石畳の街




 うつくしい石畳が印象的な街だった。
 高層ビルという単語すら縁のない、古い外観を保つ石造りの建物は高くて三階建てだ。
 街のメインストリート沿いの一階部分はカフェやパン屋、花屋、雑貨屋などが並び、道往く人々の眼を楽しませている。 二・三階部分は事務所や住居スペースとして利用されているようで、窓と柵の間から覗く色鮮やかな草花が白色の壁に映えていた。
 その辺りの角から童話の登場人物がひょっこり顔を覗かせても違和感がないほど、近代化の波を受けていない街並みである。
 先日立ち寄ったワイン祭りの田舎町も近代化とは無縁の町だったけれど、あの町以上に興味深く思ってしまうのは、この街がそれなりに大きな街だからだろう。
 口では偉そうなことを云い、智略と戦略を駆使して世界の頂点に君臨した時期もあったけれど、所詮はブリタニアという大きな鳥籠の中で、ブリタニアを基準に 物事を捉えていたのだと      この事実を今更ながら痛感したルルーシュは己の未熟さに噬臍の思いでいっぱいだったけれど、 しかしそれ以上にC.C.から眼を離さないようにするのが忙しくて、迂闊に沈んでもいられなかった。
 めずらしいのか、それとも懐かしいのか、C.C.はフラフラとどこへでも行きたがった。
 そういえばクラブハウスに匿っていたときも、斑鳩に置いていたときも、気まぐれに辺りを散策して他人に心労を掛けさせる女だったと、ルルーシュは思い出す。
 傍目には分かりづらいのかもしれないが、興味津々の様子でカフェを覗きに行く姿は年相応の少女そのものだし、連れ戻しに行ったときに見せる貌が どこか嬉しそうだから、そう強い口調で怒ることもできない。


「今日は野宿ではないのだろう?」
「こんな街中で野宿してみろ。確実に捕まる」


 街を巡回している、自衛組織の一員と思しき制服姿の男たちを横目に捉えながら、ルルーシュは溜息まじりで応えた。
 時刻はすでに夕刻だ。
 カフェでは夜の営業に備えて準備が進んでいるし、酒場はこれからが本番である。つまり、酒が入った人間が増えるから、 その分昼間より治安が悪くなるわけで、自治体によってはそれを抑制したり放置したりするのだが、この街は前者だったらしい。 すでに酔っ払ってベンチに転がっていた初老の男が制服姿の男たちの世話になっているのを見かけたばかりだったものだから、ルルーシュも野宿は無理だと判断した ばかりだった。
 最善なのは、C.C.に暖かい上着を買ってやって、すぐにでも街を出ることなのだけれど。
 寒い思いをしながら水浴びだけは欠かさずしているものの、横になって休んだのは10日も前のことだったから、 そろそろベッドで眠りたい欲求が高まっていた。
 街に着いたのも遅かったし、宿をとろうと初めから考えなかったわけではない。
 おまけに、飲食関係以外の店は早々に店じまいを始めていて、今日はC.C.の上着を新調してやれそうにもない。
 やはり強引にでもC.C.を急きたてて服屋に向かえばよかったか、などと考えながら、ルルーシュが宿屋を探し始めた、ちょうどそのとき。


「・・・あ・・」


 何か見つけたような、どこか驚いたような声をC.C.が上げたものだから、ルルーシュはパッとC.C.へ視線を移した。
 捉えたのは、空を見上げる彼女の姿だ。
 目深に被った帽子の下から同じように空を見上げ、舌打ちする。
 すかさずC.C.の腕を掴んで、ルルーシュは走り出した。


