キセキのような運命




 超合集国連合最高評議会の決議を待つ間、C.C.はルルーシュに寄り添って過ごした。
 投降は何の障害もなく終わり、当然のごとくルルーシュと引き離されそうになったのだが、しかし一緒に居ると言い張ったC.C.が「力ずくで離すと云うのなら殺せ」と 凄んだらさすがに平の団員は怯んで、結局カレンの仲裁でルルーシュと同じ部屋に居られることになったのだ。
 ふたりで居るからといって、することは特にない。
 話しておかなければならないことも特にないし、常に見張りが立っている状況下で迂闊なことは云えないから、互いに声を発することもあまりない。
 それでも傍にいることが重要だった。
 いつ尽きるとも知れない時間。
 何もすることがないときの一秒はとても長く感じられるが、それでもその一秒が惜しかった。
 ただ手を繋いでベッドに腰掛けているだけ。
 手を離すのは食事のときと用を足すとき、それからシャワーを浴びるときくらいだろうか。 眠るときも手を繋いだままベッドに入り、しかし抱き合うことも口づけを交わすこともなく一日を終わらせる。
 監禁されているとはいえ美少女同伴が許された大量虐殺者に対して、初めは監視員の眼も厳しかった。ごく当たり前のようにひとつのベッドに入るふたりを見て 慌てたりもしていたが、寄り添う以上の行動をおこさないふたりにすっかり油断してしまったのか、3時間交替で監視にあたる者全員が今や 所定の位置にただ立っているだけだ。
 ・・・もっとも、彼らの眼を盗んで抱き締めてほしいとか、そんな欲求もないのだけれど。
 ただ、時間が許す限り傍にいたいとC.C.は願っていた。




           しかしそれは、別れが前提の願いで。




 監禁生活開始から数日経った、ある日。
 突然訪れた面識のない男が監視の交替要員ではないことを悟ったC.C.は身を固くした。


「超合集国連合最高評議会の審議会が終了致しました。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア元皇帝、議場へお越しください」


 張りのある雄々しい声で告げられた言葉。それは今まで幾度となく受けてきた自らの死刑宣告よりもよほど恐ろしく聴こえた。
 心臓がバクバクと大きく音を立てる。
 逆にサッと腰を上げたルルーシュには未練など微塵も感じられなかった。


「ッ・・」


 竦む足を叱咤しながらC.C.も腰を上げる。
 最期までルルーシュと在ること。それが魔女であったC.C.の意地と責任であり、女としての情なのだ。それだけは誰に馬鹿にされようとも 改めるつもりはなかった。
          なのに、対象は悪逆皇帝だけだと呼出係に制止され、それでも無理を通そうとしたC.C.を留まらせたのはルルーシュだった。
 監視員たちとC.C.の間に立ちはだかるように、ルルーシュはC.C.と向かい合う。
 お前はここに居ろ、と告げたルルーシュの貌に憂いはなかった。


「今までのこと、感謝している。・・・ありがとう」
「ルルーシュ・・」


 ルルーシュからの、二度目の謝辞。
 それに応えるべきだったのだろうが、最後の最後になって置いて行かれそうな状況に動揺して、C.C.はうまく笑みをつくれなかった。
 生きてほしい        そのルルーシュの願いが解らないわけではない。しかしそれ以上に離れ難くて仕方がなかった。
 まるで、迷子になった子どものよう。
 そんなC.C.を前に何を思ったのか、ルルーシュは距離を詰めて、ふわりとC.C.の唇を掠め取った。
 もうずっと油断しっぱなしの監視員たちは気にも留めてないだろう。


       ッッ、・・」


 C.C.が怯んだ隙をついてルルーシュは何事もなかったかのように踵を返した。
 繋いだ手がするりと解けても掴みなおすことができなくて。言葉を発することもできず、一歩も動けないうちに扉は閉ざされる。
 監視員すら残らず、閉鎖的な小空間に、ひとり。
 完全に置き去りにされて途方に暮れたC.C.は膝の力が抜けてベッドに逆戻りし、そのまま横に倒れ込んだ。
 頭の中は真っ白で、正常には働いてくれなかった。
 ずっと握っていたルルーシュの手の感覚が、掠めていった唇の感触がまだ残っている。ただそれだけを感じて横たわっていた。
 いまだ実感が湧かない『別れ』を受け入れることができないからなのだろう、涙すら零れない。
 そのままルルーシュのことを想って伏せていたのは10分か、それとも10時間か。
 時間感覚はとっくに狂いきっていたので定かではないが、ふいに電子音が鳴って誰かが入室する気配があった。誰であっても興味はなかったから 瞳を動かすことすらしなくて、「・・・C.C.ッ!」と威勢の良い声が響いても反応を返さなかったけれど。
 声の正体がカレンだということくらいは認識している。
 しかしそれも、騒々しいと内心で思う程度だ。


