名前を、呼ばれた気がした。
 懐かしく、愛おしい、共犯者の声だ。


 しかしそれが浅ましい願望に因る幻聴であることは分かっている。
 囚われの身になってから、早幾日。現状に何ひとつとして変化はない。
 与えられる替えのドレスは決まって純白で。
 ベッドの上で膝を抱え、額を膝に付けて過ごすスタイルは完全に習慣化し。
 無理やり抱かれそうになったあのとき以降、幸いなことに枢木スザクは指一本触れてこなくなったが、相も変わらず不毛な詰問は続き。
 切り取られた亜空間のような独房には完全な防音対策が施されているのか、外の様子など微塵も知り得ない。・・・いや、それどころか自ら与えたギアスの繋がりすら 追えないのだから、ここは云うまでもなく特殊な空間なのである。
 だから、二度と逢えない共犯者の声など聞こえようもないと、頭では分かっていたのだ。


        それでも、C.C.は伏せていた顔を上げずにはいられなかった。
 助けを待っているわけではない。
 むしろナナリー救出が上手くいって、計画通りブリタニアとの正面戦争の準備に勤しんでいればいいと思う。
 なのに、       心が悲鳴を上げるのだ。


 ルルーシュに、逢いたいと。






「ッ、・・!!」






 だから空間を分け隔てるガラス壁の向こうにその姿を見止めた刹那、C.C.の身体は動いていた。
 ベッドから飛び降り、裸足のまま駆け寄る。ドレスのたっぷりとした長い裾が邪魔だったが、そんなことはどうでもいい。 渾身の力を込めてダンッと拳をぶつけても揺らぎもしないガラス壁にそのまま両手を付いて、向こう側を必死に覗き込んだ。




「なんで・・・・・どうして・・ッ!」




 ゼロの衣装に仮面をつけたままだが、分かる。影武者ではなくルルーシュだ。
 暗証番号でも解析しているのだろう、小型の黒い箱を片手に、携帯電話で何やら話しているように見える。判然としないのは向こう側の音がまったく拾えないのと、 仮面姿では口元の動きが見えない所為だ。
 ただ、限られた時間の中でルルーシュが懸命にC.C.を助け出そうとしていることだけは確かだった。




      どう、して・・・?」




 ここはおそらくブリタニア皇宮の地下牢だ、いきなり敵の本陣に乗り込むなどルルーシュらしくないし、戦力差を考えると勝機は万に一つもない。
 第一、どうやってこの場所を特定したのだろうか。
 ナイトメア戦は不得手のくせに、何故ここまで敵を突破して来れたのだろうか。
 どうして         手元に置いていたって益にもならない魔女を、助けに来たのだろうか・・・?




「るるぅ・・しゅ・・・」




 とうとう時間が切れたのだろう、不意にハッと振り返った仮面の男は、固めた拳でガンッとガラス壁を叩いた。
 しかし、その音すらも内側には響かない。
 手袋に覆われた大きな拳と、ガラスにぴったり付けた白い掌とのあいだに横たわる空間に、初めてガラスの厚さを知った。
          遠い。
 こんなにも、傍にいるのに。




「・・ッ、・・・なっ・・!?」




 それは、逃げろ、もう来るな、と聞こえないことは承知の上でC,C,が叫ぼうとしたときだった。
 突然ルルーシュが仮面を外したものだから、C.C.は驚きのあまり言葉を失う。
 皇帝シャルルの意に反し、枢木スザクだけで秘密裏にC.C.を幽閉していることを考えれば、この独房やその周辺に皇宮の監視カメラが設置されていないであろうことは 推測できるが、それでも敵陣の真っ只中で仮面をとるなど、正気の沙汰ではない。
 しかし、ハラハラとした落ち着かない心地で動向を見守るC.C.の前で、ルルーシュは口元を覆うハイネックの襟まで引きずり下ろしてしまった。
 正面からC.C.を見据える、深い紫水晶の双眸。
 やはり咲世子の変装ではない。正真正銘、本当にルルーシュだ。
 ガラス壁に吸い寄せられてコツンと額をつけたC.C.の掌に重ねるように、ルルーシュは手を置く。
 唇が、ゆっくりと動いた。




        ぁ・・・」




 ルルーシュが紡いだのは、名前だ。
 C.C.ではなく、彼女の秘めた真名。
 耳に心地よい低音は聞こえない。それでも唇の動きで分かる。




『カナラズタスケル、マッテロ』




 そう続けてられて、胸が痞えた。
 馬鹿な、男だ。
 例のごとく妙なプライドに拘った結果なのだろうが、危険を冒してまで助けるほど価値のある存在ではないと、C.C.は自分のことをそう思っている。 だから枢木スザクに対しては沈黙を貫いて時間を稼げるだけ稼ごうと・・・己の信念を貫き通さんとする共犯者の障害にだけはなるまいと決めていたというのに。
 再び顔を合わせることができて真っ先に芽生えたのは、歓びだった。
 このガラス壁を越えて、一緒に行きたいと願ってしまった。




 なんて弱く浅ましい、魔女の性根。
 馬鹿な男以上に馬鹿なのは、言葉に縋って男を待ってしまう女の方だ。




 C.C.が小さく頷いたのを見届けたルルーシュは、仮面をつける前に一瞬だけひどく悔しそうに貌を歪め、それでも解析機などを手早く回収して踵を返す。 その、去っていく外套の端が完全に見えなくなったところで、C.C.は我慢できずにズルズルとガラス壁伝いに崩れ落ちた。












『TRYST』


ルル→←シー




2010/ 7/21 up