ひろいせかいに、ふたり 一歩、また一歩と足を踏み出すだびに足裏から広がる振動。 霜が降りた朝だけ味わうことができるザクッザクッ・・という小気味よい音は耳に楽しく、初めのうちこそ元気いっぱい足を踏み出していたというのに・・・・・。 胸の内を侵食してきた蟠りに気付いてしまってからは、次第に歩幅が狭くなって。 両腕で抱きしめたぬいぐるみ越しに、C.C.は前を往く男の背をじっと見つめてみた。 これからもふたりで生きていこうと約束を交わしたのは昨夜のことだ。 約束を交わした、と云っても寝入る直前のふわふわとした心地で聴いたものだから、「もう行くぞ」と呆れを含む声で起こされたときには『夢だったか・・』と あっさり落胆してしまったくらいで、バチッと眼が合ったルルーシュが微妙に照れたような、しかし穏やかな微笑を向けてくれたから、ようやく現実であったことを 確信できたようなものである。 確信できたらできたで、すっかり恥じ入ってしまったけれども。 それでも階下の酒場で朝食をとっている間に平静を取り戻したC.C.は、宿屋を後にしてすぐにルルーシュが上着を買ってやると云い出したことにまた衝撃を受けた。 余計な私物は増やさない方針で旅を続けていたはずの男が、物々交換ではなく買い足すと云ったのである。 意志が強い男であるとよく理解しているだけに真意が読めず、戸惑いは大きかった。 しかも、色は白がいいと云ったC.C.に対して白は汚れが目立つからダメだとか云っておきながら、買ってくれた大きなダブルのくるみボタンが可愛いAラインコートの色は オフホワイトで。 毛足がふわふわなリアルファーのティペットまで新調してくれて。 靴だけはさすがに荷物になるからと、ブーツを決めたときに処分してしまったけれど、それでもほぼ元の服のままで防寒対策をとってもらえるなんて 破格の扱いだ。やはり特別な関係には特別扱いをするものなのだろうかと、あまりルルーシュらしくない行動に首を傾げたりもしたけれど。 ・・・・・が、街を出てからは完全にいつものルルーシュで、逆にモヤッとした気分は広がっていく。 ベッタベタに甘やかしてほしいわけではない。 度を超した恋人扱いをしてほしいわけでもない。 でも、完全に興味を示されないのも面白くない。 まだまだ坊やだな、と広い背に向かって小さく悪態を吐けば、白い息がふわりと舞って消えた。 そんなときだ 霜や水滴に反射して、途端にキラキラと輝きだした世界。 進歩した科学の力を以てしても再現できないであろう自然の美しさに、眩しさも相俟ってC.C.は思わず眼を細める。 ・・・・・しかし今、その視界の中心に陣取っているのは黒いコートを着込んだ男の背だ。 気が遠くなるような年月を生きてきたC.C.にとって、白銀が陽光にきらめく様子は幾度も目にした光景である。 それなのに・・そこにたった一人の男が加わるだけで、なんて暖かさが増すのだろうか 「・・・・っ、・・・」 モヤッとした思いを抱えていても結局は浮足立っている自分に気がついて、C.C.は顔を顰めた。 上手く表現できないが、なんだかルルーシュに負けたような気分である。 それもこれもすべてルルーシュの後ろを歩いているからだ、などと無茶苦茶な理由をつけて、追い越してやろうと歩調を速めた 「わ、ぁッ・・!」 陽が当たって半分溶けた霜の所為で足場が悪く、新しいブーツに慣れていないこともあって、C.C.は思いきり体勢を崩してしまった。 眼前に迫るのはコートの黒。 反射的に瞳を閉じてしまうのは、人であったころの名残か、否か。 「いたっ・・!」 「ぐぇっ・・ッッ!?」 ごつ、と額に衝撃が走り、痛みがじわりと広がる。 それが次第に和らいできたところでゆっくりと眼を開けば、眼前に広がるのは紛うことなく上質な黒のウールコートだ。 恐るおそる顔を上げると、広い肩越しにルルーシュが睨んでいた。 突っ込んだときにコートを思いきり掴んだためか、 どうやらルルーシュの首まで絞めてしまったらしい。眼は口ほどに物を云うとはよく云ったもので、「何をするんだお前は!」という幻聴まで聞こえそうである。 何と云い訳したものかと考えを巡らせた末に、C.C.はつい馴染み深くも素っ気ない一言を無意識に選択してしまった。 「・・・・・、・・・気にするな」 こんな一言で済ませることができるような男なら、そもそも祖国に反逆などしていないだろうな、と声に出してから思ったけれど。 平静を装って身体を離し、緩衝材代わりになった所為でいつもより回復が鈍いぬいぐるみの形を整えながら、C.C.はさりげなくルルーシュの様子を探ってみる。 すると気付いているのか、いないのか、ルルーシュは無言でC.C.を見遣っていて。 そして、不意に手を差し出してきた。 「 「・・・え・・?」 突然のことに、C.C.はさりげなく様子を探っていたことも忘れて目を丸くする。 用心深いルルーシュのことだから、おそらく『また滑って転ばれては困る』などと考えての行動だったのだろうが、初めて契約を交わしたときや再契約の握手を求めたときなど、 以前はC.C.の方から手を伸ばすことが多かったものだから、逆の立場での反応に困ってしまった。 黄昏の間が崩れ落ちていく中、危険を顧みずに伸ばしてくれたルルーシュの手をとれなかったことを唐突に思い出したのである。 あのときは愛とか恋という意味で手を伸ばしてくれたのではないと分かっているけれど、それでもC.C.をまるごと包み込むような暖かさに満ちていたことは確かだった。 ・・・・・なのに、戸惑いを前にして怖気づいて、内側に籠ることを選んでしまった自分。 しかし、実際にもう一度手を差し伸べられてみると、どうだろう? 反応に困りはするけれど、ネガティブな感情はまったく喚起されなくて・・・それどころか むず痒いような嬉しさばかりが募ってしまう。 (・・・・ルルーシュを坊や扱いできない、な・・) そんな事実に思い至ってしまえば、抱え込んでいた荷物をすべて降ろしてしまったように心が軽くなった。 あのとき応えることができなかった大きな手に、今度こそC.C.はそっと手を重ねた。 きゅっと握れば、指先からじわりじわりと体温が同化していく。 目指すはさらに北。しかし、安心できるこの体温があれば大丈夫だと思うことができるのだから、不思議なものだ。 どちらともなく歩みを再開して、手を繋ぎなおして、指を絡め合って ふたり並んで見つめた世界は、やはりキラキラと輝いていた。
『ひろいせかいに、ふたり』 2009/12/19 up 2009/12/31 一部修正 |