そして君はなにを望む




 ルルーシュがダモクレスを制し、世界を掌握した歴史的な一日もそろそろ終わりを迎える、そんな時刻。あたりは一面暗闇で、光源となるものは濃紺の天幕に縫いとめられた 月と星屑のきらめきくらいである。その、決して充分とは云えない光と濃厚な闇の間に溶け込みながら、C.C.はこれといったあてもなく暫定皇宮の 庭園をひとり歩いていた。
 仮にも世界を統べる皇帝が休んでいるとは思えないほど、庭園は静寂に満ちている。
 人の気配はない。
 ブリタニア本国で急進的な制度改革を行っていたときからルルーシュは必要最低限の身辺警護すら厭うような男であったけれど、ゼロ・レクイエム計画も最終段階に 入ったこの大切な局面になって、それでも一般兵に屋外の見回りすらさせていないとはいい度胸である。
 元はブリタニア貴族の屋敷であっただけにセキュリティ水準が並ではないことや、フレイヤによって消滅した皇宮の代わりとしてこの屋敷を暫定的に使用する旨が まだ公表されていないことも見回りがいない要因のひとつかもしれない。・・・・・が、比喩などではなく本当に命を賭けた大舞台を目前に控えているにしては無防備な警備に、 あまりルルーシュらしくないな、などとC.C.は考えた。
 自然とルルーシュの顔が脳裏を過ぎる。
 その顔を見たのも、もう何時間前のことだ。
 紅蓮が乱入してきた所為で勢いのまま送り出してしまったものだから、五体満足な姿を見て一刻も早く安心したい思いはある。ナナリーを敵にまわしながらも 計画通り世界を手に入れてきた男に労いの言葉のひとつでも掛けてやろうと思うくらいの情もある。       しかし、それでもブリタニア兵に保護されてから 今の今までルルーシュの元に戻らずただ時間を持て余していたのは、やはりルルーシュに逢うのにどこか躊躇いを感じているからなのだろう。
 今だって、なかなか屋敷の中に入れないでいる。
 ルルーシュに逢いたい気持ちも強いだけに、矛盾した行動がひどく苦しかった。


「・・・・、・・・ん?」


 ヒールが土に沈み込む感覚だけを感じながら歩いていたC.C.は、近づくにつれて顕わになってきたガゼボに目を留めた。
 ドーム型の天井といい、ギリシア建築の石柱を思わせる柱といい、アリエスの離宮や政庁の屋上庭園にあったものとよく似ているガゼボ。その、少し高さを設けてある ガゼボに上がる階段に誰かが腰掛けている。
 奴隷兵の兵服に身を包んでいるが、バイザーを着用していない。
 くるりと癖のある髪と、驚異的な身体能力を発揮するしなやかな体躯の持ち主      スザクだ。 五感も並ではないスザクは当然C.C.に気付いていたようで、ゆっくりと振り返りながら「遅かったね」と静かに云った。
 翡翠色の瞳は色も形も大きさも決してルルーシュと似ていないのに、固い決意を宿した輝きがよく似ている。
        決して引き返せない道を往く決意をしたのは彼自身だが、発端を作ったのは魔女である自分なのだ、と。その、頭の片隅ではいつも気にしていた、 しかし表には出さないよう蓋をしていた考えがC.C.を濃厚に支配する。
 言葉はいつのまにか唇からほろりとこぼれ落ちたていた。




「お前は怨んでいないのか・・・? 私のことを」




 まっすぐに衝突する視線。
 スザクの表情は不自然なほど変わらない。




「・・・・、・・・何故そんなことを訊くんだい?」




 少しの感情も垣間見れない声は、ただ事実を求めるだけだ。
 しかしC.C.は気にしなかった。
 スザクもまたギアスに運命を翻弄されたひとりとはいえ、C.C.と直接的な関わりをもったのはついこの間のことなのだ。契約者でもない。 だからC.C.の生き様を理解することもなければ、永遠の命に終止符を打つためにC.C.がどれだけの契約者を犠牲にしてきたのか知らないのである。
 やさしく真摯に契約者を受け止めているようでいて、その実、ギアスの芽が生贄の心身を喰い破って大輪の花をつける時を 待ちわびているなど       なんと卑しく、なんと醜いことだろうか。
 しかし苦しいだけの生をこれ以上続けたくないと、どうしても我慢できなくてギアスを授けてしまうから、その代わり、己に科していることがC.C.にはあるのだ。


「ギアスを捲いたのは私だからな・・・怨みもすべて受け止める義務がある」


 それくらいのことはして然るべきだと思う。
 魔女の、矜持。
 怨みや憎しみなどという感情は目に見える対象にぶつける方が発散しやすく、まさにルルーシュとスザクがしようとしているゼロ・レクイエムがそうであるように、 その対象が人のかたちをしているのが一番分かりやすい。 しかも不老不死という特質は、普通ではないという畏怖と絶対に壊れないという安心感から嗜虐性を増すらしく、C.C.は格好の標的となりうるのだ。
 スザクのように、愛する者をギアスのせいで失くした契約者も大勢いた。 そんなときにC.C.がそれとなく怨まれ役を買って出ると、哀しみに暮れていたはずの彼らは途端にC.C.を目の敵にして、手のひらを返したように『魔女狩り』を始める。
 それだけ失った者を愛していたのだな、と。そう思えばこそ耐えられる拷問は、しかし苦痛であることに変わりはないけれど・・・・・。