「ちょっと、無視しないでよ! 聞こえてるんでしょ!?」


 ズカズカと枕元まで寄ってきた少女が視界の端に映った。
 らしくもなく、カレンの顔には多少の疲れが滲んでいる。
 おそらく、黒の騎士団も激変した世界情勢に合わせて慌ただしく活動していたのだろう。 そのあたりの事情を思慮する心まで失ってはいなかったが、しかしカレンに「ついて来て!」と騒々しく促され、今度はC.C.が貌を歪めた。


「今のうちに逃げろ、なんて云ってくれるなよ」
「云わないわよ。そもそもアンタ、罪に問われないし」


 ベッドに伏せたまま鼻で笑うC.C.に対し、カレンはピシャリと言い放つ。
 そればかりか「とにかくついて来て!」とあまりに強くカレンが云うものだから、C.C.は心底嫌そうにノロノロと身体を起こした。
 動こうという意志が欠けている所為か、身体がひどく重い。
 カレンに腕を掴まれ、なかば引きずられるような恰好で拘置室を出たC.C.は、まだルルーシュの気配が色濃く残る部屋に未練を感じたけれど、 そんな内情をカレンが酌んでくれるはずもなく、ついには斑鳩を降りて超合集国連合の本部事務局の建物内へと連れてこられた。
 これで本当に騎士団の監視下から逃れたということだが、迷いなく進むカレンには目的地があるようで、C.C.はされるがまま奥へ奥へと引きずられていく。
 審議会がそこまで長引いているのか、事務局内は不気味なくらい静まり返っていた。


「紅月です」


 あまり立ち入ったこともない建物内を進んでいくうちにようやく一室の前で立ち止まったカレンは、電子パネルに向って入室許可を請う。 それに応じて扉はすぐに開いたが、カレンは先に入ろうとはしなかった。
 代わりにC.C.が無理やり押し込まれる。
 突然のことに足を縺れさせながら部屋に入ったC.C.はカレンに食って掛かろうとして、しかし室内に居た人物を見止めて声を失った。
 バシン、と背を叩いてさらに部屋の中へ押し込もうとするカレンすら意識の外だ。


「これもみんな神楽耶さまのご尽力のおかげなんだからね」
「まあ、天子さまのお力添えもありましたわ」
「だって・・・私も助けてもらったから・・」
「それから、玉城なんか署名運動まで始めちゃうし」
「あら、カレンさんもご署名されていたでしょう?」
「か、神楽耶さまっ!」


 カレンと、部屋で待っていた神楽耶たちとが明るく言葉を交わしていくが、C.C.の耳にはまったく入っていなかった。
 部屋の中央に立つ、長身の男。
 C.C.の意識はその存在に囚われっぱなしだった。




「ッ、・・・・ルルー、シュ・・」




 逢いたかった、でも二度と逢えないと思っていた、特別な存在。
 別れたときと同じで皇帝衣姿であるにも関わらず、まるで幽霊でも見ているような気分だった。
 似たような状況に陥った過去の契約者たちは皆一様に儚く生命を散らした。後の世で『浅はかな処断だった』と歴史書に綴られる場合もあるが、 所詮それは後の世の考えであって、負の感情が渦巻くその当時の人々に『生かす』という判断は存在しないのだ。
 だからこそ、今、嬉しさよりも困惑が先に立つ。




      C.C.」




 しかし耳に馴染んだバリトンが響いて、ようやく眼の前に居るのはルルーシュだと実感したC.C.は、ふらりと一歩前に出た。
 ルルーシュの姿がゆらゆらと歪む。
 涙が溢れたからなのだと気付いたのは、大粒の涙が頬を伝い落ちた後のことだ。
 嬉しくて、嬉しくて、ホッとして。
 膝の力が抜けそうになって、グラリと身体が傾いた瞬間に抱き留められる。
 力強い、男の腕。憶えのある感覚と匂いにまた涙が溢れて、無我夢中で男の背に腕をまわした。
 悟りすら開けそうな心境で臨んだ数日間を返せ、とは思わない。どうしてルルーシュがここに居るのかなんてこともどうだってよくて、ただただルルーシュが 眼の前にいる喜びを感じているのだ。
 泣いて、泣いて、また泣いて。
 感情の波が引いてC.C.の涙が止まるまで、ルルーシュは何も云わなかった。
 呼吸が落ち着く頃合を見計らってルルーシュの腕が緩む。しっかりと縋り付いている以上にしっかりと抱き締められていたことを知ったC.C.は まだ抱き締めていてほしいと思ったが、ぼんやりする頭の片隅で状況説明を欲している自分も存在していたから、意外と厚い胸から顔を剥がして ルルーシュを見上げた。


