常世の雪解け




 綿雲が浮く青空を透かして見ることができるガラスの天井は、目にも鮮やかな碧色である。・・・にも関わらず碧色が落ちることのない画廊は、 常に透明な光彩に満ちていた。
 美術館を思わせる、Cの世界。
 現在という概念を欠いたその亜空間は、連綿と繋がる過去の記憶だけで構成されている。
 空間的な広がりに果てはない。
 しかしどれだけ彷徨い歩き、翼廊へ逸れたとしても、巡りめぐって始まりの絵に辿り着いてしまうのがこの亜空間の摩訶不思議なことろであり、Cの世界が 現実世界とは異なる次元に位置する世界であることを示していた。
 その、始まりの絵の前。
 この世界の管理者である女は、宙に浮く大きな絵画ではなく床に置いたノートパソコンの液晶画面に視線を注いでいた。
 「ふぅん・・」と感嘆の声を上げ、しかし抑揚のない調子で淡々と続ける。


「綺麗なものね」


 深い琥珀色を湛える双眸を捕らえて離さない液晶画面の中にいるのは、ひと組の男女だ。
 黒髪の青年と、Cの世界の管理者とまったく同じ姿かたちをした娘。
 画面は監視カメラの映像が切り替わるように時おり視点が変わっては、薄闇の中で仲睦まじく線香花火を楽しむふたりの様子や線香花火を映し出していた。
        これは、現実世界にいる『自分たち』の、現在の様子だ。


「線香花火は初めてか?」


 ふと、真下から声が掛かる。
 床に横座りした女の膝を我が物顔で枕にしている男を見下ろして、女は「ええ」と首肯した。


 この男は、過去しか閲覧することができないCの世界に“現在”を持ち込んだ男である。


 生きている限り、人の理から外れたC.C.であっても日々大量の情報を受け取らなければならない。
 その中でも現実世界のC.C.が覚えていられなくなった記憶という情報を保管しているのがCの世界であり、管理者である女はC.C.でありながらC.C.の過去しか持たず、 ただ記録の修復と管理をするために存在していた。
         それなのに、固有の世界を有しているにも関わらずCの世界へ度々やってくる男が、持参したノートパソコンで、 彼女が知り得ない『彼女自身』の現在を彼女に与え始めたのである。
 以前、C.C.の庇護によりこの世界へ送られてきた少年と同じ容姿をしながら、余所余所しい空気を纏っていた彼と本当に同一人物であるのか疑わざるを得ないほど、 男はCの世界へ度々やってくる。そして寛げる場がないことを言い訳に、管理者である女によく膝枕を強請るのだ。
 積極的に受け入れる理由はないが、拒絶する理由もなく。
 ゆえに女は画廊の隅に腰を下ろし、いつも男に膝を貸している。


 C.C.の中で過去となった記憶が記録として蓄積されていく、Cの世界。
 この世界を司る管理人が一度として黒髪の青年との記録と接していないという事実は、C.C.にとって彼がどれだけ大切で重要な存在であるか、云うまでもなく如実に 示していて      ・・・


「ワタシは、アナタに逢えて幸せなのね」


 しかし、事実を並べて推測などしなくても、液晶画面の向こう側で黒髪の青年に寄り添っているC.C.の貌を見れば、そんなこと一目瞭然なのだ。


「それは光栄だな」


 C.C.に変化をもたらした青年と起源を同じくする男も、画面を見つめて満足そうに微笑む。
 その横顔を見つけてしまった管理者C.C.は、表情を変えないまま、膝の上の黒髪を愛おしそうに梳き始めた。












『常世の雪解け』


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2010/ 8/17 up
2010/ 8/18 誤字訂正