         ポツ、ポツポツ・・ザァアアッ、と。


 乾いた石畳に濃い斑模様を描き始めた雨粒は一瞬にして勢いを増し、街全体を霞ませる。
 石畳の上に溢れる雨水の所為でバシャバシャと足音を立てながらパン屋の軒先に駆け込んだときには、ふたりとも強かに雨を浴びた後だった。
 帽子から滴り落ちてくる雫が不愉快で、ルルーシュは無言のまま帽子が含んだ水分を振り落とす。
 再び帽子を被ってから通りに眼をやると、降りしきる雨の影響で人通りは半減していた。
 道往く人々の手には傘。そうでない者は鞄やタオルなどで代用しながら道を急ぐか、ルルーシュたちと同様に店の軒先で雨を凌いでいる。割合は雨宿り組が 圧倒的に多い。
 ぐんと薄暗さを増した空を眺めながら、雨が小降りになったらカフェか酒場で夕食兼雨宿りだなと決めたルルーシュは、 ふと周囲からの視線を感じて、僅かに顔を伏せた。
 まさか、悪逆皇帝に似ているとでも思われたのだろうか。
 帽子を取ったのは一瞬だったし、保険として瞳の色も変えている。特徴的な長めの黒髪もすべて後ろに撫で付けているから雰囲気もガラリと変わっていて、C.C.が 複雑そうな貌をした程だというのに。
 それでも念には念を入れて特殊マスクで変装しておくべきだったかと手に汗を握ったルルーシュは用心深く周囲に視線を走らせて、しかしどこか違う空気を 感じ取った。
 通りの向かいで雨宿りしている者たちや、たまに通り過ぎる者たちの視線は確実にこちらへ集中しているのに、悪逆皇帝に対して懐くであろう 負の感情が少しも読み取れないのである。
 ルルーシュが訝しく思って眉根を寄せていると、偶々ひとりの若者が目の前を通り過ぎていった。
 その眼差しが完っ璧に一から十までC.C.に注がれていたことを知ったルルーシュは、慌てて傍らの女を顧みる。
 そして、理解した。
         周囲の視線の意味を。




「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ・・!」




 雨に濡れた白いブラウスがペタリと貼り付き、白磁に薄紅色のバラの花片をひとひら溶いたような肌が透けて見えているのだ。 ぬいぐるみをしっかりと抱いているため胸元は隠れているが、肩から腕にかけては服を着けていないのも同然だった。
 いや、はじめから素肌を晒しているよりも、着衣の状態で透けて見える方が気になる。
 おまけに、濡れた髪がしっとりと顔に貼り付いている様子も何故か艶っぽいのだ。
 外見だけは完全に儚げな美少女そのものであるから、余計に眼を引くのだろう。C.C.を挟んで隣にいる中年男性が熱心に向けている、 舐めるような眼つきに腹立たしさが振り切れたルルーシュは、帽子を目深に被り直すと、C.C.の腕を掴んで 雨が降りしきる通りへと駆け出した。


「えっ? ぉ、おい・・・・ちょっ、・・!」


 周りからの下卑な視線など介していなかったらしいC.C.は突然のルルーシュの行動に不意を突かれたようで、初めは身体がついてこなかった。
 しかし、どこか不機嫌な男の気配を察したのだろう。文句も云わずに自然と足並みを揃えてくる。
 強行の末にふたりが飛び込んだのは、大通りを一本曲がった通りに偶然見かけた酒場だった。


 比較的規模が大きく、旅行者を受け入れるような街には少なからずホテルがあるものだが、そういうところは値が張る上に身分証の呈示を求められることが多い。
 しかし宿泊施設を利用したい者すべてが裕福なわけでもなければ、素直に身分を明かせるわけでもないのが世の常で。
 そうした場合に重宝されるのが、酒場に併設された宿である。


