シアワセ小箱




 産まれてひと月の赤子はいまだ湯気が立ち上るくらい温かく、ふにゃふにゃと頼りない。
 それでも大きな声で泣いたりとか、力強く乳を吸ったりとか、「あぁ、生きているな」としみじみ思えることが多々あって、この小さな生命が意外と 逞しいことを知るのだ。
 無心に乳を飲む赤子を見下ろすC.C.は自然と笑顔になる。
 世界中がイルミネーションに包まれるクリスマスの夜、家族全員が見守る中で赤子は産まれた。
 せっかくのクリスマスに水を差す一見の急患を迷惑がる医者は多く、何より月初から降り続く大雪の所為で街に下りることが難しかったから、 腹を括って家での出産に踏み切ったのだ。
 不安がったのはどちらかといえばC.C.よりルルーシュだったが、しかし本格的に陣痛が始まるとテキパキ準備を整えて。 そして年齢的にどうしても役目がない幼子は泣き出しそうな貌をしながらもC.C.の手を握って、陣痛に耐えるC.C.をずっと励ましてくれて。
 その甲斐あってか、家族全員が疲弊する前に赤子は産まれた。
 産まれた子の無事の後にC.C.がルルーシュに聞いたのは、性別ではなくコードの有無だ。
 ギアスというパイプを介さずに母体を通してコードが継承されるとは到底考えられないが、それでも念のために身体中を見て、C.C.の額も確認して、ルルーシュは コードが赤子へ移っていないことを事実として確かめた。もちろん幼子のときも同様に確認済みである。
 幼子にも赤子にもコードが受け継がれなかったこと。         それはいつか子どもたちの死と向き合わなければならない未来に直結しているのだが、 それでも人として生まれ人として死ねる幸福を誰より渇望していたC.C.は、授かった大切な子どもたちに呪われた道を歩かせずに済んだことに心底安堵している。
 複雑な思いは、“魔女”である限りきっと続くけれど。
 いつか迎える哀しみの時を嘆いて今この瞬間の幸せに眼を向けないのが一番愚かなことだから、たとえ限られた間だけでも、 かわいいかわいい子どもたちを精一杯愛することに決めているのだ。






「・・・ぅ」
「ん?もういいのか?」


 腹が膨れれば赤子は寝る。
 欲求に忠実な生き物は、ウトウトしては我に返ったように乳を吸うのをしばらく繰り返していたが、どうやら腹が満ちたらしい。小さな口から乳首を離しても 反応しなくなって、クリクリの円らな瞳は長い睫に縁取られた瞼の奥から姿を見せなくなった。
 子どもはいつだって無条件でかわいいものだが、乳飲み子の頃はおっぱいを飲んでいるときが一番愛おしく感じられる。だからC.C.は少し残念に 思ったのだが、横から伸びてきた腕が無言の圧力をかけてくるので、仕方なく赤子を渡した。
 授乳のとき、常に横で待機しているルルーシュ。
 首がグラつかないように赤子の顎を肩に乗せて背を撫で上げ、無理なくゲップさせる手腕はたいしたものだが、楽しみをひとつ奪われたような気分を毎回 味わわされるのは非常に面白くなかった。
 湿らせたタオルで胸を拭って、さっさと服を着込む。いくら部屋が暖められているとはいえ、いつまでもルルーシュの眼前に晒してサービスしてやる 必要はない。
 それに       ・・・




「・・・・おかあさん・・」




 ツンと袖を引かれる感覚に隣を見れば、幼子がちょんとソファーに掛けている。
 その、物云いたそうな貌。


「あぁ、・・・ほら、おいで」


 やさしく笑って腕を広げると、一瞬で明るい表情になった幼子が飛び込んできた。
 まるで自分のものだと云わんばかりにしがみ付いて離れない。 その小さな背をぎゅっと抱き締めてポンポンと背を叩いてやると、ようやく安心したらしい幼子の身体から余計な力が抜けて、べったりとC.C.に張り付いてきた。
 これがここ一ヶ月の日常風景だ。
 赤子が産まれる一週間くらい前からC.C.に抱っこしてもらえなかった幼子は、そのときの寂しさを埋めるようにC.C.に甘えてくる。特に授乳後は顕著で、 いつもルルーシュに抱きかかえられる恰好で待機しているのだ。
 赤子を敵視しているわけではないし、おっぱいを欲しがったりするわけでもないが、ごく軽微な赤ちゃん返りだろう。
 甘えたなところはお前似だな、とはルルーシュの言だ。
 それを聞いたとき、それなら授乳が終わるまでウズウズしながらも我慢して待っている、物分りが良すぎて自分を抑えてしまうところはお前似だろ、 とC.C.はすかさず返した。・・・・・もっとも、ふたりのいろんなところが幼子に遺伝しているのだと考えたら何となく気恥ずかしくて、 しばらくルルーシュの顔を直視できなかったのだけれど。


「おかあさん」
「なんだ?」
「リィね、おかあさんだ〜いすきっ!」


 こんなふうに好意を素直に伝えることができるところは一体誰に似たのだろうか、など、疑問に思うことも多々あって、 だからこそ子育てに飽きるどころか夢中になっているに違いないのだ。
 私も大好きだぞ、と返せば幼子は嬉しそうに笑う。
 赤子をベビーベッドに寝かせたルルーシュが少し不貞腐れたような貌をしているのが見えたから、「お前も大好きだぞ」と言ってやると、ルルーシュは 笑うどころかそっぽを向いてしまった。
 本当は嬉しいくせに、まったくもって素直じゃない。
 赤子も幼子のような素直な子に育ってくれるだろうかと、あまり深刻に悩んでもいないことをぼんやり考えながら、C.C.は小さな身体をぎゅっと抱き締め直した。












『シアワセ小箱』


家族が増えて、幸せも倍増なのです




2011/ 2/ 1 up