灰色の魔女は死んだ




 ささやかすぎる晩餐の席に顔を見せたのは、残念なことに枢木スザクが先だった。
 閉めた扉の前で立ち止まったスザクは翡翠色の目を真ん丸に見開いて、すでに着席しているC.C.の頭から爪先までを瞳の動きだけで辿る。 ねっとりと絡みつくような、舐めるような感じではなく、何かを確認するかのような、あっさりとした眼差しだ。
 極めつけが、のほほんとした明るい口調と屈託のない笑顔で。


「君の服、やっと完成したんだ」


 その瞬間、C.C.は表情から一切の感情を殺ぎ落とした。




 世界随一の大国・ブリタニアを統べるにあたって、ルルーシュは自身の皇帝衣とナイトオブゼロの騎士服を新調した。       そこまでは自然な流れだとして、 それだけに止まらず、表舞台に顔を出す予定のないC.C.の服まで揃えようとしたのだから驚きである。
 余計なものに予算と労力を割いている場合ではないだろうと、意図を測りかねたC.C.は固辞し続けたのだが、計画を担う一員としての自覚をもたせたいからなのか、 それとも必要な存在であることを示したいからなのか、まさか皇帝の女であることを主張したいからなのか、 とにかくルルーシュは勝手にC.C.のドレスを仕立てさせてしまった。
 ・・・・・もっとも、皇帝衣や騎士服と比べれば重要度は格段に下がるから、仕立て上がったのは二人よりも数日遅れの、つい先ほどのことなのだけれど。


 スカート部分を取り外せばパイロットスーツにもなる、黒を基調としたドレス。
 瞳と翼のモチーフが取り入れられているところは、やはりルルーシュやスザクと同じで。
 露出も多いが、華奢な身体を引き立てながらも圧倒的な存在感を示す作りといい、肌の白さと翠髪の美しさを際立たせる色選びといい、 いかにもルルーシュのデザインらしい一着。


 試着ついでに拝ませてやろうと、ルルーシュが返すであろう反応には大した期待も寄せずにひとり食堂で待っていたC.C.だったが、 贈り主よりも先に別の男へお披露目することになろうとは思っていなかった。それどころか、空気を読まないスザクは「すごく似合ってるよ。拘束衣よりもずっといい」と 素直に感想を云ってくれるのだ。
 褒められて嬉しくないこともないが、なんだかひどく興醒めである。


「・・・・そうか」


 素っ気なく応えて、C.C.は席を立った。
 急に馬鹿らしくなったのだ。柄にもないことをした、という自覚もある。拘束衣のほうが楽であるし、着替えてこよう。 思ったが早いC.C.は、ルルーシュを待たずに扉へ向かう。何処へ行くのかとスザクが能天気に尋ねてきても、軽く無視だ。
 しかし、細工が見事なドアノブにC.C.が手を掛ける前に、重厚な扉は外側から勝手に開いた。
 ・・・・・いや、ルルーシュが入ってきたのだ。


「あ、ルルーシュ。遅かったね」
「この程度の遅れなら許容範囲内だ。・・おい、これから食事だというのに何処へ行く?」


 スザクへ言葉を返したルルーシュの隣を無言で通り過ぎようとしたら、腕を捕らえられた。
 いつもと変わらぬ無表情を貫いているつもりだったが、纏う空気に機嫌の悪さが滲み出てしまったのだろう。 ルルーシュが訝しげな表情を浮かべるのを見て、C.C.は苦々しく「着替えてくるだけだ」と云い放つ。
 いくらルルーシュがC.C.の身なりに関心がないとしても、自分が誂えさせた服を纏った女を見て、一言の感想もないとは甚だ遺憾である。 ・・・いや、遺憾というよりも憤慨、だろうか。
 必要なときには言葉を惜しまない男だと知っているからこそ、C.C.はなおさら気分を害した。


「え? 着替えちゃうのかい? 勿体ないなぁ・・・すごく綺麗なのに」


 すかさず入るスザクのフォローに、ますますイラッとする。


「いいかげんに離    
「さすがルルーシュだよね。C.C.にピッタリだ」


 朗らかに笑うスザク。
 しかしC.C.がドキリとしたのは、いきなりスザクがルルーシュに話を振ったからだった。
 余計なことを、と思わなくもない。ルルーシュがナナリー以外の女に冷酷なほど淡白なのは今に始まったことではないし、よく考えてみれば、素直にC.C.を讃える ルルーシュというのも気持ちが悪い。
 ・・・・・なのに、意識しないよう努めていても自然と発動してしまう乙女心に負けて、C.C.は上目遣いにチラリとルルーシュを見上げる。




「当然だろ」




 果たしてそこには、口角をつり上げたルルーシュがいた。
 人を食ったような、挑発しているような、      いかにもルルーシュらしい、悪人顔の笑み。
 だが確かにその貌は女を称賛されて悦に入ている男の貌で、すっかり気恥ずかしくなってしまったC.C.は、ルルーシュが一瞥もくれないことをいいことに サッと視線を逸らした。
 興味本位でスザクの反応を探れば、空気を読まない直球天然男児はニコニコと笑っていて。


「はははッ。なんだかすっかりルルーシュ色だね、C.C.」
「「・・・・・・・・」」


        おいおい、その原理でいくとお前もそうなるだろう・・、と心の中でツッコミを入れたのは、鳥肌を立てたルルーシュと呆れ貌のC.C.の、 どちらが早かっただろうか。
 スザクのことだから、「え〜・・・僕のはアレだよ、ゼロの予行練習!」とか云って逃れそうだが。


     ッ・・、この話は終わりだ」


 食事にするぞ、とルルーシュがさっさと場を仕切ってしまったために着替えることも叶わなくなったC.C.は、ルルーシュに腕をひかれて仕方なく席へと戻った。
 結局のところ、ルルーシュからはまだ一言も感想を聞いていないわけだが、それに関してはすでに諦めている。ルルーシュに求めるものを誤ってはいけない場合の、 いい見本だ。
 そんな感じですっかり冷めた心地でいたものだから、ルルーシュが引いてくれた椅子に淑女よろしく腰掛けたC.C.は、かの男が小声でそっと耳打ちしていった 甘やかな囁きに、まったく無抵抗の状態で挑んでしまって。
 結果、耳まで薄紅色に染まった貌を、ばっちりと晒してしまったのである。












『灰色の魔女は死んだ』


魔女は魔王の色を纏い、彼の傍らに侍る




2010/ 6/28 up