お菓子をちょうだい




 電気すら通っていない山奥の生活ともなれば、早寝早起きが基本となる。
 なにせ、夜に活動しようにも明りがないのだ。もちろん蝋燭はあるし、日の入りとともに就寝・・ということはまずないけれど、それでも蝋燭を調達しに町へ往復するのも 結構な重労働だから、やはり無駄を省くためにも『するべき事は陽のあるうちにする』習慣がついてしまう。
 だから陽の長さと密接な関係にある季節の移ろいには人であったときよりも敏感になったのだが、逆に日付やカレンダーとは縁遠くなったルルーシュは、「おとーさ〜ん」と 幼子が呼ぶ声のした方に視線を落として、しかし思わず剥きかけのジャガイモを床に落としそうになった。


「みてみてー」


 そう云って、ちょこっと小首を傾げる、お気に入りのポーズを決めた幼子の、その格好。
 30分ほど前まではベージュ色の簡素なワンピースの上にピンク色の手編みのカーディガンを着て、裾に一重のフリルをあしらったライトグレーのレギンスを 合わせていたはずなのに。
 何気なく振り返ったら、黒のベルベットのワンピースにC.C.の黒いケープコートを重ね、黒いレースのハンカチを三角巾にして頭を覆った幼子が、 取っ手の付いたカゴを腕に下げて現れたのだから、驚きもするだろう。
 ケープに隠れたワンピースに見覚えがないのだから、尚更だ。
 まだ幼子ひとりで着替えはできないから、C.C.が絡んでいることは確実だが・・・これは一体どういうことだろうか     などと 内心訝しく思っていたルルーシュは、次の幼子の言葉に事態を理解した。




「とりっく おあ とりぃと」




 なるほど、今日は10月31日        ハロウィンなのだ。
 頭に被ったレースのハンカチの所為で魔女っ娘というより老婆のようだが、ルルーシュを見上げる紫水晶がキラキラと輝いているから、すっかり魔法をかけられて しまったルルーシュは、包丁とジャガイモを置いて膝を折った。


「C.C.が着せてくれたのか?」
「うんっ! かわいい?」


 新しいワンピースがよほど気に入ったのだろう、嬉しそうに問う幼子の頭を撫でながら、「ああ、かわいい魔女だ」とルルーシュは微笑む。
 目に入れても痛くない、愛娘。
 深い紫の瞳といい黒緑色の髪といい、まるきりルルーシュの色素ばかり継いだ幼子だが、顔立ちはどちらかといえばC.C.似だ。 しかしC.C.の子とは思えないくらい素直で聞き分けのいい子だから、悪戯なんて選択肢は端から持っていないらしい。 『かわいい』の言葉に満足して今にもC.C.のところへ報告しに行きそうな幼子を留めて、ルルーシュはお菓子の準備を始めた。
 まず用意したのは淡いオレンジ色のペーパーナプキン。すでに四つ折りになっているそれの中央が折り目の端になるようにさらに2回ほど折って、反対の端に鋏を入れれば、 複雑なレースがついた包み紙ができる。
 中に包むのは、手作りのビスケットだ。
 味はハーブとセサミの2種類で、丸型にしたペーパーナプキンの中央に同じ味のビスケットを3枚重ねて袋状に包む。 さすがにリボンやビニタイなんて洒落たものはないから、適当な長さに切った藁をリボン代わりに結び、レースの重なり具合を調整して完成だ。


「どうぞ、小さな魔女さん」


 ハーブとセサミをそれぞれ2袋ずつ作るのに3分も掛からなかっただろう。その間じっと待っていた幼子のカゴに4袋全部詰めてやると、 幼子は満面の笑顔で「ありがとうっ!」と抱きついてきた。
 しかし、すぐにひらりと身を翻す。
 いつものことながら少しばかりの寂しさを噛み締めたルルーシュは、小さな溜息を吐きながら腰を上げた。
 幼子が向かった先にいるのは、C.C.だ。
 ハロウィンの決まり文句が幼子の口から発せられたあたりから寝室のドアに寄り掛かってニヤニヤしていたのは気付いていたが、 幼子を前にすると一変してさやしい母親の貌になるものだから、ちょっと待てそれで子どもの信頼を得ているのはおかしいんじゃないかと不満のひとつもいいたくなる、 ルルーシュの嫁。


