ラヴ ユー 「それで? ちゃんと彼女に気持ちを伝えたのかい?」 宿題やってきたかい、 と。 そんな、どうでもいいようなことでも訊くような何気ない調子で問われたものだから、内容を瞬時に判断する必要もないと思っていたルルーシュは、次の瞬間、よりによってカレーうどんを喉に詰まらせた。 こういうとき、麺類は最悪だ。コシがあって切れにくければ尚の事。 結構本気で悶え苦しむルルーシュを尻目に、しかし原因を作った親友は悠然と愛妻弁当ならぬ愛彼女弁当を食べ続けている。パッと見たところ食品のバランスも色どりもいいし、なかなかに美 味しそうな手作り弁当。腕を上げたな、ユーフェミア・・と前々から思ってはいたが、スザクから伝えてもらおうという考えはこの酷い仕打ちによって完全に消え失せる。 なんとか窒息死を免れたルルーシュは眉をキリキリと寄せながら、それでも怒鳴りつけたい衝動を抑えた。 このところ晴れの日が続いているため食堂に生徒は少ないが、皆無というわけではない。 他人に聞かれて気分のいい話でもないから、ぶっきらぼうに「お前には関係ないだろ」と答えつつも、その声は小さかった。 それなのにスザクは、僕も困ってるんだよ、と、困った感じが欠片も伝わってこない声色で返して。 「ユフィがさ、ダブルデートしたいんだって」 「は・・?」 「ルルーシュもC.C.も素直じゃないから、『デート』なんて云ったら絶対に拒否するよって云ったんだけどね。・・・・ユフィはユフィなりに君たちのこと心配してるみたいだ」 だからさっさとくっ付いてしまえ、とスザクは眼で訴えてくる。 何かと世話好きな従妹と、彼女には甘い親友。このふたりはルルーシュとその許婚の実態を知る、数少ない人間だ。 しかし、彼らが思っているほど状況は芳しくもなく。 ただ同じ時間を同じ空間で過ごすことが多いだけで、無駄に偉そうな許婚に想われていないことなど、他でもないルルーシュが一番よく分かっている。 「ユフィにはあと8年待てと伝えてくれ」 「やだよ。・・・っていうかさ、C.C.は君の言葉を待ってるだけじゃないかなーと僕は思うんだけど」 婚姻関係が成立するまで待てと云うルルーシュに対し、これでなかなか我の強いスザクは親友の背中を蹴り出そうとする。 それは余計なお節介と云うんだ、と小さく悪態を吐いたルルーシュは、まだ何か云いたそうなスザクを眼で牽制しつつ、これ以上何を云われても無視を決め込むことにして、残りのカレーうどんを啜り始めた。 目で追っている文章の内容がまったく頭に入らなくて。 これ以上無駄な時間とページを費やしても埒が明かないと判断したルルーシュは、潔く諦めて本を閉じた。 集中できない原因は、 今日C.C.が読んでいるのは話題の恋愛小説らしいが、ルルーシュの視線に何も反応しないあたりからして、なかなか熟読しているらしい。 試しに名前を呼んでみても、「んー?」と生返事が返るだけだ。 面白くないと思う反面、遠慮なく様子を観察できる機会もあまりないものだから、ルルーシュは組んだ足に肘を付いてC.C.の横顔を眺め続けた。 頬のあたりにまだ少女らしさが残る、ひとつ年下の許婚。 初めて逢ったのは、忘れもしない、ルルーシュが8つになる年の春のことだ。 当時から人形並みに美しかったけれど、あのころは信じられないくらい人見知りが激しくて、だれに対してもビクビクと怯える女の子だった。 何をするにもルルーシュに伺いを立て、すんなりと従う年下の女の子に、将来のお嫁さん・・・つまりは守るべき女の子よりも優位に立っていることを実感できて満更悪い気はしなかったが、度が過ぎればイラッとするもので。 母親といい妹といい従姉妹といい、とにかく『強い』女に囲まれて育っていただけに、「僕のお嫁さんになるんだったら、もっと堂々としてろ!」と檄を飛ばしてしまったのが8年前。C.C.が24歳に なる誕生日に互いに恋人がいなければ結婚しようと約束を取り付けたのも、このときだった。 まるきり小動物のようだった可愛い女の子がここまでふてぶてしい女に成長するとは思っていなかったけれど、このままでは一生C.C.と結婚できないような危機感を抱いた末に取り付けた結婚 の約束が、まさか『親の決めた相手に縛られず、恋愛を楽しみたいから』などと曲解されることになろうとは、もっと思っていなかった。 もちろん、C.C.の自由意思を奪いたいわけではない。 だが、10年以上も大切に守り続けてきた女を、だれがいまさら他の男にくれてやるものかと、腹の底で考えているのも事実なのだ。 「C.C.」 ソファーの上で体育座りをして、すっかり背もたれに体重を預けた上半身と腿とのあいだに挟んだぬいぐるみに顎を乗せた、なんとも行儀の悪い格好で小説を読んでいる女。 