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ブルッ・・、と。 上掛けの内側に侵入してきた冷気に身震いしたルルーシュは、その所為で意識が浮上した。 携帯電話で確認した時刻は、午前5時32分 寝巻代わりのノースリーブから出た腕が寒さで痛みを訴える前に上掛けの中に非難させて、再び瞼を閉じる。 妙な時間に目が覚めた。次第に意識が薄れていく中でそう考えたルルーシュは、しかしその原因に思い至った次の瞬間、勢いよく跳ね起きていた。 WHITE SNOW トウキョウ租界に雪が積もるのは非常にめずらしいことである。 年に何回か雪が降ることはあっても、地上に舞い落ちた時点で溶けて跡形も残らないのだ。 しかし今朝はかろうじて1cmほど雪が積もった。それはまるで純白の絨毯で、しかし陽が一瞬でも当たれば消えてしまうに違いない、とても儚いもの。 そのつかの間の雪原を楽しむように、C.C.は拘束衣の裾を翻しながら足跡を刻んでいた。 丁寧に、丁寧に。 まるで世界の色を塗り替えるように。 もう10分はこうしているだろうか。 ふと目が覚めて、外が不思議と明るいことに気がついて、枕元のカーテンを捲ってみれば外は一面雪景色だった。そこで身体が疼いて、 とりあえず拘束衣だけ纏って出て来たはいいものの、外は案の定寒い。 それでも誰ひとりとして踏み荒らしていない雪の上を歩くのは存外楽しくて、ついつい長居しているのだ。 雪の白。 自分の色を忘れた、成れの果て。 己と同じ 『・・・だが、白い雪は綺麗だと思う』 「 しまった、と思ったときには遅かった。 拘束衣と揃いのブーツはヒールが高いうえに、滑り止めが施されているわけでもない。 凹凸のあるコンクリートの上ならまだよかったのだろうが、あまり人目に触れないようにとクラブハウスの一階テラスから抜け出て、きれいに均された 石畳の上で遊んでいたものだから、らしくもなく足が滑ってしまった。 後ろへひっくり返って、尻もちをつく。 途端にシンと静まり返った世界で、指先に触れる雪の冷たさだけがC.C.を現実に引き留めていた。 『私は嫌いではない』 あれから幾度となく頭の中で繰り返した、共犯者からの言葉。 『雪』という単語が、比喩でも何でもない本物を指しているわけではないことくらい、分かっていた。 なのに、これまで気遣いを見せたことすらなかった男の、この言葉だけは素直に受け止めることができた。そんな自分自身が不思議でならない。 ほぅ、と吐き出すたびに白く渦を巻いて、そして儚く消えていく息のように不確かなものなのに・・・。 「 不意に、背後から声がした。 押し殺したような、不機嫌な低音。つい3時間ほど前にクラブハウスへ戻ってきた共犯者は、常であればこんな時間に目覚めることはない。 一瞬動じた。しかしその気配をそれ以上にふてぶてしい態度で覆って、何事もなかったように装う。 「さあな。のぞきをする悪趣味な坊やがいなければ、すぐにでも雪を払いたいところだが」 干渉は許さない、と言外に含めて完全な拒絶の言葉を云ったはずだったし、それを解さない相手でもなかった。 なのに 「・・・何の真似だ? ルルーシュ」 ルルーシュは立ち去るどころか横まで歩いてきて、さらには無言で手を差し出してきた。 意味は分かるが意図が読めなくてただルルーシュを見上げるC.C.に、それでもルルーシュは無言を貫き通す。 早くしろ、と云わんばかりの、その表情。 いつもの上着は羽織っているものの、やはり寒いのだろう、すこし青ざめた顔がいかにも睡眠不足の非健康優良児らしくて、なんだか哀れだと思ってしまった。 もうしばらく外の空気を楽しむつもりだったのに、ルルーシュの手に手を重ねた瞬間にグイッと引かれ、強制的に立ち上がらされたC.C.は、そのまま ルルーシュに引きずられるような格好で一階テラスからクラブハウス内に連れ戻される。 「ったく世話の焼ける」などとブツブツ文句を云うルルーシュに、だったら探しに来なければいいじゃないかとC.C.は思った。 しかし手は繋がれたまま、振り払うこともできない。 結局バスルームまで連行されて、口を挿む暇もなく湯を張られてしまっては大人しく風呂に入るしかなくなって。 長湯はするなだの、誰にも見つからないように戻ってこいだの、幾度となく聞いたセリフを繰り返すルルーシュをぼんやり見送ってからC.C.は行動を再開した。 暖かい湯に指先や足先がじんと痺れて、気付かないうちに相当冷えていたことを知る。 そういえば、ルルーシュの手も温かかった。直前までベッドの中にいたのだから、当たり前と云えば当たり前だが。 「・・・私も溶けて消えることができたら・・」 陽が射しても、雨が降っても溶ける雪。それと同じように、あっけなく消えて・・・ルルーシュの温かい手の中で死ぬことができたら、どんなにいいだろうか。 考えても意味がない、けれどそう遠くない未来に叶うであろう願いに思いを馳せて、C.C.は小さく笑みを浮かべた。
『WHITE SNOW』 2010/11/17 up |