排他的な幸福論 よく晴れた、いかにも散歩日和の日だとルルーシュは思った。 陽があたるとポカポカと暖かく、冬の厳しい寒さが嘘のようである。 雪が降っても毎日のように外で遊んでいた幼子だが、春の日差しは格別に気に入ったようで、繋いだ手から伝わるウキウキとした気持ちが ルルーシュにも伝播してきた。 ギアス教会にばかり通い詰めていないで、たまには幼子と遊んでやれ、とC.C.に一喝されて家を追い出されたのが10分ほど前のことである。 育児が嫌なわけでは決してないルルーシュはとんだ云い掛かりだと不満全開だったが、確かに最近は幼子と一緒にいる時間が減っていると自覚していたから、 幼子と散歩でもすることにしたのだ。 幼少時代にアリエスの離宮の庭園でナナリーやユーフェミアたちと遊びまわっていた記憶に刺激され、次第にルルーシュの気分も昂揚して。 気付けば家から離れ、見晴らしのいい原っぱまで来ていた。 土に逞しく根を張る草花。春になった途端に元気を取り戻したそれらのことなんて、一人だったらまったく気にも留めなかっただろう。 幼子が転ばないように地面に気を配り、幼子に合わせたゆったり歩調で散歩しているからこそ感じた季節の気配である。 さて、ここまで来たらどこで折り返そうかと考え始めた丁度そのとき、幼子の往く手を阻む石の存在がルルーシュの眼に飛び込んできた。 大人なら何てことない大きさの石だが、子どもなら躓く可能性が充分に考えられる大きさだ。 ルルーシュは幼子の正面に回り込み、小さな両手を握る。 「ほら、ぴょん」 そのまま軽く引っ張り上げ、同時にルルーシュは後退した。つまり幼子はジャンプして石を飛び越えたような恰好だ。 自分に何が起こったのかイマイチ理解できなかったのだろう、目をまんまるに瞠って固まった幼子は、しかしすぐにニコニコ笑顔になって「ぴょん、ぴょん」と 云い始める。その微笑ましい姿にルルーシュは自分の行動が間違っていなかったのだと確信して、昂揚気分のままに散歩を再開したのだが・・・・・ 「ぴょんっ!」 「ッ、・・!」 不意にグイッと手を後ろへ引っ張られたルルーシュは、驚いて幼子を見下ろした。 視線の先で幼子は満足そうにルルーシュを見上げている。 「・・・・・・・」 何だかひどく嫌な予感がして、「・・・リーズ、もう一回見せてくれないか」と恐る恐る云ってみると、さらに満点の笑顔になった幼子は「ぴょん!」と元気よく 飛び跳ねた。 完璧だ。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」 ルルーシュは本気で言葉を失った。 どうだ!と云わんばかりの、達成感に溢れる幼子の貌に、さらに全身の力が抜ける。 笑えなかった。C.C.がこの場にいたら笑い飛ばしたかもしれないが、逆に「この運動神経のなさはお前の遺伝だな」と、ルルーシュにはどうすることもできない ことでネチネチと厭味やら皮肉を云うかもしれない。 とりあえず幼子の名誉のためにもこのことはC.C.に黙っておこうと決めたルルーシュは、幼子の目線にあわせて膝を折ると、キリリと真面目な貌で宣言した。 「よし、後ろは完璧だ。だから今度は前に飛ぶ練習をしよう」 「・・・? れんしゅ・・?」 「そうだ」 重々しく頷いたルルーシュは立ち上がり、手本を見せる。膝を軽く曲げ、重心を前方に移動させて爪先を蹴る、それを何度か繰り返し見せてから幼子に 再チャレンジさせてみた。しかし、膝を曲げることはできてもその後が続かない。両足同時に大地を蹴ることができず、たじたじと足踏みしてしまうのだ。 そうなれば、さすがのルルーシュもお手上げだった。 ナナリーを育てた自負はあるが、それはあくまで7歳からの話であって、幼子くらいの子どもに求めていいことといけないことの判断は、はっきり云って ルルーシュにはできない。 もしかしたら無理な要求をしているのかと悩んだが、幼子が真剣な貌で練習しているものだから、それに励まされるようにルルーシュも指導に熱を入れた。 その結果・・・・・ 「馬鹿かッ!お前はッ!!」 家に帰り着いたルルーシュに、C.C.の強力な雷が落ちた。 それもそのはず、特訓は2時間半にも及んだのだ。その辺りを適当に散歩して戻ってくると思っていたのだろうC.C.が烈火のごとく怒るのは解らなくもない。 しかし、さすがにぐずりだした幼子を背負って帰ってきたルルーシュにC.C.の相手をする余力はなくて、C.C.が背から幼子を引き取ったのをいいことに、 沈むようにソファーへ座り込んだ。 道中、ルルーシュの背で寝てしまった幼子の涎が盛大に付いているだろうが、そんなことを気にしている余裕はない。 幼子の目線に合わせるためにウサギ跳びまでしたルルーシュもいい加減体力の限界だった。 「まったく・・・お前に合わせて散歩してどうする」 真上から聞こえたC.C.の声に、ルルーシュは瞼と目線を上げる。 途端にズイと差し出されたマグカップ。確認したら中身は水で、食器にもっと気を配れと何度云ったら解るんだ、と思わず説教したくなったけれど、 喉が渇いている今はありがたい好意だったから、出かけた言葉を受け取った水と共に流し込む。 ふと、隣でフフッと笑う気配がした。 「楽しかったか?」 見れば、ソファーに座ったC.C.が悪戯っぽい眼でルルーシュを見上げている。 ルルーシュの答えなど解りきっているその貌に、いちいち訊くなと云いたくなったけれど。 「・・・まあ、な」 非常に疲れたが、出掛けたこと自体は悪くはなかった。むしろ幼子のことでC.C.に秘密にするようなことなど他には一切ないから、あの特訓はある意味貴重な体験だ。 ・・・もっとも、3人きりの家族なのだから、次はC.C.も一緒に出掛ければいいんじゃないかとルルーシュは思う。 切り捨ててばかりの人生で手元に残せた女と、手に入れた愛娘。それは今のルルーシュにとって、世界中の誰よりも大切な家族だから。 だから 「明日はお前も行くだろう?」 あいつが俺にばかり懐くとお前が拗ねるからな、と続ければ、ルルーシュらしい遠回しな誘いにC.C.は「無意味な心配だな」と鼻で笑って、それでも嬉しそうに頷いた。
『排他的な幸福論』 『おやゆび姫〜』の1年前の話 2011/ 4/12 up |