おやゆび姫にさよなら ちゅーりっぷ、しんじゃった・・、と。 無感動の呟きのようでいて、しかし確実にショックを受けていることが窺える声がしたものだから、ルルーシュは思わず洗濯の手を止め、声がしたほうへ顔を向けた。 見れば、洗濯物を干しているC.C.の足元に幼子がぴったりと張り付いている。 小さな手は皺が残りそうなくらい必死にC.C.のスカートを握りしめているというのに、零れんばかりに瞠られた大きな瞳はC.C.ではなく別の一点を見つめていた。 ・・・・いや、母親が傍にいるからこそ、安心して全意識を一点に向けることができるのだろうか。 深い紫色を湛えた瞳が一心に見つめるのは、小さな植木鉢。 植えられているのは一本のチューリップだ。 「悲しいか?」 やさしい声に惹かれて視線を戻せば、C.C.は幼子の視線に合わせて屈み、一緒にチューリップを眺めていた。 幼子はこくんと頷く。だって、しんじゃった。その声色は先よりも水分を含んでいて、幼子のまあるい頭を撫でるC.C.の手がさらにゆるゆると減速する。 幼いなりに漣が立った心をなだめるように。まるで包み込むように。 そうだな、悲しいな、と幼子を肯定する声はどこまでも穏やかだ。 ルルーシュが村で球根を分けてもらい、C.C.が育てたチューリップ。 おおきくなったね、と。かわいいおはなさくかな、と。幼子が飽きもせず、暖かい日はそれこそ一日中見守っていたチューリップ。 けぶるようなピンク色とゆるやかに閉じた花の形が、いかにもチューリップなガブリエラ。 蕾がピンク色を帯びてきたときなど、幼子が大喜びして大変だった。 あんなに喜んでくれるならもう少しくらい球根を分けてもらえばよかった、とルルーシュが感じたままを云ったら、一本だけだから大切に育てられるんだとC.C.に 冷たく云われたこともあった。 なのに・・・・・ 「私たちは悲しいが・・・・チューリップはたぶん、よかった、と思っているぞ?」 C.C.は淡く笑んで、そう云うのだ。 幼子は大きな眼をパチリと開いてC.C.を振り返る。よほど思いがけない言葉だったのだろう。どうして?と訊く貌は真剣そのものだった。 「チューリップが開くのはな、おやゆび姫が生まれて外に出たからなんだ」 「ほんとう!?」 「ああ。だからおやゆび姫を送り出したチューリップは一安心しているわけさ」 なんだ、知らなかったのか。意地のわるい魔女めいた貌でC.C.が訊けば、負けず嫌いな幼子は、知ってるもん、と頬を膨らませる。 あまりに非現実的すぎるC.C.の作り話に非難の声を上げようとしたルルーシュは、しかし寸前で思いとどまって、代わりに小さく溜息を吐いた。 無知ゆえに純粋でいられる時間は、子ども時代でもほんの一瞬だけなのだ。 それを急いて壊す必要はないし、ここで余計な口を挟んで混乱させるのはもっと頂けないだろう。 ルルーシュが見守る中、幼子はC.C.の手を引いて植木鉢の前まで移動すると、開いたチューリップの中をおそるおそる覗き始めた。 決して手は出さず、しかし距離を変えてみたり、ちょっとしゃがんで花弁の下から観察してみたり・・・・・ルルーシュからは後ろ姿しか見えないが、一生懸命さが滲む 小さな後ろ姿がまた一段と微笑ましく、愛しさが込み上げる。 「おやゆびひめはかえるにつれていかれたの?」 「ん?・・・ああ・・肥え太った醜いヒキガエルに攫われたが、まあ大丈夫だ。おやゆび姫だからな」 「・・・おうじさまにあえる?」 「会えるさ。つらいことがたくさんあって、どれだけ時間がかかったとしても・・・笑顔をくれる王子様にいつか会える」 ふわりと笑んだ母親に安心したのか、うん、と幼子もニッコリ笑顔で頷いた。どうやらチューリップが見頃を終えた悲しみも中和されたらしい。 そんな幼子を片手で抱きあげ、片手でチューリップの鉢を持ち上げたC.C.は、大股でルルーシュのほうへ戻ってきた。 すてちゃうの?いいや、来年も花が咲くようにご飯をやらないとな。ぴざたべる!?ピザはやらん、ルルーシュ特製ピザは私とおまえのだ。 なにやら楽しそうに話す母子を眺めて、ルルーシュの口元にも笑みが浮かぶ。 洗濯はかれこれ5分以上放置状態だ。・・・だが、別にどうということはない。 どこまでも晴れ渡った青空。 洗濯日和のぽかぽか陽気。 季節が巡ってようやく訪れた暖かな春は、幼子の明るい声とC.C.の笑顔がよく似あう季節である。 C.C.の腕から下りた勢いのまま飛びついてきた小さな身体を背で受けとめて、それでも動じることなく洗濯の手を再開させたルルーシュは、今 ここにあるしあわせを確かに感じていた。
『おやゆび姫にさよなら』 いきなり子ども捏造マジすんません! でも一片の悔いなし!! 2010/ 4/26 up |