クプレB




 なぜ俺がこんな目に・・・、と。
 軒下で家の壁に寄り掛かって、ルルーシュは釈然としない思いを抱えていた。
 『こんな目』というのは今まさに軒下に立っている状況のことで、なぜそんなところに立っているのかというと、C.C.に追い出されてしまったからである。




 事のはじまりは、C.C.が「この子の名前を決めよう」と云ったことからだった。
 半分森に没したギアス教会近くのこの家に住み着いて十数年、いつかは出来るだろうと思っていたけれど本当に意外とあっさり出来た、ふたりの初めての子は、 しかしまだC.C.の腹の中に居る。C.C.曰く、名前を付けるとより愛着が湧くからとのことだが、それは子どもが生まれることに不安を拭いきれていない夫に 対する厭味のようで、良い気分になれなくて。
 そもそも男か女かも分からないし、あまり考えたくはないが無事に生まれない可能性もあるから、ルルーシュはC.C.の提案に首肯しなかった。
 そんなルルーシュを尻目に、C.C.は鼻歌でも歌いだしそうな貌でソファーにゆったりと掛け、腹を撫でながら「お前はどんな名前がいい?」などと腹の子に訊くのだ。 だから厭味のつもりで「まさかとは思うが、“チーズくん”とでも名付ける気じゃないだろうな」と云ってやったのだが、それがC.C.の琴線に触れたらしい。 途端に口を噤んだC.C.にぐいぐいと背を押され、家の外に追い出された揚句に鍵を掛けられてしまった、という次第である。
 当然、ルルーシュはこの突然の暴挙に「何するんだ!」と叫んだ。
 ・・・が、扉の向こうから「この子を何だと思っている!?」と、ルルーシュの3倍はあるだろう勢いでC.C.が咆えて。
 その勢いに押されたから、というわけではないが、結局ルルーシュが折れて現状に甘んじている、というわけである。
 古い家であるから、いくら痩身のルルーシュでも体当たりすれば木の扉くらいブチ破れるだろうが、後で修理することを思えば得策ではないし、C.C.の 機嫌が直らないことには同じことが繰り返されるだけだろう。一番やっかいなのはC.C.自身が出て行ってしまうパターンで、 安定期に入ったとはいえ無茶はさせられないから、ルルーシュもこうして追い出されたままでいるのだ。




 ルルーシュは軽く溜息を吐いた。
 扉の前から窓脇へと移動したのは中の様子を探るのに都合がいいからであって、いかにも締め出されましたと云わんばかりの自分の姿に我慢ならなくなったわけでは 決してない。
 しかし、いくらC.C.が常識で量れない女である上に荷物まで抱えているとはいえ、現状を打破する策が浮かばないのは策略家として腹に据えかねるものがあった。
 C.C.の機嫌を取ろうとする己の図というのも虫唾が走る。
 これじゃあまるで不審者じゃないか、と、誰が見ているわけでもないのに気まずさで貌を歪めながらルルーシュが窓に視線をやると、カーテンを掛けていない窓の 向こう側で、ソファーに腰掛けたC.C.が針仕事をしていた。
 乳飲み子の世話なら私のほうが慣れているぞ? と、いつだったか悪戯っぽく云ったC.C.。
 なんでも過去の契約者の中には子持ちだった、あるいはマリアンヌのように契約後に子持ちになった者もいたとのことで、子育てに必要なものを知識の中から 探り出しては次々と揃えている。


『赤子は乳で育つのではない、       まわりからの“愛情”で育つのさ』


 だから愛情は惜しみなく注げ、さもないと人見知りの時期に大泣きされるのがオチだ、と散々脅されていたルルーシュは、腹の子のために針仕事をしているにも関わらず 面白くなさそうな表情を浮かべるC.C.の横顔を眺めているうちに、なんとなく悟ってしまった。
 ついでに閃くものがあって、窓をコツコツと叩く。
 胡乱な眼つきでチラリと振り返ったC.C.の眼を惹くように、指先をくいっと動かして手招きすると、ルルーシュだけに分かる心底嫌そうな貌で、 それでもC.C.は窓際に寄ってきた。
 思わず口角が上がりそうになって、ルルーシュは意識的に無表情を貫きながら手招きを続ける。
 たわいのない試みから始めたことだが、C.C.がどこまで素直に従うのか興味が湧いてきた、というのも大きい。
 さすがに窓の一歩手前でC.C.は足を止めたが、ここまで近づいてくれば上出来である。
 胡乱な眼つきをやめないC.C.がそこまで怒っているわけではないことを確信しながら、ルルーシュはC.C.の顔の高さまで腰を屈めて、それから 窓越しにキスを贈った。
 ピクンッと跳ねた細い身体。
 表情は凍りついたように変わらないのに頬は見る見るうちに染まっていって、ついには耐えられなくなったのか、C.C.はくるりと踵を返した。      かと 思いきや、玄関の扉が開いてC.C.が顔を覗かせる。


「・・・・・・入れ」


 そう云い置いて顔を引っ込めたC.C.を追いかける形で屋内に戻ったルルーシュは、背を向けるC.C.をそのまま抱き締めた。
 愛情で育つのは赤子に限ったことではなくて、特にC.C.という女は愛されたい願望が強い傾向にあるというのに、子どもができたと分かってからはC.C.の関心がそちらに 向いていたから、ルルーシュがC.C.を構い倒す機会が極端に減ったのだ。まさかC.C.がそれを不満に思っていたとは考えもしなかったわけだが、そのあたりの事情を 踏まえて先の出来事を振り返れば、本当にわがままな女だと思いこそすれ、怒りはまったく湧いてこない。


「まったく・・・可愛くない女だな、お前」
「煩い。いつまで経っても鈍い坊やが」


 喉の奥で笑いを堪えているルルーシュに対し、C.C.はブスッとした態度を崩さない。
 それでも、先とは違って声色が少し甘えて聴こえるから。
 惚れた弱みなのか、C.C.にだけは勝てる気がしないルルーシュは、心の中でそっと白旗を掲げた。












『クプレB』


反逆の嫁編でした(笑)




2010/ 8/ 2 up