 ふたりが飛び込んだ酒場も宿屋を兼業していたようで、「にわか雨に降られて困っている。部屋をひとつ借りたい」と申し出たらすぐに二階へと通してくれた。
 おまけに、ポタポタと雫が滴っている状況を見るに見かねたおかみさんが大判のタオルを2枚貸してくれる親切ぶり。
 外見だけは年端も行かない少年少女のふたり連れに余計な詮索を入れるでもなく受け入れてくれたことに何よりも安堵の息を吐きながら、ルルーシュは 開け放った窓から腕を出して、C.C.が脱いだ服や自分のシャツなどを片っ端から絞っていった。
 外はまだひどい雨だ。そこに異なる水分が多少混じっても、下にいる者に分かりはしない。
 むしろ律儀に下の酒場へ降りて水場を借りる方が問題に発展しそうだった。
 酔いも浅い客が好奇の目でジロジロとふたりを見ていたから、明らかに脱いだばかりの少女の服を男が持っていけば、何を云われるか分かったものではない。
 そんな面倒は御免こうむりたいルルーシュは、今度は部屋に渡してある麻紐に服を吊るしていく。


「おい、カーディガンも着ていろ。見ていて寒い」
「ふふっ、まるで母親のようだぞ、ルルーシュ」
「・・・うるさい」


 被害の少なかった白のスカートにルルーシュの替えのシャツを纏っただけのC.C.は熱心にぬいぐるみの世話を焼いていて、あまり自分の状態に頓着しない。
 斯くいうルルーシュも似たようなものなのだが、他人にされると非常に落ち着かない性分ゆえにC.C.の背後に回った彼は、 濡れた若草色の髪を慣れた手つきで拭っていった。










「風呂に入れ」


 ルルーシュがC.C.にそう告げたのは、夕食を終えてすぐのことだった。
 ちなみに夕食は鶏肉のフリカッセとオニオンスープ、バゲットで、他人との接触を極力避けたかったルルーシュが部屋まで運んできたものをふたりで食べた。 その皿を下げに行ったついでに風呂代を払ってきたのだ。
 ホテルとは違って、酒場併設の宿は小部屋にベッドがあるだけの簡素なものが大半である。
 もっとも、酔いつぶれた客を泊めたり酒場で食事を済ませた旅人がそのまま泊まるケースが多いからベッドのみでも不自由しないし、 湯浴みしたければ時間制の共同風呂が別料金、というのが一般的だ。
 湯は宿に泊まったときくらいしか使えないため、ルルーシュとC.C.は頻繁に利用していた。


「時間は?」
「20分だ」
「まったく・・慌しいのは好かないというのに・・・・・もういっそのこと一緒に入ればいいんじゃないか?」
「・・・くだらないことを云ってないで、さっさと入ってこい」


 風呂嫌いではないものの、急かされて入るのを嫌がる、基本的にマイペースな女を部屋から追い出して、ルルーシュはようやく一息ついた。
 ベッドに深く腰を下ろして瞑想する。
 嵩張るし、毎日使うものではないからという理由で傘は持ち合わせていなかった。
 ニッポンと比べて格段に雨の少ない地域だとはいえ、もちろんこれまでの旅の中で雨に降られたことくらいはある。そんなときは木陰など、雨を凌げる場所を 見つけて滑りこみ、天気が回復するまで待つのだが、街中では厳しいだろう。宿代もかかるし、何より同じ場所に何日も滞在したくない。
 先日C.C.からようやく訊き出したギアス教会の大まかな位置を踏まえ、今後の行動パターン25通りについて検討し終わったところでC.C.が戻ってきた。
 その姿を見止めた瞬間、ルルーシュは眉間にグッと皺を刻んだ。


「・・っ、またお前はそんな恰好で・・」


 素肌にルルーシュのシャツだけを纏った、しどけない恰好。
 ルルーシュは見慣れているが、万が一廊下などで鉢合わせしたら赤の他人は確実に目のやり場に困るだろう、非常に迷惑な恰好だ。
 とにかく容姿だけは端麗な女だから、襲われたりでもしたらどうするんだと心底呆れたりもする。
 もっとも、まったくの無抵抗ということだけは絶対にない、と断言できるけれど。