「でも君は、心のどこかで否定の言葉を望んでいるんだろう?」




 ふとスザクの口から出た言葉は予想と大きくかけ離れていて、C.C.の心に深く突き刺さった。
 反応が鈍り、「ぇ・・?」 と、なんとも頼りない声しか出ない。


        怨まれても仕方がない。でも本当は、怨まれたくない。


 スザクに云われたことを反芻するたびに心拍数と体温は上がっていく。 それは諦めにも似た惰性で契約者との関係修復を放棄する一方で、それでも手を差し伸べられることを望んでいる自分の姿を正面から突き付けられた動揺ゆえの 身体反応に他ならなかった。
 怨んでいると契約者から示されれば「ああ、やはりそんなものだ」と自分を慰め、怨んでいないと示されたなら、この上なく心が満たされる。
 どう転んでも傷つかないための防衛策       そう感じてしまったが最後、違うと断言できないC.C.は何も云い返せなくなった。
 魔女の矜持も本当だが、臆病な自分も確かに存在していて。


「僕はやさしくないからね。こたえはあげないよ」


 すべてを見透かされているような錯覚に居た堪らなくなったC.C.は、それでも意地でスザクの眼差しを正面から受け止め続けた。
 過去の契約者にこんな方法でC.C.を追い詰めた者などいない。ギアスを使えば使うほど失っていくものの多さに精神的余裕を欠いた所為でC.C.の心中を見透かせなかったのか、 そもそもC.C.に興味などなかったのか、単に疎かったのかは不明であるが。


(・・・・・・・、・・・)


        では、ルルーシュは・・? と考えて、C.C.は即座に後悔した。
 案外ルルーシュはC.C.の弱い心に気付いていて、だからこそアヴァロンの格納庫で「怨んでいないのか」と訊いたとき、 簡単な否定の言葉だけで済ませなかったのかもしれない。
 普段は面白くないほど素っ気ないのに、ここぞというときはいつだって必要としている言葉を差し出してくれる、甘い男。
 今からどんな貌をして逢いに行けばいいのか、尚更分からなくなってきた。
 いっそ、このまま逃げてやろうかとさえ考える。
 それなのに       ・・・


「それに、君にとって僕のこたえは価値あるものじゃないはずだ」


       つまりは、真にこたえを求めている相手が他にいるだろう、と。
 スザクは何食わぬ貌で断言してくれるのだ。


「ルルーシュは上にいる」


 ここではじめて逸らされた視線を追えば、テラスと一体となったガラス張りの温室の一部分が開いていた。
 おそらくスザクはそこから庭園に出てきたのだろう       そんなことを考えていたC.C.が空気の動く気配に視線を戻すと、 スザクがC.C.のほうへ歩いてくるところだった。
 あれだけ焚き付けておきながら、ルルーシュのところへ案内してくれる気は皆無らしい。
 親切心のない男だなとC.C.が呆れていると、スザクはすれ違いざまにポツリと呟いた。


「ルルーシュは君のこと、とても心配していたよ」


 まるでC.C.の背を押しているかのような言葉にハッと振り返るが、スザクは振り向きもせずにそのまま闇の中へと紛れていく。その背が見えなくなってから、 ようやくC.C.は踵を返した。
 スザクに示されたガラス扉をくぐり抜け、満たされた花の匂いに噎せそうになりながら温室を抜け、長い廊下を渡り、月と星に照らされた螺旋階段を登る。
 向かうべきところはなんとなく分かった。
 ギアスの繋がりによるものではなく、それ以上の、惹かれるような感覚に導かれるのだ。
 長く続いた上階の廊下を通り抜け、ようやく辿り着いた扉に手を掛けたところで、しかしC.C.は急に怖くなった。
 ナナリーと対峙し、その最愛の実妹を屈服させてきたルルーシュの心が格納庫で別れたときと変わっていないとは限らない。そんな不安がC.C.を襲う。
 小さく深呼吸して、C.C.はそっと瞳を閉じた。


 大丈夫。
 スザクはルルーシュが心配していたと云っていた。
 鈍いところもあるが、親友のそういった感情を読み違えたり嘘を吐いたりするような男ではない。


 それに       ・・・




『お前がくれたギアスが・・お前がいてくれたから、俺は歩き出すことができたんだ』




 ルルーシュがくれた言葉が、今も耳に強く残っているから。
 C.C.が与えたギアスではなくC.C.のおかげだと云い直してくれたルルーシュが、どうあってもしあわせになれない魔女に笑顔を約束してくれたから。


            逢いたい、と。


 逃げ出したい衝動すら無に帰してしまうほど、どうしようもなく願ってしまうのだ。




 震える手を宥めて、扉をゆっくりと押し開ける。
 照明の落ちた部屋は薄暗い。
 それでも薄闇に際立つ皇帝服姿のルルーシュを見止めた瞬間、C.C.は胸がつかえて泣き出したい衝動に駆られた。












『そして君はなにを望む』


もう、たったひとりしか望まない




2010/ 6/20 up