「おお、大漁だな。さすがは魔女わたしの娘」


 籠の中を見せられたC.C.が大げさに幼子を褒めて頭を撫でると、幼子の歓声が聞こえた。
 あのビスケットはC.C.が食べたいと駄々をこねたので焼いたものだったのだが、幼子があれだけ喜ぶのなら、ハロウィン用のお菓子にして正解だろう。 しかし、ハロウィンを祝うのなら前もって云っておけ・・と、あまり見栄えのしない急拵えのお菓子しか用意できなかったことだけは悔しく思う。
 だから、ルルーシュはC.C.に非難めいた眼差しをチラッと送ったのだが       ・・・




「あ、・・・おかあさんにも・・・・、とりっくおあとりぃと・・・してもいい?」




 おずおず、といった口調で幼子が訊いたものだから、それに目を丸くしたC.C.の貌をばっちり目撃したルルーシュは、なんだか胸のすく思いがした。




「ほぅ、魔女このわたしにお菓子を強請るとは・・・ これは魔王ルルーシュの血か?」




 しかし、本当の魔女の方が一枚上手だったらしい。
 幼子相手には絶対に見せない、口の端だけを釣り上げる不敵な笑みを幼子に向けて浮かべたかと思いきや、遠くでビシリと固まるルルーシュを余所に、次の瞬間には ニッコリと本当の笑顔になった。
 そしてポケットから何かを取り出すと、幼子が手に持つカゴの中、ビスケットの隣に添える。


「・・・あ」
「わぁぁあああ・・!」


 それをチラッと見たルルーシュが上げた声は、カゴの中を確認した幼子の歓声によってかき消されてしまった。
 無理もない。C.C.が与えたのは        かわいいキャラメルポットだったのだ。
 子どもの口に大きすぎない小粒のキャラメルが10粒ほど詰まったものだから、キャラメルポットもそこまで大きいものではない。 本体のコロンとした形が愛らしく、留め具のない蓋の取っ手部分には凹凸の細工が施してあるので、中身がなくなっても小物入れとして使えるだろう、それ。
 何より、ガラスではなくプラスチックだから軽く、幼子が落として割る心配がない点が素晴らしい。
 中身のキャラメルは一流のキャラメリエが作った、甘すぎず苦すぎない逸品だ。


「いいか? 一日一粒ずつだぞ?」


 そう言い聞かせるC.C.に幼子は大きく「うんっ!」と頷いて、やはり嬉しさを抑えられずにぴょこぴょこと跳ねて喜ぶ。
 ・・・・・そこまで喜んでくれるのなら、本望だ。
 しかし何やら釈然としない思いを抱えたルルーシュは、それでも幼子の思い出に水を差さないよう、着替えるために手を繋いで寝室に向かう母娘を無言で見送った。










         その夜。
 ぐっすりと眠る幼子の枕元には、クリスマスプレゼントよろしく、今日一日の思い出がたっぷり詰まったカゴが大事そうに置かれていた。
 どうやら幼子は寝入るまで飽きもせずに眺めていたらしい。
 幼子を寝かしつけたC.C.と入れ替わるように寝室へ足を運んだルルーシュはしばらく幼子の寝顔を眺めていたが、幼子が熟睡していることを確認すると、 静かに寝室を後にする。
 次にとるべき行動は、もう心に決めていた。


       C.C.」


 すでにソファーで寛ぐC.C.の隣に深々と腰掛けて、ルルーシュは腕と足を組む。
 C.C.の膝の上にはビスケットの皿、手にはホットミルク入りのマグカップがすでにスタンバイしていて、用意周到なことだとルルーシュは内心で舌打ちしたが、 そんな心情など一切貌に出さずに、横目でC.C.を睨めつける。


「よくも俺を嵌めてくれたな」


 すると自覚があるのだろう、C.C.の唇は不敵な孤を描いた。
 ・・・が、それでも落ち着き払ってホットミルクを啜るC.C.を見て、ルルーシュは肺の中が空になるまで息を吐き切る。
          そう、今日のハロウィンはC.C.の突発的な気まぐれなどではない。
 C.C.が1週間以上も前から秘密裏に計画して、しかもとことんルルーシュを使役したからこそ実現したイベントだったのだ。




