が変わっている今日、12月5日はルルーシュの誕生日である。 外見通りの年齢ですらないから、今さら誕生日など特別嬉しいものでもない。己が誕生した事実を祝う気にもなれなければ、祝ってほしいとも思わないし、誕生日が判らないC.C.のことは祝ってやれないのに自分ばかり祝ってもらうのも気が引けるため、ルルーシュは誕生日に託けて自分から何かを要求したことはなかった。 それでもC.C.は毎年、日付が変わった頃に「おめでとう」とやさしいくちづけを贈ってくれたのだ。 今年はそれがないかと思うと、ほんの少し寂しい気持ちになる。 それでも自分から甘やかしてほしいなどとは口が裂けても云えないルルーシュは、再び腹の上に乗ってきた幼子の足を下ろし、掛け布団を整え、もうひと眠りすることにした。 だからだろうか、動く気配に気付けなかったのは。 ふわりと前髪を撫でられた感覚に目を開けると、ベッド脇に膝をついてこちらを覗き込むC.C.の顔があった。 「・・・・C.C.?」 「あの子に起こされたから、ついでにこっちの様子も見に来たんだ」 ゆるやかに弧を描く唇がゆっくりと降ってきて、ルルーシュの唇を塞ぐ。 穏やかな接触は数秒ほどで離れていった。 「誕生日おめでとう、ルルーシュ」 その言葉に、ルルーシュはハッとする。 思わず「覚えていたのか・・?」と問えば、「私を誰だと思っている?」と返された。そのテンポが小気味よくて、つい口角が上がる。 布団から腕を出してC.C.を抱き寄せると、はやりその身体は冷え切っていた。 「まったく・・・上に何か着て来いよ」 「すぐ戻るつもりだったからな」 「悪いのは俺か?」 「そうとも。私を恋しがって眠れない、どこかの誰かの所為だ」 「・・・・・云ってろ」 多少の脚色はあるものの、その推測があながち間違っていないあたり、さすがC.C.である。 しかしそこまで解っていながら、少し温まっていけと促すルルーシュに、赤子の方が温かいからと理由をつけてあっさり断るものだから、恨み言のひとつくらい云いたくなって当然だろう。ルルーシュが「勝手にしろ」と腕を離すと、C.C.はフフッと笑ってルルーシュの耳元に唇を寄せた。 「子どもたちが昼寝したら、お前のことも構ってやるよ。それまで我慢できるだろう?」 耳が擽ったくなるくらいの、やさしい囁き。そこに子どもを宥めるような響きが混じっていることは大いに不満だったが、今はなにを云っても揶揄されるだけだと知っているルルーシュは無言でやり過ごした。 やがて本当にC.C.は亜空間へと戻り、再び室内は静寂に包まれる。 しかし、C.C.の声が耳から離れないルルーシュは、なかなか眠りに就くことができなかった。
『贈ることば』 2011/12/ 6 up |