身に余る幸福




 ひどく、不思議な気分だった。
 唇の上を行き来するルルーシュの指。
 弾力を味わうように押していたかと思えば、下唇をゆっくりとなぞられて・・・・・けれども、C.C.は男の意図を測りかねる。
 キスを催促されているようには感じない。
 瞳にそれらしき熱を見受けられない。
 ただ何かを・・・本当にただ何かを確かめているだけの印象を与える、昏い双眸。
 普段から散々戯れているというのに、何を今さらそんなに確認する必要があるのか、と訝しく思う。
 鬱陶しい、とも。
 だからといって指をはたき落としてしまえないのが悔しいところだけれど。




「・・・・お前、何がしたいんだ?」




 男を見下ろしているという構図も、不思議な気分を増長させている要因のひとつかもしれない。
 ラグの上に寝転がったルルーシュ。
 その傍らに、お気に入りのぬいぐるみを抱えて座るC.C.。
 指は不意に伸びてきた。
 本当に、       何の前兆もなく。




        別に・・何も・・・」




 返事の素っ気なさは実にルルーシュらしかった。
 その大きさも、調子も。
 しかし無意味な行動というものとは限りなく無縁な男であることを、C.C.はよく知っている。
 だから、言葉を変えた。




「・・・何を考えている?」




 無意味な行動をとらないはずの男が無意識的にC.C.へ手を伸ばしたのであれば、そちらの方がよほど問題だった。
 無自覚の救難信号。
 発信した当人は否定するかもしれないが、受信してしまった以上、放置するわけにもいかず。
 しかし、程なくしてルルーシュの口から零れた返信に、C.C.は胸が詰まるような、泣き出したいような・・・しかしひどく腹立たしい思いを味わった。




「ッ・・・・、身に余る・・幸福、だと・・?」




 良くも悪くも、ルルーシュは真面目な男だ。
 運命の歯車を自ら回していたようで、その実、盛大に振り回された男。
 そして      素直に甘えることができない、不器用な男。




「いッ、・・!?」




 だから、いまだ唇から離れていなかった指に歯を立ててやった。
 もちろん軽く、だ。
 ・・・ルルーシュが眼を白黒させているので、多少の痛みはあったのかもしれないが。
 腹立たしさへの礼だと思って、ざまあみろ、と心の中で返す。




「・・・、・・・・C.C.?」




 紫紺の双眸が咎めるように鋭利な光を宿しても、C.C.は動じない。
 慈しみに満ちた微笑みを返す余裕すらある。




「幸福をもっと実感できただろう?」






 痛みを感じること      それもまた、『生きている』ということだから。






 凶暴な女だ、という溜息まじりの悪態に今日ばかりは目を瞑って、傍らの黒髪に手を伸ばした。
 サラリとした感触を楽しみながら梳いているとルルーシュが心地よさそうに瞳を閉じるものだから、少し慰めるつもりで始めただけなのに止められなくなる。
 ・・・・・いや、なにかとC.C.の髪を梳くのが好きなルルーシュの気持ちをそれとなく理解してしまったからだろうか。


 大切なひとに触れていると、波立った内面が不思議と凪いでくる。


 ルルーシュがC.C.の唇を執拗に弄ってきたのも、案外そんな理由だったのかもしれない。
 そう思い至って、感情がひとつ、すとんと胸に落ちる。
 小さな小さな呟きは、自然と零れていた。






         あぁ、確かに・・・怖いくらいに幸福だな、と。












『身に余る幸福』


永劫回帰から数年後のお話




2010/ 1/17 up