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   魔女の記憶




 宝石よりも美しいロイヤルパープルの瞳を正面から受け止めて、C.C.はどうしようもなく途方に暮れていた。




 ちょっと付き合ってよ、とニッコリと笑む友人に捕まってしまったのが運のツキである。
 最近では可憐な面立ちの中にしっとりとした艶が垣間見れるようになったというのに、相も変わらず少女のような振る舞いを改めないマリアンヌに 引きずられるような格好で彼女の息子の部屋に連れて来られたC.C.は、初めは部屋の隅で彼女とその息子を見守っていた。
 世話係から器とスプーンを受け取り、手ずから息子に離乳食を与えるマリアンヌ。
 あのお転婆な少女がここまで成長したのかと感慨に耽っていたC.C.の眼前でクルリと振り返った若き母親は、至極楽しそうにC.C.を手招きをする。ここで従わないと 機嫌を損ねることなど百も承知のC.C.が仕方なく二人の傍に寄ると、こともあろうに、マリアンヌは持っていたスプーンをC.C.の手に押し付けてきた。


「は? ・・おいッ、マリアンヌ」
「ほら、貴女も食べさせてあげて」


 さも当然のように云われ、さらには摩り下ろしたリンゴの器まで押し付けられてしまえば、C.C.だって逃げ出すことはできない。
 マリアンヌという女はいつだってそうだ。強引で傍若無人な振る舞いを屈託のない愛らしい笑顔で周りに許容させてしまう天性。 彼女の行動がささやかな『ワガママ』程度の可愛いものであるから余計に拒めなくて、結局は彼女のペースに引き込まれてしまう。
 ハァ・・と、C.C.はこれ見よがしに溜息を吐いた。
 子どもは嫌いではない。むしろ好きな方だ。しかしなぜ普段からC.C.がこの部屋に近づかないようにしているのか、マリアンヌは理解していない。
 もう一度嘆息を零したC.C.は、非常に不本意ながらスツールに腰掛けた。
 しかしマリアンヌの息子と正面から対峙して、C.C.は逆に気後れした。人見知りして然るべき赤子からその兆候が微塵も感じられないのである。 母親が傍にいて、その彼女が寛いだ雰囲気を崩していないとはいえ、父・シャルルにも人見知りして泣くと聞いていただけに、 これでは話が違うではないかとC.C.は困惑した。
 泣けばそれを口実にこの場から下がることもできるというのに、度胸だけはすでに一人前の赤子にC.C.は舌を巻く。
 どうしようもなく途方に暮れた。
 子どもと接する資格はないと、C.C.は常々そう思っている。魔女たる自分が子どもに悪影響を与えないか気がかりであるし、 穢れを知らない無垢な瞳に己の姿を映すことが居た堪らない。それなのに視線を外すことができなくて、「まぁ! まるでお見合いみたいね!」とマリアンヌが カラカラと笑ってくれなければ指一本動かせなかった。


「・・・冗談が過ぎるぞ」


 一歳にも満たない我が子に対して母親が云うセリフではない、と半ば呆れながら小さなスプーンに少しだけリンゴを掬う。
 子どもの名前が彫られた、銀のスプーン。
 一生食べ物に困らないように、幸せになるようにと願いが込められたソレを使って、幸福を約束されている子に魔女が食事を与えるなど滑稽が過ぎるではないか。
 こうなれば速やかに用件だけを済ませようとスプーンを口元へ運ぶと、小さな唇は抵抗なく開いてスプーンを銜えた。
 なかなか美味しそうに食べるところを見ると、リンゴは好きな味のようだ。


「・・・・・・」
「・・・なんだ、まだ食べたいのか?」


 宝石よりも美しいロイヤルパープルの瞳がじっとC.C.を見つめる。
 顔立ちがシャルルでもマリアンヌでもなくV.V.に一番似ていると感じるのは、この吊り目がちな大きな眼が原因で。 おそらく父方の祖父の血が濃く表に出たのであろうマリアンヌの息子は、C.C.に催促の眼差しを送り続けるのだ。それに絆されたわけでもないが、 この小さな生き物が腹を空かせたままでいるのも可哀想な気がしてきて。


「この私を使うとは・・・とんだチビだな、お前」


 口ではそう云いながらも、この瞬間だけは善い魔女になったようなつもりで、C.C.は小さな口にもう一度匙を運んだ。












『魔女の記憶』




2011/ 5/ 8 up