 事の始まりは1週間前、C.C.が突然「キャラメルが食べたい」と云いだしたことから始まった。
 苦いのは嫌だとか、数は10くらいがいいとか、かわいいキャラメルポットに入ったのにしろだとか、やたらと注文をつけるものだから、 なんで俺が・・とルルーシュは不満に思いつつも、頼られることが嬉しくて。
 つい生来の凝り性まで顔を出して、納得できるものを探すために、気付けば遠くの街まで足を運んでいたのだ。
 おかげで3日も彷徨い歩いたルルーシュは、さすがに半日くらいベッドから動けなかった。
 それでもルルーシュが望んだとおりの笑顔をC.C.が見せたから、遣る瀬無い気分を立て直すことができたというのに。
 しかし一向にキャラメルに手をつける気配がなく、今日は今日でビスケットが食べたいなどと急に云うものだから、訝しく思ってはいたのだ。
 それもこれも、すべては幼子にハロウィンを満喫させるための、C.C.の根回しだったというのなら納得がいく。
 どうせ幼子が自分からC.C.にお菓子をねだらなくても、C.C.がそれとなく促してキャラメルポットを与える算段だったのだろう。
 ・・・まぁ、それはそれで別に構わないのだが。
 とにかく。


「するならすると云っておけ。知っていればもっと完璧に仕上げた」


 イベント、と聞くと無条件で拒否反応を起こしてしまいがちなルルーシュだが、それは過去にあまりいい思い出がないからであって、 幼子やC.C.のためなら協力を惜しむつもりはない。
 キャラメルだって同じように3日掛かっても探しただろう。
 ただ、とにかく、知らされていないという事実が気に食わなくて、何やら釈然としない思いを昼間から抱えていたのだ。
 しかし       ・・・




「だから、なかなか楽しいドッキリイタズラだっただろう?」




 つまり、初めからルルーシュへの悪戯も兼ねていたのだ、と。
 クスクスと笑い声を洩らしながら云うC.C.が目元を綻ばせるから、ルルーシュはもう肩をすくめるしかなかった。
 しかしそこで終わらせないのが負けず嫌いのルルーシュらしいところで。
 組んだ手足を解いて、C.C.のほうへ身を乗り出す。
 皿やマグカップを落とすといけないからルルーシュは無茶なことができないと踏んでいたのだろうが、それは逆にC.C.も不用意に動けないということで、 ルルーシュはソファーの背もたれに両腕をついて、アッという間にC.C.に覆いかぶさるように距離を詰めた。




「だったら、俺も悪戯で返してやろうか?」




 低い声で囁いて、最後にニヤリと唇の端を歪めれば完璧だ。
 これでC.C.の動揺した姿が少しでも見られれば儲け物だとルルーシュは考えていたのだが、澄んだ琥珀色の瞳をパチパチと瞬かせてルルーシュを見上げたC.C.は、 しかし不意にやさしく微笑んで、軽く腰を浮かせた。
 ホットミルクの熱で温められたC.C.の右手が、ルルーシュの頬に触れる。
 動揺の「ど」の字も見つけられないまま重ねられた唇は、音も立てずにすぐ離れていった。




「悪戯でもお菓子でも構わないが、この子が生まれるまではお預けだ」




 そう云ってC.C.は自らの腹をポンと叩く。
 再びソファーに納まったC.C.の腹は春のころよりずいぶんと大きくなって、確かに生命が宿っているのだと一目で分かるほどになっていた。
 もっとも、相変わらずC.C.は身体のラインが細く、腹だけが出ている状態だから、ワンピースの下に冗談で小ぶりのマスクメロンでも入れているのではないかと 疑ってしまえるのだが。


「・・・ああ、そうだな」


 ルルーシュはソファーの背から右手を剥がして、そっとC.C.の腹に添えた。
 タイミングよく内側からC.C.の腹をポコンと蹴った胎児は、あと2か月と待たずに生まれてくる。
 ルルーシュがどんな悪戯をするのだとC.C.が思ったのか定かではないが、確かに今のC.C.は絶対安静だ。




 来年のいまごろは家族がもうひとり増え、さらに賑やかな毎日になっているんだろうな・・と、そんな未来に思いを馳せて、ルルーシュは笑った。












『お菓子をちょうだい』


2010年ハロウィン話でした
遅刻してゴメンナサイ・・!




2010/11/ 1 up