「・・・・・、・・・部屋から出るなよ」


 途端に馬鹿馬鹿しくなったルルーシュはそれだけを云い置いて部屋を後にした。
 C.C.の危機管理意識が低いのは今に始まったことではない。それにいちいち過剰反応していたら疲れるだけだ。
 これまでにも何度か経験した思考ルートを簡潔に辿る一方で手早く入浴を済ませたルルーシュは、ほっこりと温まった身体で部屋に戻った。
 しかし・・・・・




「・・・・・・・何をしている?」
「おかえり、ルルーシュ」
「質問に答えろ」


 部屋を出る前と同じ薄着のままで窓辺に佇む女に、ルルーシュは軽く腹を立てた。
 ロウソクすら点いていない室内は暗く、暴雨に紛れて時折走る雷光がC.C.の姿を一瞬浮かび上がらせるだけである。雨が降ったことでグンと下がった気温は 戻ることなく、風呂から上がったばかりのルルーシュですら身を震わせるほどの寒さだ。
 20分弱とはいえ、こんな寒い部屋・・・しかも窓辺に突っ立っているなんて、正気の沙汰ではない。
 そういえば、焚き火に手を突っ込みそうになったC.C.を止めたこともあったと思い出す。
 死への希求はともかく、自分自身を軽視する癖は健在なのだろう。


         笑わせてやると、云ったのに・・


 思うように実現してやれない己への苛立ちと、完全に吹っ切れない彼女への苛立ち。
 まるで両手に重い荷物を下げているかのような感覚に、自然と表情は険しくなる。


「何を、って・・・・・空の様子を見ていただけだ」
「見ていても雨が上がるわけじゃない。そんなことより早く寝てくれ」


 タオルを干しながら云えば、「本っっ当に母親だな」と冷やかな声で返された。
 即刻、母親であって堪るか、と心中で吐き捨てたけれど。
 しかし、ぬいぐるみを抱えたC.C.がもぞもぞとベッドに入るのが横目で確認できたから、深く追及することなくルルーシュも休むことにした。
 おかみさんの配慮なのか、今日は初めからツインベッドの部屋に通されていた。 ゆっくりと横になることも、ベッドをひとりで使えることも久しぶりで、意図せず安堵の息が漏れる。
 少し硬めの安いベッドだが、充分眠れそうだった。
         なのに・・・・・
 ひやり、と右半身に寒さを感じた直後、傍らでモゾモゾと蠢く気配がしたかと思いきや、腕に不自然な重みを感じたルルーシュは、 その原因を確認してギョッとした。
 腕の中には、隣のベッドに入ったはずのC.C.がいたのだ。
 本来彼女がいるべき場所にはぬいぐるみが悠々と横たわっていて、窮屈な思いを強いられている現状との差に理不尽を感じた。


「お前っ、・・自分のベッドに帰れっ!」
「んぅ・・? ・・・あぁ、こっちの方が暖かいんだ、いいじゃないか」
「よくないだろ。狭い、鬱陶しい、腕が痺れる。俺で暖を取るな」


 やはり寒かったんじゃないか、と。
 再び瞼を閉じてしまったC.C.にキュッとシャツを掴まれてしまった所為でベッドを抜けることもできなくなってしまったルルーシュは、 いつもより冷たい身体を抱きながら溜息を吐いた。


        一体いつからこんな距離で眠れるようになったのだろうか。


 いや、距離だけは初めから近かった。互いに背を向け合って、干渉を拒んではいたけれど。
 契約を交わしただけの関係から、反逆の共犯者になって・・・罵り合ったことも、決別寸前まですれ違ったことも、離れていたこともあった。再会を果たしてからは 歯車の回転が早く、ずいぶんと遠くまで来てしまったものだ。
 その中で刻々と変化を遂げた関係性も、もはや既成の単語では語れなくなった。
 もどかしい、と思うこともある。
 コードの解明を目指す同志、というのもひとつのかたちだが、それにしては物理的距離が近い。抱いて寝るなんて、母が殺される夢に魘された幼き日の ナナリーに数回した程度だ。
 『約束』も大きい。牽制役としても重要。
 しかし、C.C.を傍に置く理由にはなっても、抱き留める理由にはならない。


