此処に




 明日には戻る、と突然云い放った女の声に、ルルーシュはテーブルを拭く手を止めた。
 訳も分からず顔を上げれば、すでにコートを着込んだC.C.の姿が眼に飛び込んでくる。
 ・・・いや、寒さも厳しい季節だから格好自体は間違っていないのだが、今し方朝食をとったばかりであるこの時間にC.C.がさっさと身支度を済ませ、しかも明日まで 戻らないとは何事だろうか。
 というか、今日は      ・・・


「・・・・・どこへ行くつもりだ?」


 今日は、ルルーシュの誕生日である。
 これ以上成長することも老化することもない身であるし、自分自身の誕生日に特別な思い入れがあるわけでもない。それでも毎年ナナリーが祝ってくれた暖かな記憶は そのままルルーシュの中に生きていて、思い入れはなくとも『普段とは違う日』という認識は多少あったりする。そしてナナリーと別れた昨年からはC.C.がキスで しっかりと祝ってくれているものだから、やはり『普段とは違う日』の認識は続いているのだ。
 だから、訊ねる声が自然と低く、不機嫌なものになる。
 しかしC.C.は至って普通に、むしろキョトンとした貌で返してきた。


「ナナリーのところだ」
       はあ・・?」


 さすがにこの返答は予測していなかったルルーシュの眉根がキリキリと寄る。それを見ていたC.C.は何を思ったのか、肩をすくめてフイと視線を逸らした。


「この前ナナリーの誕生日に逢いに行ったとき・・・記憶の中のお前は永遠に18のままなのに、自分だけ歳を重ねて悲しいと云われてな・・・、だから今年はナナリーと一緒に お前の誕生日を祝ってやることにしたんだ。遠く離れたブリタニアからだが」
「・・・・・、・・・なんだそれは・・」


 趣向を凝らすにも程があるだろう、と胸の内で呟きながら、ルルーシュはテーブルを拭く手が停止したままであることに気がついた。
 はっきり云って、面白くない。
 ナナリーを可愛がるのはルルーシュだけの特権だったはずなのに、今ではC.C.の方がよほど大切にしているように感じることが多い。 そしてそれに思いきり心乱されている自分自身へも釈然としない感情が募る。
 しかし平静に見えるよう、ルルーシュは努めて自然に動作を再開した。


「いくら義妹が可愛くても、甘やかすような真似だけはするな」


 ナナリーは脆く見えるが、強い子だ。その真の姿を殺し続けてきたのは他でもない自分の猫可愛がりだったのだと、今ならルルーシュも認めることができる。
 多くの人に支えられながら、それでもひとりで歩き始めたナナリーに、過度の甘やかしは不要だ。
 だから牽制の意を込めて視線を送れば、うっすらと頬を染めたC.C.と、バチッと擬音が付きそうなくらい派手に眼が合った。
 ・・・・・何故ここで赤くなる必要があるのか、まったくもって意味が分からない。


「ナナリーと約束しているのか?」
「え? ・・いや、今さっき思い立っただけだ。通信手段もないしな」
「フン、なら行くな」


 ナナリーの都合もあるだろうに。
 妙なところで発揮される潔さと行動力には時々付いていけなくなる。




「此処に居ろ、C.C.」




 そう云ってから、以前にも似たような遣り取りがあったことに気がついた。
 あのときはルルーシュを守るためにC.C.は出て行った。
 もちろん状況も関係も違うけれど、でも、今は      


「ルルーシュ・・」


 C.C.はパッと一瞬だけ驚いた貌をして、それから少し拗ねたように唇を尖らせた。
 「お前、どっちに嫉妬しているんだ?」というC.C.の言葉に、しかし今度はルルーシュが焦る。
 大切な妹に自由に逢うことが許されるC.C.が羨ましいのか。
 誕生日を迎える本人を差し置いてC.C.を独占できるナナリーが羨ましいのか。
       それとも・・・


「・・・っ、どっちもだッ」


 つかつかとC.C.に歩み寄って、その上腕を掴む。
 細い。セーターとコートを着込んでいても、まだ細い肢体。
 圧迫しすぎないように加減を調節しながらグイと引き寄せ、「だから俺のところに居ろ、C.C.」と耳に吹き込めば、擽ったそうに身を震わせたC.C.が、それでも まるきり年長者顔で「仕方のない坊やだなぁ」などと云うものだから、思わずムッとしたルルーシュは負けじと黒い笑みを返した。


「ああ、今日くらいは一日中ベッドで過ごしてもいい気分だ」
「よく云う。何かと動き回りたがる性分のクセに・・」
「分かってるじゃないか。だから・・・お前が必要なんだろう?」
「・・ッ、・・・・・ぁ・・、本気かルルーシュっ!?」


 途端にグッと言葉を呑んだC.C.の腕を引いて、寝室へと促す。非難とも抗議とも解釈できる悲鳴は軽く聞き流すことにした。
 いや、寝室へ向かったのは単に完全防寒武装を解除させ、皺にならないよう早急にハンガーへ掛けたかったからなのだが、 普段あまり動じないC.C.が可愛い抵抗を始めたのがめずらしかったものだから、ちょっと揶揄ってみたくなったのだ。
 揶揄われたと知ったら、C.C.はこれまた盛大に拗ねるのだろうけれど。


 とりあえずC.C.の外出を阻止できたルルーシュの口許には、確かに笑みが浮かんでいた。












『此処に』


今年も遅れてゴメン!
ハピバルルーシュ!




2009/12/ 6 up