花冠をあげる




 あたりは一面、花畑だ。
 花と緑の絨毯にまるで埋もれるように、幼子はしゃがみこんで熱心に花を摘んでいる。一般的に集中力が長く持たないと云われている年頃の割にひとりで黙々と 遊ぶ幼子を、しかし何の心配もなく遠目で眺めていたルルーシュは、不意にクスリと笑みを零した。
 小さな子どもというのは、見ていて本当に飽きない。
 いつも家とその周辺でしか遊ばせないから、たまには・・などとC.C.が云ったので簡単に昼食と飲み物と敷物を用意して散歩にきたのだが、 どうやら正解だったようだ。滅多にないお出かけに大喜びした幼子がはしゃいではしゃいで大変だったけれど、ここ2週間ほどは構ってやる余裕があまりなかったものだから、 幼子とゆっくりと過ごせる時間が嬉しかった。幼子もさみしさを募らせていたのだろう、いつも以上にはしゃいだのが何よりの証拠である。
 ルルーシュは片時も眼を離さなかった幼子から視線を落として、サラリとした若葉色の前髪を梳いた。
 幼子を構ってやる余裕を欠く原因となったC.C.はいま、ルルーシュの膝を枕に眠っている。
 いのちがふたり分だと眠気も倍になる、とか何とか云い訳して。
 日差しは暖かくても風が吹くと少し肌寒く感じるから、しっかりとブランケットを掛けて。


 C.C.の身体がピザすら受け付けなくなるという顕著な異常が現れたのは、幼子に弟妹を作ってやろうと話をしてから10日くらい後のことだった。
 この異常も2回目なだけにすぐにつわりと分かったC.C.は、「まさかお前、いるのが分かっててもうひとり作ろうとか云ったんじゃないだろうな」と、疑いの 眼差しを隠そうともしない不機嫌モード全開でルルーシュを詰ったのだが、幼子が新しい家族の誕生をいたく喜んでくれたので、いまはC.C.の不機嫌も治っている。
 誤解だと主張し続けたルルーシュの言葉を信じてくれたかは不明だけれど。




「おとーさーん」




 呼ばれたので顔を上げると、幼子が両手で花を握りしめて駆けてくるところだった。
 『駆ける』といっても幼子だ、ポテポテとでも擬音をつければいいような危なっかしい足取りである。しかも腕を振らないから余計に安定が悪くて、いつ転んでも おかしくない幼子にルルーシュはヒヤヒヤした。
 それでも転ばずに無事帰還した幼子は花束をルルーシュに渡す。
 おとうさんにあげる。いいのか?うん、おとうさんのぶん。そうか、ありがとう。
 一本でも落とさないようにとしっかり握りしめていたのだろう、受け取った花々は茎の途中でくたりと頭を垂らし気味であるけれど、 花の先だけを摘まずに茎から摘んでいる点は褒めてやるべきところである。デイジーやタンポポ、クローバーは家の周辺にも生えているが、せっかくだから持ち帰って 活けてやろうかと考えたルルーシュは、ふと懐かしい記憶を探り当てて、幼子にやさしく笑いかけた。


「少し待ってろ」


 そう云って注意を引き、クリクリとした大きな瞳で見上げてくる幼子の前で作り始めたのは花冠だ。
 アリエスの離宮でユーフェミアがナナリーに教えた花冠の作り方。ふたりがそれぞれ作り、どちらがルルーシュにあげるかでケンカしたこともあった。
 男が花冠なんて、と付けるのを拒否していたルルーシュだったけれど、ある日気紛れで作った花冠がふたりの作ったものよりも完成度が高くて、 それを巡ってナナリーとユーフェミアがケンカをしたこともあった。
 しあわせだったころの、遠い過去の記憶。
 しかし褪せていない記憶を頼りにルルーシュは茎を編んで縄にしていく。それをぐるりと輪にすれば完成だ。まずまずの出来に満足したルルーシュが幼子に眼を向けると、 キラキラと輝く紫水晶が感動の眼差しで花冠を見つめていた。
 その小さな頭に、花冠を乗せる。
 幼子はそれをすぐに取って角度を変えながらしばらく熱心に観察していたけれど、再び頭に乗せるとニッコリ笑った。


「みてみてー」


 ちょこっと小首を傾げる仕草がまたよく似あう。
 花冠を乱さないようにルルーシュが頭を撫でてやると、幼子はまた嬉しそうに笑った。


「それはお前にあげよう」
「いいの?」
「ああ」


 花を摘んできたのはお前だからな。ルルーシュがそんなことを考えていると、しかし幼子が突然難しい貌をしたものだからルルーシュはドキリとした。
 会話の流れからすると難しい貌をする要因はひとつもないはずである。だから理由を尋ねようとルルーシュが口を開きかけた、そのとき。
 幼子は花冠を外してルルーシュを見上げてきた。


「これ、あかちゃんにあげてもいい?」


 その貌は真剣そのものだ。
 思いがけないお願いにルルーシュはポカンと口を開ける。「え・・?」と間の抜けた声も出た。
 新しい家族は何の問題もなければあと8か月くらいはC.C.の腹から出てこない。それまでこの花冠を保存しておけるはずがないし、新たに作ってやるにしても来年の 今頃でないと草花がない。だから後になって幼子に悲しい思いをさせないためにも安易な返事は避けるべきだとルルーシュは考える。
 だけど      ・・・


「ああ、もちろん」


 早くも年長者らしいやさしさを垣間見れたことが嬉しくて、何よりそのやさしさを尊重したいと思ってしまったから、ここは是と答えるしかなかった。
 すると幼子は相好を崩し、ルルーシュの足を迂回してC.C.のもとへ行った。そして、まだ膨らんでもいない腹の上に花冠を置く。
 はい、あかちゃん。この上なく満足そうな幼子の貌に、そういうことかとルルーシュは納得した。
 C.C.がよく腹を撫でながら胎児に話しかけているし、幼子も幾度となくその腹に触れていたから、まだ会ったことのない胎児本人に花冠をあげるのではなく、 母親の腹に花冠をあげればいいという発想になってしまったのだろう。
 ・・・いや、大人だからこそ見えてしまう目に見えないものや現実問題にルルーシュの目が眩んだ、とも云えるだろうか。
 再び花を摘みにいった幼子を見送ってから、ルルーシュはC.C.を見遣った。
 妊娠しているとは俄かに信じられないほど薄いC.C.の腹。そこに花冠が乗っているだけで、不思議なくらい新たないのちを感じることができるのだ。 一見すると何かのまじないと勘違いされてしまうそうな状態だが、理由を話せばきっとC.C.も喜んでくれるに違いない。


「まったく・・・いつまで寝ているつもりだ・・?」


 目覚める気配のないC.C.に向かってぼやきながら、それでもルルーシュは口元を綻ばせていた。












『花冠をあげる』


だから、元気に生まれておいで




2010/ 5/30 up