「・・・C.C.」
      うるさいぞ、暖房」
「っ、・・はぁ!?」


 あまりの云われように、ルルーシュはガバリと身を起こした。


 途端に上掛けの隙間に入り込む冷気。
 降りしきる雨の音と、風に揺さぶられてカタカタと泣く窓枠。


 どこか哀しそうな貌をした、華奢な女。




「お前だって、似たような認識しかしていないくせに」




 玲瓏とした声は静かに響いて、微かな笑みが口元を飾った。
 乱れてベッドに散った翠の髪が、ゆらめいて輝く琥珀の瞳が、ゾクリとするほど艶を放っている。


「ある意味、とてもお前らしいけどな」


 諦めた、とでも云うような声色で吐息と一緒に吐き出して、C.C.は瞳を閉じる。 ふわりと全身が弛緩したように見えたのは、再び寝る体制が整ったからだろう。
 しかし、ルルーシュは身じろぎひとつできないままだった。
 曖昧な関係性を放置している事実を存分になじられた     そんな後味が鮮烈に残る。
 だったら、お前にとっての俺は何なんだ、と詰め寄ってやりたい衝動に駆られた。
 共犯者か、同志か、旅の供か、同種か・・・まさか暖を取るための道具だと本気で思っているのか。




 少しでも・・・・・
 ほんの少しだけでも、哀しそうに微笑む心の内側に入り込む余地はないのだろうか      ・・?




























      C.C.」


 一回だけ深呼吸をして。
 それからルルーシュはゆっくりと身体を反転させた。
 持ち上がった瞼の下で琥珀の瞳が鬱陶しいと訴えてきても、ベッドが軋んだ悲鳴を上げても、一度踏み出した行動を止めたりはしない。
 小さな顔の横に手をついて真上から見下ろせば、既視感を覚えた。
 優位を誇示するために、あるいは挑発されて、幾度か組み敷いたことがある身体。その薄い皮膚の下に隠れていた深い絶望など、当時のルルーシュは 知る由もなくて。いつだって・・・身勝手な言葉をぶつけてきた。


「・・・お前は、・・」


 それでも、取り巻く環境がどれだけ変わっても、ずっと傍にいてくれた女。
 いや、何だかんだと理由をつけて、ずっと傍にいさせた女。
 奪われそうになったときは危険なんて二の次にして、意地でも奪い返してきた。


            これで『惚れてない』なんて、誰に云えるだろうか。


「俺の・・・」


 コードを継ぐと知ったとき、これからもC.C.が傍にいることを信じて疑わなかった。
 実際に希望的観測は現実のものとなったわけだが、しかし今後の保障はどこにもないことにようやく思い至るなんて、本当に今さらだ。
 もしC.C.が決別を申し入れてきても、徹底的に口説き落として手元に留めておく自信はある。 非常に分かりにくいけれど基本は心優しい女だから、ルルーシュがもういいと云うまで傍にいてくれるのだろう。
 瞳に不安を滲ませて、哀しそうに微笑みながら。


「・・、っ・・・」


 それじゃ本末転倒だ、とルルーシュは心中で忌々しく吐き捨てた。
 思わずグッと奥歯を噛み締める。
 意図したこととはいえ、世界から憎まれ、弾き出され、人として存在することを赦されなくなった自分。その過程で犠牲になった者たちに報いるためにも 死にもの狂いでゼロ・レクイエムを推し進めていたというのに・・・本当に逝くつもりでいたというのに、笑顔をやる、などと無責任な約束までして。
 いざ不老不死になったら、自責の念を抱きながらもC.C.を笑わせてやりたいと心底思っていて。
 傲慢で身勝手なところは一度死んでも変わらないのかと思えば、コードRの研究と称してC.C.が捉えられていたカプセルに入って 半永久的な眠りに就きたくもなるけれど。
 それでも・・・・・