涙なしには読めないと評判のそれを読み進めるC.C.の貌はいつもの無表情だが、悲恋もののくせに『きっと恋をしたくなる』などと意味不明な宣伝文句がついた小説の、一体なにが楽しいのか、文章を追う琥珀色の瞳は真剣そのもので。 どうしようもなく、惹かれた。 「 呼んで、琥珀の瞳を釘付けにする本を片手で覆って。 そして、文句を云うために顔を上げた女の唇をかすめ取る。 軽い接触は、ほんの一瞬。 間近で瞳を覗きこむなんてことはせずに、顔だってすぐに離す。 そして伏せていた瞳を開けてみれば、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で口を半開きにした女がそこにいた。 直後に響いたバササッという派手な音は、本が落ちた音らしい。先ほどまでC.C.の手の中にあった文庫サイズの小説が、奇怪な体勢で床に転がっている。 「お前・・・これもユフィから借りたんだろ?」 粗末に扱うなよ、と本を拾い上げて、一部ついてしまった折れ目を伸ばしながらルルーシュが云っても、しかしC.C.の反応は返ってこなかった。 「・・・・C.C.?」 それもそのはず、C.C.は膝を抱き、ぬいぐるみに顔を押しつけ、すっかり縮こまっていた。 そんなに嫌だったのかと、逆にルルーシュの方が地味にショックを受けたけれど、癖ひとつない新緑色の髪のあいだから覗く耳や首筋が真っ赤に染まっていることに気付いてからは、ルルーシュも妙に気恥ずかしくなる。 視線を泳がせていると、C.C.の声が微かに届いた。 「・・・・んで・・こんな、こと・・・」 くぐもっている上に、消え入るような細い声。 ぬいぐるみに顔を埋めたままでしか問うことができない女の心情をどれだけ推し測ってみても、所詮男の身の上では推し測ることもできず、「なんで、と云われてもな・・」と溜息混じりに答えるしかない。 しかしC.C.は怒気を孕んだ声で「答えになってない」と切り捨てて。 いきなり唇を奪ったことは悪いと思うが、なぜそこではなくて質問に答えられないことに怒るのか理解できないルルーシュは、落ち着かない気分を紛らわせるために手の中の文庫をパラパラと捲りながら、ぶっきらぼうに答える。 「いいじゃないか、別に。・・・許婚なんだから」 しかしいきなり飛来したぬいぐるみがボスッと頭に直撃したものだから、怒りのボルテージが瞬間的に跳ね上がった。 ポテンと手元に落ちてきたぬいぐるみをローテーブルの向こうに払い飛ばして、その持ち主を振り返る。そして苛立ちのままに睨みつけようとしたというのに、肝心のC.C.が頬を真っ赤に染めて、いまにも泣きだしそうな貌でルルーシュを睨んでいたから。 正直なところ少しドキッとしたルルーシュは、怒るに怒れなくなってしまった。 「な ん で だ !?」 鋭い口調で詰め寄るC.C.の、琥珀色の瞳が、小説を読んでいたときよりもよほど真剣で。 女という生き物は言葉がほしいものなんだなと、つくづく思い知る。 ルルーシュの言葉を待ってるのではないかというスザクの予想は、あながち外れてなかったのかもしれない。 「・・っ、だからそれは、・・」 「・・・・・・・・それは?」 「 ルルーシュの方こそ頬に熱が上るのを止めることができなくて、それでも正面切って望みどおりに答えを返してやれば、また体温を上げたらしいC.C.が逡巡の末に軽く頤を上げ、上目遣いで強請ってきた。 「・・・・・キスしろ、ルルーシュ」 そう云ったきり、C.C.は戦慄く唇をきゅっと引き結び、すっかり瞼を伏せてしまって。 C.C.の欲しているものが額へのキスでないことはさすがのルルーシュも察していたけれど、さぁどうぞとばかりに差し出された魅力的な誘惑にあっさり乗ることもできなかったルルーシュは、ふたりきりだと分かりきっているにも関わらず、周囲に人目がないことを確認してから、ようやく小さな頤に指をかける。 そして、真っ赤な 「ッひゃぁ、・・っ!!」 さすがにこうくるとは考えもしなかったのだろう。C.C.は面白いくらいにビクンッと仰け反って、ばちりと目を開けたかと思いきや、途端に怒り出す。 しかしそれすら予想していたルルーシュは、今度こそ自然に唇を寄せることができた。 ただ重ねるだけの、拙いキス。 それでも先ほどとは比べものにならないくらい長く押しつけて、息継ぎをしては、また重ねる。 身体はガチガチに強張っているけれど、怒ったときの威勢はどこへやら、今ではすっかりされるがままになっているC.C.に、ルルーシュはまた一段と愛しさを募らせた。
『ラヴ ユー』 幼馴染かつ許婚パラレルの続き 突発すぎて、これ以上続かない 2010/ 7/12 up |