「条件付きで無罪放免、だ」


 大量の涙と少々の鼻水で汚れたC.C.の顔を自らの袖で拭いながら、ルルーシュは云った。


「最高評議会の特別顧問なんて、罰にすらならないのにな・・・」


 C.C.が話を呑み込めていないことを察したのだろう、ルルーシュは「超合集国連合最高評議会の特別顧問として世界に尽くせ、だそうだ。願ってもない 好条件だろう?」と、C.C.の瞳を覗き込みながら付け加える。 そこでルルーシュが死刑を免れたことをなんとなく理解したC.C.はようやく周囲を見渡す余裕が生まれた。
 いつの間に出て行ったのだろう、カレンたちの姿はすでになかった。
 ふかふかの絨毯が敷き詰められた10畳ほどの部屋には扉の正面に立派な木製のデスクがあって、その背後の壁には一面に埋め込み式の本棚がある。 左手側には全面ガラス張りの窓で、今はブラインドが降りているが、開ければ斑鳩が停泊する港を一望できるのだろう。窓の傍には観葉植物が置いてあり、 革張りのソファーセットまで置いてある。
 まるで執務室のようなこの部屋が、特別顧問に任命されたルルーシュに宛がわれた部屋なのだろう。
 C.C.の身体からますます力が抜けた。
 何かにしがみ付いていなければ座り込んでしまいそうになる。それを正しく理解しているのか、 ルルーシュが腰を抱いてくれているおかげでC.C.は何とか立っていた。


「アリエスの離宮に居住を許された。調整が済み次第、ブリタニアへ渡ろうと思っている」


 ルルーシュ得意の優しい嘘ではないことが着実に現実味を帯びてきて、C.C.の胸に再び歓喜が襲ってきた。
 よかった。本当に、本当に。
 鼻の奥がツンと痛んで瞼の裏が熱くなって、嬉しいのに涙しか出てこない自分をこれ以上見せたくなかったC.C.はゆっくり顔を伏せた。
 額をルルーシュの胸に押し付ける。
 コードの呪いが解けた白い額と、力強く鼓動を刻む心臓。ゼロ・レクイエム計画の完遂を目指して奔走していた頃のふたりが見たら都合のよい夢だと思うだろう。




        一緒に・・・・アリエスへ来てくれないか?」




 心に沁みる、ルルーシュの声。
 散々泣いて思考能力が著しく低下していたけれど、ルルーシュの言葉はすんなりと理解できて、額を押し付けたままC.C.はコクリと頷いた。


「ああ、いいぞ」
「・・・・・、・・もう共犯者じゃないからな」
「・・う? ん」
「っ、だからっ・・・」


 C.C.にはまったく異存がなかったので二つ返事で了解したのだが、ルルーシュはそんなにあっけらかんと合意が得られると思っていなかったのだろう。 口ごもったルルーシュにギュッと抱き締められたかと思ったら、急に肩を掴まれて引き剥がされた。
 降ってきたのは唇だ。
 熱に揺らめくアメジストがゆっくりと瞼の裏側に隠れて、さらに唇が押し付けられる。


「・・・・・・・、ッ・・・・・ん、んンッ!?」


 突然のことに驚いてC.C.が固まっている間に舌が入り込んできた。その頃にはC.C.の瞼もすっかり下りていて、あたたかい舌の感触に全神経が集中する。
 ひとつの生き物のように口内を徘徊する舌。その動きは少し強引で、ぎこちなくて・・・でも何かを伝えようとしている。
 こんな手段に訴えるなんて、ルルーシュらしくないと一瞬だけ思ったけれど。
 制御できないくらい感情が膨れ上がったとき、ルルーシュはその感情をストレートに行動へ反映させる男だったとすぐに思い出した。
 大人びているようで、子ども染みている男。
 誰よりも大切な       ・・・


「・・・ン・・」


 舌を解くと、クチュッと音を立てて唾液がふたりの舌を銀糸で繋いだ。
 しかしそんなことなど気に留めた様子もなく、唇が触れ合うくらいの至近距離で見つめ合ったままルルーシュは云うのだ。




「一生、俺と生きてくれ」




 その貌は真剣そのものだ。
 馬鹿だな・・とC.C.は思う。今さらそんなこと云わなくてもいいのに。
 でもそれ以上に嬉しかったから、C.C.は少し背伸びしてルルーシュの唇にチュッと唇を押し付けた。




「知っていたか、ルルーシュ。私は・・・お前とでなければダメなんだ」




 そう云った瞬間にきつく抱き締められて息が詰まる。
 そんなに想われていたとは知らなかった、と耳に吹き込まれてゾクッと鳥肌が立ったが、負けじとルルーシュの背を抱き返すことで気を紛らわせた。
 今ここに在る幸福を感じていたいから。
 たったひとりと決めた男に、C.C.はいつまでも身を委ねていた。






 王の力は人を孤独にして破滅に追い込むだけではない、と。
 呪われた運命を負う魔女は、呪われた運命に抗い続ける皇子と出逢い、初めて知る。
 そのキセキのような巡り合わせが、今ここでふたりを繋いでいるのだ。












『キセキのような運命』






2011/ 1/12 up