「C.C.、俺は     






 ルルーシュが逡巡している間も、C.C.は静かに待っていた。
 夢見心地の蕩けるような色合いを見せる琥珀の瞳は、ルルーシュの瞳を捉えて離さない。
 純粋に、ほしい、と思った。
 父・シャルルに断言できなかった言葉を確かなものにしたいと      そいつは俺のだ、と云えるようになりたい、と願う。






「・・・俺は、お前の忠告も聴かずに・・いつだって我を通すことに必死だった」


 過ぎ去った日を思い返せば、見えてくるのは未熟な己の姿だ。
 思い通りにならないことが多すぎて、癇癪を起しては、両手に抱えた大切なものを砂のように指の間から零していった日々。


「必要なものまで切り捨て、失って・・・挙句の果てに手にしたのは朽ちない身体と永遠に続く時間だ」


 自業自得だ、と嘲笑すら零れるような人生だった。
 なのに、切り捨てたものの重みを、失ったものの大きさをよく知っている琥珀の瞳の方こそ哀しそうに揺らめくものだから、 ルルーシュは余計に堪らない気持ちになる。






「だが、手に入れたものの中に、        お前も加えたいと・・思っている」




 ダメか・・? と。
 ルルーシュは少し困ったように眉を寄せた。
 しかし、瞳に込める熱は変えない。変えようもない。
 求めるものには、直向きな情熱を。     それが昔も今も同じ、ルルーシュの本気の顕れだ。










「・・・・・・バカだよ、お前・・ほんとに、っ・・・」


 パッと瞠られた大きな瞳がみるみるうちに潤んでいくのが、ルルーシュの眼にも明らかだった。
 ごく最近も目にした光景だと記憶を探れば、ゼロ・レクイエムの前夜、コードを継承する意を告げたときにも見たのだと思い出す。


「っ、ここで、・・嫌だと答え、るっ、くらいなら・・っ、・・一緒にいるはず、ないっ、・・だろうっ?」


 ついにはポロポロと零れ始めた涙に正直戸惑いながら、「それもそうだな・・」と、ルルーシュは苦い笑みを浮かべた。
 笑わせてやると黄昏の間で大見栄を切ったときから、実は泣かせることも多くて。
 そんなつもりはないんだ、と誰かに弁明したくなる複雑な心境のまま、数週間前のようにやさしく涙を拭ってやる。
 こうしていると、まるで普通の男と女のようだ。
 この際、涙を伴う感情でもいい。どんな想いだって受け止めてみせるから、感情を殺したり殻に封じ込めたりするなと云ってやりたくなった。
 様々な感情を昇華してこそ、笑顔は輝きを増すのだから。




「嬉しいよ・・・・ルルーシュ・・」


 涙に濡れながらも鮮やかな笑顔に添えられた言葉に、胸が疼いた。
 同時に、ふわりと暖かくなる。
 涙が止まらないC.C.の頬を熱心に撫でながら、ルルーシュもじわりと感じるものがあって。性急だと百も承知で顔の距離を詰める。
 「これからもずっと共に生きよう」と告げれば、またひどく泣かれた。






 嬉しいと云った女が、愛おしい。
 嬉しさが伝播して、広がっていく。
 こんなふうに、世界がやさしくなれる布石は       『憎しみの連鎖を断ち切ること』 はさすがに難易度が 高かったけれど、      どこにだって溢れているのだ。






 世界の片隅でそれを知ったルルーシュは、何だかもう一度生まれ変わったような気分で、愛おしい女の唇に初めて自分から口づけを落とした。












『石畳の街』




2009/ 9/29 up