六花舞う朝に




 明日はホワイトクリスマスになるな、と昨晩C.C.は嬉しそうに云った。
 自らを雪に例えたことといい、雪は好きなのだろう。
          だからといって、起き抜けの朝一番に薄手のナイトドレス一枚で外に出ることはないんじゃないかとルルーシュは思うのだが。
 ふと目が覚めて、あたたかい身体を抱き寄せようとして、しかし冷たいシーツの感触しか得られなかったときの空しさといったらなかった。 普段は残していく立場なので気にも留めていなかったが、これは結構堪える。しかもすぐに戻ってくると思っていたC.C.がなかなか戻らなかったから余計に、だ。
 アリエスの空調システムは時間になると自動で暖房が入るように設定されているから、建物内は震え上がるほど寒くはない。 しかし『震え上がるほど』寒くないのであって、肌寒いと感じる程度には室温が低かった。
 それもそのはず、アリエスの離宮はペンドラゴンの中心地から離れていることもあって、多くの自然がそのままの状態で現存している。 雪が降るとなったらとことん降るし、とことん積もって、終いにはどこまでも続く白銀と深緑の連なりが窓から拝める唯一の風景となってしまうのだ。
 そんな中に薄着で出るなんて自殺行為だと、何故気付かないのか。
 まして長時間居座り続けることが何故可能なのか。
 温室育ちの元皇子様は、防犯用監視カメラの記録を確認して愕然とした。
 そこで急いで着替えを済ませ、C.C.のストールを引っ掴んで寝室を飛び出してきて今に至る、というわけだ。
 長い廊下を大股で渡り、ようやくエントランスホールへ続く階段に出る。
 皇妃が住まう宮殿としては小さい部類に入るアリエスだが、ルルーシュとC.C.が生活するだけとなった今では無駄としか云いようのない巨大な建物に、 ルルーシュはハァと息を吐いた。
 その息は白く、階段を下りるルルーシュの背後に残って、やがてふわり消える。
 廊下の窓から眺めた限りでは、サンタクロースのソリが充分滑るくらい雪が積もっていた。一晩で降り積もる量としては妥当なところだろうか。
 重厚な造りの大きな玄関扉を薄く開いた途端にヒュゥウウッと風が吹き込んできて、皮膚を切り裂くような冷たさにルルーシュは一瞬怯んだが、 それでも扉を押し開く。
 重い割には不快な音ひとつ上げない扉の向こう側。
 そこは純白の雪が光を乱反射して、目が眩むほど眩しかった。




「・・・ルルーシュ?」




 アリエスの離宮の正面玄関前には小さな噴水があり、車を横付けする道路が噴水を囲むように円形を描いている。そこから階段を3段上ると 畳10枚分の広さはあるであろう大理石製の玄関ポーチで、ルルーシュが開けた玄関扉に続いている。
 C.C.は玄関ポーチにいた。白いスカートを翻して振り返って、ルルーシュの名を呼んだ後に「おはよう」といつもの調子で云う。
 しかしルルーシュの方は平然としていられなかった。


「ッ、・・・・なんだコレは・・?」


 眩しさに慣れた後、視界に飛び込んできたのは玄関ポーチに並んだ雪だるまの大群だったからだ。
 一つひとつはそれほど大きくなく、一番大きいものでも全長30センチくらいである。しかし2、3個などというかわいい数では済まされず、それこそ『押し寄せる』と 表現するのがピッタリなくらい大量だったものだから、驚きもひとしおだった。
 玄関ポーチにも雪は吹き込むが、それでもよくこれだけの雪だるまを作れたものだと、感心と呆れとを半分ずつ味わったルルーシュは、 まだせっせとミニ雪だるまを量産しているC.C.にストールを掛けてやる。


「さすがルルーシュ、気が利くじゃないか」
「そりゃどうも」


 これだけの雪だるまを作るのにどれだけ時間が掛かったのか、C.C.の手は赤く腫れている。頬も鼻も真っ赤で、ストールだけでは不充分だったことにようやく気付いた。 こうなったら一秒でも早く建物の中に引っ張り入れるべきだが、納得するまで梃子でも動かない女であることは百も承知しているので、 ルルーシュはコートのポケットに手を突っ込んで寒さに耐えながらC.C.を待つことにした。
 C.C.の隣に屈んで雪だるまを観察する。
 大量のミニ雪だるまは玄関ポーチをぐるりと囲むように並んでいるが、いくつかの群れに分かれているようにも見えた。
 どこで拾ってきたのか、一体ずつご丁寧に小枝の腕が生えている。
 枝の先を使って窪みをつけることで目も表現されているし、なかなか表情豊かだ。
 怒られることは承知の上で眼の前のミニ雪だるまに触れると、予想通り冷たくて指先がジンジンと痺れてきて、そして予想通り「触るなっ!」と怒声が飛んできた。


「まったくこのシスコンは・・」


 しかし溜息交じりでそんな台詞を吐かれるとは予想していなかったものだから、ルルーシュは「ハァ!?」と思いきり怪訝な貌でC.C.を見遣った。
 するとすでに横目でじとりと睨んでいたC.C.は、ルルーシュが触れたミニ雪だるまを指差しながら「これはナナリーだ」と断言する。


「隣はスザクで、これは咲世子、そっちのはロロだ」


 次々と指差される雪だるまは、確かにサイズも顔つきもそれらしかった。
 ブリタニアの親善大使として現在日本で活動しているナナリーと、彼女を補佐する者たち。その隣の群れには日本で暮らす元騎士団メンバーが顔を揃えていて、 カレンや扇、藤堂、千葉、ラクシャータを始めとした面子の中に玉城がきちんと含まれていることに意外性を感じたが、中には ルルーシュが記憶を失くしていた1年間共に闘ってきた卜部もいたりして、口では何だかんだと云いながら情に厚い女だと改めて認識させられた。
 他にも、日本勢の近くには神楽耶や天子たちが、離れたところにはゼロ・レクイエムを支えてくれたロイド、セシル、ニーナや、現在もルルーシュの部下として 諜報から雑用までこなすジェレミアがいる。
 さすがに「これはシャルルとマリアンヌと・・・V.V.だな」と3体を指されたときには驚いたが、C.C.の中で顔と名前が一致する者全員分を作りたかったんじゃないかと 思ってからは、シスターやマオの名が出てきても驚かなかった。
 それよりも、まったくと云っていいほど面識がなかったはずなのに、「あの、ピンクの皇女」とユーフェミアまで作っていた事実に ルルーシュは少なからず衝撃を受けた。
 初恋の少女を狂わせ、自らの手で殺したあのとき。受け入れたくない現実に押しつぶされそうになり、どうしても動揺を抑えられなかった ルルーシュを抱き締めてくれたC.C.は、あのときの記憶が色濃く残っているのだろうか。
 多少気まずい思いをしながらルルーシュが隣をチラッと見遣ると、熱心に解説を続けるC.C.が「・・・で、あっちのがお前とキスした茶髪の女」と淡々と云ってのけたので さらにドキリとしたが、それは単にシャーリーの名前が分からなかったからそう表現しただけのようで、特に怒っているとか機嫌が悪そうな印象は受けなかった。
 それはそれで空しいような気もするが。
 しかし確かにルルーシュにとっては懐かしいアッシュフォード学園の面々が非常に欠落していて、シャーリーの存在が出てきただけでもすごいことのように思えた。
 C.C.と出逢ってまだ数年。
 その間の出来事はルルーシュの人生の中でも特に重要で、決して忘れられないことばかりだ。


 罪と罰、そして救い。


 出会った人、殺した人、失った人も同じように重要で、こうして眼の前にカタチをもって見せ付けられると、改めてここ数年の自分自身を考えさせられる。
 こうしてしみじみと雪だるまを眺めていたものだから、ルルーシュは気付いてしまった。


「C.C.、・・・・あれは誰だ?」
「ん?」


 C.C.が先程量産していたのは彼女の過去の契約者たちのようで、それらとは別の場所に、しかも他の雪だるまたちとも離れたところにすごく小さな雪だるまが ポツンと立っている。
 隣で小首を傾げるC.C.は明らかに思い当たる節がないように見えた。製作者が思い出せないのであれば知る手立ては他にないのだが、 しかしふと閃くものがあって、ルルーシュは悪戯めいた貌でC.C.に手を伸ばした。




        案外、ここにいるのかもしれないな」




 そう云ってナイトドレスに覆われた薄い腹をそっと撫でたルルーシュの手にC.C.はきょとんとした表情を浮べて、次の瞬間、はじけるように破顔した。
 「最高のクリスマスプレゼントじゃないか!」と答える声が弾んで聞こえる。
 C.C.の身体年齢は推定16歳前後。子どもを産むには少し早いような気がして、あと数年はふたりだけの生活を続けようと考えていたのだが、C.C.が 望むのであればそのつもりで励んでもいいかもしれないとルルーシュは思い改める。
 冷え切った身体を抱き寄せて屋内へと促せば、微笑みさえ浮かべて従うようになった女。
 利益を貪り合うだけの関係から支え合い生きていく関係に変化した、最愛の嫁だ。


「さすがに冷えるなぁ」


 吐息で白く霞むエントランスホールを進む間も、C.C.はストールを掻き合わせている。
 暖炉が煌々と燃えるリビングに着いたらまず温かい紅茶を淹れてやるかと、長年の苦労生活の中ですっかり染み付いた世話焼き体質が発動したルルーシュは、 常であれば執務室でメールをチェックする時間が迫っていることにも気付いていた。
 しかし、今日は12月25日       クリスマスだ。
 銃弾が飛び交い、ナイトメアが大地を駆る戦場の最前線ですら戦闘が止む、この日。
 時差の関係ですでに日付が変わっている国も多いけれど、それでもブリタニアは今まさにクリスマスなのだから、今日くらいゆっくり過ごしても罪に問われる ことはないはずだ。
 世界中から届いたクリスマスカードで賑わうリビングにC.C.を通したルルーシュは、まだヒヤリと冷たいC.C.を抱き締めて、年に一度の特別な日にほんの少し 感謝した。












『六花舞う朝に』




2010/12/25 up